• ホラー
  • 異世界ファンタジー

未決定題名の後書き

 これから推敲と題名決めが待っているので、まだちゃんと作品を完成させたわけではない。けれど八割ぐらいは終わっていると思っても良いと判断したため、完全に独断と偏見で後書きを書く。書かせて欲しい。言いたい事がたくさんある。
 まず、この話を書くにあたり、どうしても言わなければならないことがある。私が幼い頃にテレビで引っ張りだこにされていた長嶋監督が今年、お亡くなりになったことだ。
 ご冥福をお祈り申し上げます。私は貴方の笑顔が大好きでした。
 私の世代は大体が幼い頃、テレビで野球中継を行っていて、贔屓チームが勝てなかったら機嫌が悪くなる人がいたり、ドラマやアニメが中継のせいで潰された時代だったように思う。この時代はビデオ録画が主流でタイマー通りに機械が動いているのに延長戦のせいで見たい番組が少ししか撮れなかったなんてザラだった。本当にさあ、面白れぇ時代だったね。(精一杯のオブラート)
 さて書き始めて早々、野球の話に触れたのは何故か。察しの良い人ならお分かりかもしれない。これ、どう見ても日本プロ野球で起きた事件や選手、監督がモデルになっていない?って思っていただければ幸いだ。
 そうです。その通り。
 この作品は文豪ストレイドッグスから着想を得た。というのも昭和から平成にかけての野球選手は二つ名が付いていることが多い。また個性の殴り合いをしているので、異能バトルを書きたかった私としては、これを上手く組み合わせたらイケるのでは?と安易に考えたためだ。
 理由はそれだけではない。
 二〇十九年に野村監督がお亡くなりになったことを覚えているだろうか。あの頃、コロナ禍の足音が聞こえ始めた頃で、海外国籍の豪華客船でコロナ患者が出たと騒がれていた時期だった。
 野村監督の訃報は丁度、駅で電車を待っている時にニュースを見て知った。本当にショックだった。急いで家に帰った私はYouTubeで昔の動画を漁り出した。長嶋監督と同様、珍プレー好プレーでも、ニュース番組でもお茶の間を賑わせてくれた人だからだ。
 思えば星野監督が亡くなった二〇十八年もそうやって昔の動画を漁っていた。二〇十三年の楽天、日本一の動画なんて何回、再生させたことか。今でも思い出すだけで涙が出る。
 彼は現在、世間で色々と言われているようだけど、あの時代どこの監督もあんな感じだった。テレビ慣れしている人々がセリーグで多いからやり玉に挙げられやすいようだ。けれどパリーグなんて星野監督以上に酷かったし、もっと言えば一般の男性は総じてあんな感じだった。令和の感覚で言わせれば、すっごいアウトローだった。星野監督が可愛く見えるくらいには酒、金、女、暴力ばかり。上の世代は皆、都合よく記憶を消去している。そして今の常識は少数派だったと言わせてもらう。こればかりは良いも悪いもなく、ただ時代だったね、としか言いようがない。
 話を元に戻そう。野村監督が亡くなった時、昔の動画を見て、眼鏡のキャッチャーが目に入った。試合中ずっと怖い顔をして、いつも長嶋監督と松井選手を邪魔するお兄さんだ。あの人が居なければ、巨人が負け、家庭内で勃発した数多くのゴタゴタは、もっと少なかったと言って良い。ああ!居たな、こんな人。で、誰だっけ?と調べるうちにガチで封印していた記憶が甦ってきた。古田選手だ。そうだ、居たよ。珍プレー好プレーで野球選手は面白いって思わせてくれた人。あ、そうだ。しかもこの人は二〇〇四年に起きた球界再編での中心人物だ。
 コロナ禍で家に強制引きこもりをさせられた時期、暇だった私は球界再編時の書籍を読み漁り、図書館で当時の新聞を探し、YouTubeで、その時期のニュース番組を見て涙していた。(別に、それだけをやっていた訳じゃないよ!ちゃんとプログラミングも勉強していたよ!)
 ハマったら、とことん調べるのがオタクの習性だ。私は、ただのお茶汲み相当の実力だが、もしガチ勢がいたら大口を叩いてオタクを語ることを許して欲しい。だって自分の回りを見ている限り、本当のことだし。おっと、また話が逸れている。閑話休題。
 球界再編を調べたのは良いけど、気持ちの捌け口がないなと思った私はオリジナル小説を書くことにした。名付けて吉田淳也、三部作。(ストーリーに繋がりはなく、設定と主人公の名前が被っているだけ。)夢はでっかく、ライトノベルからのアニメ化目指して、異能バトルものを三本書きました。
 その内の一つがカクヨムで掲載している『夢の先へ』。あの作品内で報道関係者について長文で語っている先生がいるけど、あれは球界再編時の報道機関への不満が現れている。当時、私は十代だったけど、まあ酷いもんだったね。最初は選手会のこと金持ち達の我儘って言われていたから。当時の記事を読めば読む程、記者はサラリーマンなんだって良く分かる。それに一般人からも、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)では口に出すのも憚られるような口汚い罵声を古田選手は浴びていた。今はどうなっているか知らないが二、三年前までは当時のログが残っていたから探してみて欲しい。嘘は言っていないから。
 そんな酷いことを無責任に大勢が言っていたのに、最終局面で「たかが選手が」発言を機に、皆が掌をくるっと返して選手会を称賛した。なあに、あれ?その癖、約二十年後の今になって当時を知らない人達が、いかにも頭の良いフリをして言いたい放題言っていると、なんだか怒りのような気持ちが強くなって、あんな文章が生まれました。書き直そうかな。あまりに怒りが文面に現れている気がする。
 諸々の不満が消えなくて、『夢の先へ』とは、まったく別の方向からアプローチしてみようと思ったのが今回の作品です。お題が決まってない。本当になんて題名にしようか。
 今回の作品ではハッピーエンドを書きたかった。全てが丸く収まって、絵に描いたようなハッピーエンド。でも、現実にそんなものはない。何かの犠牲の上に幸せは成り立っていると私は思っているから、ああいうストーリーになりました。
 推敲する!これから推敲して、もっと読みやすくするよ!9月のコンテストに出したいと思っているし!
 そうだ。これも言いたかった事を忘れていた。今、書き終わった作品は二〇二十二年から書き始めている。七万字書いて気に入らなくて消して、十数万字書いて、また消してを繰り返していたほど難産だった。完結した今でも出来に納得していないため、早々に推敲することにしている。素材は良いんだけど、私の料理の仕方がダメだったようだ。あーあ。
 これが、ちゃんと書き終わったら、途中で終わっている二次創作の二作品を終わらせて、『店長と私』をどうにかしたい。SS連作形式で感動ものなんて気持ちが前向きな時しか書けないから、どうなるか分からないが。否、それよりも三部作のどれかの続編を書いてみるのも面白いかもしれない。でも、そしたら絶対にホラーテイストになってしまう。どうしようかな。
 さて、長々と書き連ねてしまったので、ここら辺で筆を置きたいと思う。

 この後書きは、あとでカクヨムの近況ノートに掲載します。今回の作品を全部見直して、題名が決まったら掲載を取り下げるつもりです。コンテストに提出するのカクヨムじゃないので。

 夢と希望と青春時代を彩ったあの時代の選手達が大好きです。
 どうぞ健康には気を付けて、長生きしてください。今でもずっと応援しています。
 最期に、これを一番最初に読んでくれることになっている友人に感謝を。
 貴方が面白いと言ってくれたことが、今でも私の希望です。

 では、次の作品でお会いしましょう。またね!

                       二〇二十五年 八月二十四日 いつか日々

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する