霊帝崩御までの物語です。横山三国志だと「とてもつらい」のあたりです。
霊帝崩御後の何進・袁紹の政権運営はいろいろ無理があって董卓の専横に到るのですが、崩御からの三日で少帝即位だけは実に鮮やかなものなので、本作ではこれは荀攸の策である、という事にしています。
あと後漢書や三国志は歴史書なのに「容姿が立派だった」「身長が何尺あった」とか書いてあって後漢ルッキズムが凄かったのがしのばれます。
ではブオトコはどういう目に遭うのでしょうか?今回は諸葛瑾少年に犠牲になっていただきました。
瑾は若い日に洛陽遊学している事になっているのでここで劉表との絡みを。年齢的に霊帝崩御前後あたりじゃないかと思っています。董卓が焼いた後じゃしょうがないですもんね。
諸葛瑾と諸葛亮、兄弟なのに名前の法則性が違います。瑾には父珪と同じ王偏の漢字に対し、亮はそうではありません。亮はどちらかというと叔父の玄と共通性があります。そして戦乱の中で瑾は義母を連れて楊州へ。何故か亮と姉たちは玄に連れられて荊州に行き、袂を分かつ事になります。
なお霊帝が崩御した直前の日食、国立天文台のDBでは190/4/22に該当するのですが、これ中平六年閏有りの三月一日であって四月一日じゃないんですよね。後漢書と精密計算サイトの干支歴、どっちが正解なんでしょうね?
(9/30追記…
霊帝崩御の日蝕が190年なわけがない。1年ミスって計算してました。正しくは189年5月3日の日蝕でぴったり合ってます。お恥ずかしい。)