蒐集家たちが集う夜会は、趣旨や派閥によって分かれ、月に幾度も開催されている。
夜会の催し方も様々だ。
それぞれの自慢の逸品を持ち寄り、品評を行う。
個室で交渉を行う。
新しい遺跡の発見や、洋上交易の新しい品といった情報交換が行われることもある。
その夜は月が明るく照らしていた。
夜会の一室にはシャンデリアが吊るされ、魔道灯が明々と輝いて辺りを照らしている。
ゆったりとしたソファに座って、モイーとエトガーが向き合っていた。
「ふむ、結局あの後、酒とエルフを交換することにしたのか」
「うむ。我輩としてはあの酒器でも十分楽しませてもらったしな。妻が欲しがったため、それで良しとした」
「左様か……」
「なんだその不満そうな顔は。卿の趣向とはまた違うだろうに。ほら、うちの錫製の酒器で飲みたまえよ。どうだ、見事であろう?」
「くっ……珍しいものを手に入れたからと、すぐにこれ見よがしに」
「その発言、我ら蒐集家には、全員己に返ってくる言葉よ」
夜会となれば酒を飲むことが多くなる。
こうして提供する機会を窺っていたことぐらいは、モイーにも分かっていた。
「く、悔しいが、これは酒の味を一段あげてくれるな」
「だろうだろう? んふふ、そういえば卿は手に入らなかったのだったか」
「あの男は基本的に一つどころしか売らんのだ」
「なるほど……我らのことをよく知ってると見た。それはそれは残念だなあ」
「むぐぐぐ……」
自分がないものを相手が持っている。
それだけで悔しくて、見返してやりたくなる。
だが、渡は同じ物を提供しようとはしないだろう。
短い付き合いだが、それぐらいは分かった。
それに蒐集品は珍しいからこそ、誰もが羨むのだ。
モイーも自分の大切なコレクションを、他人も持っていると分かれば興ざめも良いところだとよく分かっていた。
「……今日は、ダイギンジョウは用意していないのかね?」
「ん? ああ。あるとも。なんだ飲みたいのか?」
「む、むむ。いや、そういうわけではないが……」
「なら良いじゃないか。ほら、うちの畑で採れたワインを馳走しよう」
「うむ……美味い、な……」
薫り高く、まろやかで、口あたりが良い。
良いワインなのは間違いないし、酒器のおかげでよく冷えている。
だが、これではないのだ。
今飲みたいものは別にある。
だが、直接いうには憚られる。
モイーとエトガーはそういう全てを明け透けにできる関係性ではない。
むしろエトガーには一部の隙すら見せたくない相手だ。
「妻の希望で、先日の酒は継続的に購入することになってな。エルフの錬金術師ひとりで妻の関心を買えるなら安いものよ!」
「な、なるほど」
「たしか卿のもとには、多くの錬金術師がいたはずだが……」
「我が領地を支える基幹産業ゆえにな、手放すわけにはいかんのだ」
「なるほどなるほど。……おお? ずいぶんと顔色が良くないが、卿はお疲れではないか?」
「そ、そんなことはないとも……」
ライバルであるエトガーには弱みを見せたくない。
だが、病みつきになった酒は飲みたい。
どうにかして、エトガーに譲るように交渉するべきか。
あるいは、御用商人の伝手を考えて、渡に提供させるべきか。
アルコールが回り始めて、モイーは思考をあらぬ方向に走らせる。
「もしかして卿はダイギンジョウが飲みたかった? なのに、折折角の機会を不意にして、うちが契約してしまった? そんなことないよなあ?」
「と、当然だとも。我を侮辱するのは止めてもらおう。我が領地は農業も酒造も豊富で、手に入らぬものなどないとも」
「そうだろうとも。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの国府卿ともあろうお方が、ダイギンジョウ一つ手に入れられないなんて、そんなことあるわけないよなあ?」
モイーの思惑を完全に見抜いているのだろう。
ニヤニヤと笑み崩れた表情をエトガーが浮かべ、それに反してモイーの顔が紅潮し、プルプルと震え始めた。
来季の軍部の予算を縮小してやろうか!
いつかぎゃふんと言わせてやりたい。
モイーはこの時、蒐集家としての復讐を己に誓った。