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【サポーター限定】「🔥炎の会計師 片桐ジェニー」第9話先行公開。

🌎https://kakuyomu.jp/works/16817330654202558272
(「👩賢いヒロイン」中編コンテスト🏆参加作品)

🖋本日のランキング53位/607作品
🖋応援ありがとうございます。(読まれていない割にはなかなかの健闘)

📕第9話 ウチにゃァ安売りする大根はねェよ。

📕本文:

「片桐会計事務所のお2人をお連れしました」

 応接室に入ったところで、松坂秘書がパートナーの尾瀬に報告した。

「そうか。|片桐さん《・・・・》、わざわざ来ていただいて恐縮です」
「片桐です!」
「……」

 高層ビルに当てられて若干浮ついているジェニーを前に出して、清十郎は無言で頭を下げた。
 尾瀬とは旧知の中である。今更名乗る必要はなかった。

「それでは失礼いたします」

 深々と頭を下げて、松坂秘書が下がって行った。
 入れ替わりに応接フロア担当の接客係が、お茶を持って来た。

「片桐さん、吉竹さん。|これ《・・》は本件を担当している|シニア《・・・》の|深山《ふかやま》です」
「深山です。よろしく」

 恒例行事の名刺交換の後、全員が席に着いた。

 深山|武《たけし》はグレート製薬を担当するシニアマネージャーであった。160センチ前後の小柄な男だ。
 そのせいで相手を観る時に上目づかいになることが多い。

(どうも油断できねェ相手のようだな。目にゆとりがねェ)

 ともすれば相手の弱みを見透かそうとしているように見えてしまう。

「深山、お2人は片桐会計事務所のパートナーだ。こちらのジェニーさんのお父様が吉竹さんと組んでおられたのだが、一昨年亡くなってね。ジェニーさんがパートナーを引き継いだというわけだ」
「片桐、吉竹と言いますと、昔|大日本《うち》におられたという……?」
「ああ、そうだ。吉竹さんは私より10年先輩に当たる。片桐さんは同期だった」

 尾瀬の目が遠くを見つめるものになった。

「あの頃はみんながむしゃらだった」
「日本中がそんな時代でしたからね」

 清十郎が同調すると、深山はわずかに鼻に皺を寄せたようだった。清十郎は気づかぬふりをした。

「まさにバブルの真っ最中ですね」

 取り繕うつもりもないのか、深山は舌を鳴らしそうな声音で言った。

「時期としてはそういうことだな」
「日本全体がどうかしていたんでしょう。その後失われた20年なんて時代に|してしまった《・・・・・・》んですから」

 現代を支えている世代として、上の世代に思うところがあるのだろう。深山の物言いは辛辣だった。

「昔話はこれまでにしよう。今回グレート製薬特別監査に当たって、片桐さんにお手伝いをお願いした」
「聞いています。通常業務で担当は手一杯ですので、緊急性を考えるとやむを得ないと思います」

 話を聞いていると深山の方に決定権があるように聞こえる。そんなはずはあるまいが。

「片桐さん、今回の案件ですが契約条件はこちらにまとめてあります。以前の条件をそのまま踏襲している形です」

 業務範囲、報酬条件、成果物の引き渡し、必要経費、報告様態、守秘義務などについて資料が2セット用意されていた。

 清十郎は資料を手に取って、素早く目を通していく。中身を読まずに契約するなどという乱暴な受け方は絶対にしない。清十郎は契約というものを重く受け止めていた。

 ジェニーも資料をめくって眼を通していくが、全文を読んでいるとは思えぬ速さでページをめくる。一通り読み終わったジェニーは業務範囲と報酬条件のページを並べて見比べ始めた。

「何か気になるのか?」

 清十郎が水を向けると、ジェニーが予想工数表を指さした。

「この業務範囲に対してこの工数では、バランスが取れないと思います。誰がやっても間に合いませんよ?」
「確かにな。それはおいらも気になったところだ。尾瀬さん、どういう考えだい?」

 飄々とした口調だが、清十郎は言葉づかいを若干崩していた。取り繕う必要はないと判断したのか。

「深山、これは君が監督した内容だったな?」
「はい。全体の監査計画上、日程はこれだけしか取れません」
「日程を短くしても、工数は減りませんよ? それとも仕事の質を落とせと仰います?」

 深山の物言いにカチンときたのか、ジェニーも言葉に不信を籠め始めた。

「まあ、待て、お嬢。深山さん、考えがあってやってることなんだね?」
「考えも何も、言った通りです。日程はこれだけしか取れないんで、ここに納めてもらわないと」

 清十郎が冷静に質問を引き取ったが、深山は木で鼻をくくる態度を変えなかった。

「日程の話と所要工数をごっちゃにする気かい? 見りゃァ、時間割単価も変更なしだ。これが掛け値なしのオファーということかい?」
「前回通りの条件で料金計算表を作らせてもらいました」

「そうかい……。お嬢、けぇるぜ」
「ん」

「吉竹さん!」

 帰り支度をする清十郎を尾瀬が呼び止めた。

「尾瀬さん、仕事をくれと頼んだのは確かにウチだ。だからって、これがお前サンとこのやり口かい? 値切りっコがしたきゃァ、|やっちゃば《・・・・・》にでも行ってくれ。ウチにゃァ安売りする大根はねェよ」

「待ってください!」

 尾瀬が立ち上がったが、清十郎は止まらなかった。
 これは駆け引きではない。プロとして受け入れてはいけない線引きであった。

「失礼する」
「ごきげんよう」

 後も見ずに応接室を出て行く清十郎の後ろを、妙なテンションのジェニーが追った。
 深山は急な展開に付いて行けず、口を開けて見ているだけだった。

 ロビーまで降りて、ようやく清十郎は口を開いた。

「嬢ちゃん、無駄足を踏ませちまってすまなかったな。おいらのしくじりだ。何か旨いもんでも食ってけェろう。おいらの奢りだ」
「あれはちょっとね。えっ、好きなもの食べて良いの?」
「まあな。手加減はほどほどに頼むぜ」

 物事にこだわらないジェニーの性格に、清十郎は助けられた。胸の中の苦いものが、風に吹き去られていくようだ。

「じゃあさ、とらやのおしるこ!」
「ああん? 別にいいが、あそこは工事中じゃねえのかい?」
「銀座じゃなくって、帝国ホテルよ。このそばだけど行ったことないのよ」
「ふうん。任せるぜ。嬢ちゃんの好きなようにしてくれ」

 テンションの上がったジェニーが先導する形で、2人はホテルに向かって歩き出した。

「へへへ。清ちゃんカッコよかったね。『値切りっコがしたけりゃァ、やっちゃばに行ってくれ』だっけ? 『遊び人の清さん』みたいだったね?」
「よせやい。こちとら真っ当な勤め人だぜ」

 子供のころから遊び相手をしてもらった清十郎のことを、ジェニーは未だに「清ちゃん」と呼ぶ。清十郎の江戸っ子気質に似つかわしいので、はたから見てもさほど違和感はない。

「しかし、とらやかァ。おいらは何を食えばいいんだ?」

 左党の清十郎には場違いなこと甚だしかった。

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