むかしむかしのある村に、村一番の勤勉家「タダシお兄さん」が住んでいました。
タダシお兄さんは頬にリンゴ程もある大きなコブをこさえていました。
動く度に頬肉を引きちぎらんばかりに動くコブを見ていた村の人たちは、どうにかしてコブを取ってあげられないかと相談しました。
「タダシくんにはいつもお世話になっているからね、村のみんなでお金を出すから医者にそのコブ取ってもらいなよ」
「気遣いはありがたいが心配無用だ。『心頭滅却すればコブも軽し』が私の座右の銘だからな」
と言い張り、コブを取ろうとしません。
何度打診しても丁重に断わられ、仕事に戻ってしまいます。
「タダシさんはすごいなぁ……。僕だったら絶対に受け取っちゃうよ……」
「なんて熱い人だ!! 尊敬する!!」
「めんどくさいだけじゃなぁい? ひっく」
「……いや、あいつがコブを気にしていないはずがない」
「どういうことよ?」
「……あれを見ろ」
「心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却…………ッ」
そこには小声で心頭滅却と唱え続けるタダシの姿が。
コブが蹴鞠のように跳ね回る度に、歯を割らんばかりに噛み締め痛みに耐えていました。
「……な?」
「意地なんて張ってないでさっさと取ればいいのに」
それでも「自分だけ贔屓されるわけにはいかない」と頑なに金を拒み続けました。
ある日タダシは近くの山に山菜を取りに出かけました。
隣の足を悪くしたお婆さんのためにいつもより多く山菜を集めていたので、帰る頃にはすっかり日が暮れてしまっていました。
「早く帰らなければ。……ん?」
山を出ようとすると、何やら楽しげな音が聞こえてきます。
子供が騒いでいるのかもしれないと思ったタダシは、夜遊びを注意するために音の鳴る方へと向かいました。
しかし近づいてみると――そこにいたのは鬼の一団だったのです。
身を潜めて観察していると、頭領と思われる鬼の前で小鬼たちが芸を披露しています。
「――布団が吹っ飛んだ!」
「つまらんなぁ」
「――安心してください、穿いてますよ!」
「くだらんなぁ」
「――ベリーメロン!!」
「なんじゃそれ」
小鬼たちが芸を披露しても、頭領鬼は全く満足しません。
(子供でないのなら帰るか)
タダシも全く興味がなかったので、静かにその場を去ろうとします。
しかし振り向きざまにコブが茂みに当たってしまい、大きな音が出てしまいました。
「誰じゃ、そこにいるんは?」
バレてしまっては仕方がありません。タダシは渋々、鬼たちの前に姿を現します。
「私を食べるのか?」
「人間の肉は不味いから喰わん」
「では家に帰してくれないだろうか?」
「そうはいかんなぁ。お前さんがこの場所をバラして人間たちが襲ってくるかもしれん。返すわけにはいかんのぉ」
「それは困る。隣のお婆さんが床に伏しているのだ、どうにかならないだろうか」
「そうじゃのぉ……」
頭領はしばらく考え、手をポンと叩きました。
「帰りたかったら俺を楽しませてみぃ。何をやっても構わんが――つまらんかったら、生きたまま土に埋めるわ」
「…………わかった」
鬼の要求を飲んだタダシは、その場で正座をし始めます。
「――それでは、一席お付き合いください」
タダシが選択したのは落語、命をかけた一席が始まりました。
「『――これを、三方一両損と申す!』」
「おぉ〜、見事なもんじゃのぉ」
無事鬼たちを満足させることに成功したタダシは、家に帰してもらえることになりました。
「いいもん見せてもらったわ。また遊びにきぃ」
「機会があれば」
「そうじゃ、いいもん見せてもらった礼に一つ願いを聞いちゃるわ。なんかないんか?」
「いえ、そこまでは……」
お婆さんのためにも早く帰りたかったタダシは、鬼のお返しを断ろうとします。
しかしどちらも譲りません。痺れを切らした鬼は、強引にお返しを決めてしまいました。
「んじゃこっちが決めるわ。――そのコブ、邪魔そうじゃのぉ」
「はっ?」
むんず、とコブを掴む鬼。そのまま勢いよく引っ張り、コブを取ってしまいました。
「……ッ!? ……ん、痛くない?」
「鬼の力を使ったからのぉ。これで楽になったじゃろ?」
「……おお! コブがない! 感謝します、鬼殿!」
なんだかんだいってコブが邪魔だったタダシは、ウキウキで村へと帰って行きました。
次の日、タダシのコブがなくなったことは一瞬で村中に広まります。
その噂を聞きつけた一人の青年がいました。
「カーニスお兄さん」です。
――カーニスは“小太り“でした。
「いや“こぶとり“ってそっち!?」
小太りなことがコンプレックスだったカーニスは、タダシの話を聞いてこう考えます。
「――お腹の脂肪も取ってもらえるんじゃね?」
「運動しなさいよ」
「ダルイからやだ」
デブまっしぐらな言葉を残し、早速山へと向かうカーニス。
鬼たちの元に着く頃には、息も途絶え途絶えの状態でした。
「ゼェ、ハァ……! 辛すぎてッ、死ぬぅ……!」
「なんじゃこのデブ?」
なんとか鬼の前にたどり着いたカーニス。早速脂肪を取ってもらうために、鬼の頭領にお願いしました。
「面白いことするからお腹の脂肪を取ってくれ!」
「もう動機からつまらんのじゃが……。埋めてもいいか?」
「まってまって絶対おもろいから!?」
意気揚々とネタの準備をするカーニス、己の怠惰のための一芸が始まりました。
「――コマネチッ!!」
「死んで出直してきぃ」
「ちょおおお!? お願いワンモア! もっかいだけぇぇぇ!?」
「つまらんから嫌じゃ。…………そうじゃ、俺がお前を面白くしちゃるわ」
「えっ?」
鬼の頭領は近くの鬼から“タダシのコブだったもの“を受け取ります。
「――あごにコブでもついたら少しは面白くなるじゃろ」
「つまらんつまらんマジそういうのいいから!? ちょ、やめ、やめろぉぉぉ!?」
「一生恥じて暮らしぃや」
「――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
次の日、カーニスのあごにコブが増えたことは一瞬で村中に広まります。
こうして、カーニスは不細工なダルマのような姿で生きていくことになり、タダシは鬼を崇拝するようになったとさ。
「重いよぉ……痛いよぉ……」
めでたししょーもなし。