「なあユータ、今日の飯は? 今日もご馳走か? まだ残ってるよな?!」
うきうきと足取りを弾ませて歩くタクトが、くるりと振り返った。
「いいよな、あの弁当! すげえ豪華で、王様の料理みたいじゃねえ?」
「うん、凄かったね~! 芸術品みたいだったよ~」
めぼしい食材を買い物かごに入れつつ、オレは思わず苦笑した。
「お弁当じゃないんだけどね……」
タクトとラキが気に入っているのは、おせちのことだろう。
同じものはもちろん無理だけれど、可能な限り雰囲気を似せて作ってある。
ただ、みんなが好きだろうものを入れるから、結局お肉が多かったり……確かにお弁当と言われればそれまで。
「あれは、お正月用だよ。新年のお祝い! まだ残ってるけど、オレはもういらないかな……」
おせちモドキは、ジフと一緒に大いに張り切って作ったものだから、ものすごい量があったんだよ。あったはずなんだよ。
「まさか、あれだけしか残らないとは思わなかったけど……」
先に作りためておいて、当日楽をするというオレの説明に大いに賛同した面々が、カロルス様がいても絶対に足りなくならないよう作ったんだから。
まあ、ジフはこのアイディアを大変気に入っていたので、今後に活かされるかもしれない。
そして、重箱はとてもゴージャスなものをラキが作ってくれたので、見た目は本当に王様に出せるものになった。
「なんでいらねえの? 俺は食うぞ! だけどお前が別のを作るなら、それも食う!」
「僕もそうしようかな~」
今日は何か作るつもりだと敏感に察知して、タクトがそわそわ買い物かごを覗いている。
だけど、残念ながらがっかりすることになると思う。
「オレ、ちょっとこってりに飽きちゃったから。だから、作るのは凄くアッサリだよ。このカゴの中にあるもので作るんだから」
カゴの中には、タクトの喜ぶものは入っていない。
「え……これだけ?」
目を見開いてオレを見つめるタクト。みるみるうちに振れていた尻尾が勢いをなくして下がり、ピンと立っていた耳がへたりと力を失った――幻覚が見えた。
「ふふっ! 本来はそうなんだけど……じゃあ、仕方ないから鳥肉くらいは入れようか」
しゅんとした様子がシロみたいで、思わずそう言ってしまった。
途端に勢いを取り戻した耳と尻尾。そしてきらきらする瞳。
オレとラキは顔を見合わせて笑ったのだった。
「それで、結局何を作るの~?」
「だってお前、買ったの草ばっかだぞ?」
だって、草ばっかり使うんだもの。コムは手持ちがあるし、鳥肉は市場よりオレたちの貯肉の方がよっぽどいいものを確保している。
「あのね、七草粥……モドキを作ろうと思って!」
今回は鶏肉も入れるし、どちらかというと七草雑炊だろうか。
「草のお粥~? 本当にアッサリだね~」
「うっ……俺のは、肉をいっぱい入れてくれ!」
あのガッツリ系おせちだって食べるんだから、アッサリでいいと思うんだけど。
七草は当然この世界にないので、似たものでしかないけれど。だけど、何となく大根やかぶに似た野菜と、葉野菜で7種類になるようにしよう。こういうのは、気分が大事だ。
「えっと、他に何を入れようかな……薬草をちょびっとだけ入れるとか? 体には良さそうだけど」
「げ、やめろよ?! あれめっちゃ苦いんだぞ!」
そうなんだ。オレ薬草を煎じて飲んだことないけど、回復薬自体も苦いって言うものね。
「ムゥ!」
秘密基地のキッチンで鼻歌? を歌っていたムぅちゃんが、勢いよく小さな手を挙げた。
「うん? どうし――あ、そうか!」
気付いたオレに、ムぅちゃんが嬉し気に葉っぱを揺らして頷いた。
「なるほど~ムぅちゃんの葉っぱか~」
「すげえ、それ絶対体に良いよな! 酔わなくなりそう!」
そりゃあ効果があるだろうな。しかも、苦くない。
ムぅちゃんの葉っぱは不思議な味がするんだよ。ふわっと香る芳香と、微かな甘みと言うのだろうか。味というほど強い味はしないけれど、何となく優しく懐かしい感覚になる。
「じゃあ、葉っぱを分けてくれる? たくさんじゃなくていいからね」
「ムゥムィ!」
さっそく自らの葉っぱを厳選したムゥちゃんは、数枚を選び出して渡してくれた。
「ありがとう。とっても美味しいお粥になるね!」
「ムゥ!」
むふっと得意げな顔が愛らしい。これは生命魔法水マシマシのお風呂に入れてあげなくては。
お粥改め雑炊は、何も特別なことはない。
タクトが不満だろうから、しっかり鳥ベースのだしを入れ、根菜をくたくたに煮ておく。
鳥も柔らかくなるまで煮て、ほろりとほどけるように。葉野菜は細かく刻んで最後に。
今回は雑炊なので、ごはんはあらかじめ炊いたものを入れて煮ることにしよう。
「……なんか、これじゃいつも外で作ってる雑炊だよね」
もはや七草粥とは別物でしかないけれど、まあいい。
「はい、できたよ!」
言った途端に飛んできた二人は、やっぱり雑炊よりもおせちの方に視線を持って行かれるらしい。
「あれ? 残り物じゃなかったのか?」
「きれいになってる~!」
何のことかと思えば、おせちを詰めなおしたことらしい。
「そりゃ、あのままじゃちょっと……」
食べ散らかしたままの状態で出てくると思ったらしい。大量のお重の隙間を埋めて数を減らしただけなんだけど、思わぬ喜びようにちょっと驚いた。
おせちに気を取られる二人を横目に、オレはそっと椀を手に取った。
オレの椀の中には、鳥肉を入れていない。
とろりと形を曖昧にしたごはんに、点々と散る緑。
とても、素朴。だけど、食事の原点みたいな、そんな気がしてくる。
小さな木さじで掬えば、ふわりと湯気が立った。
ふう、ふうと冷ます、その時間も大切なスパイス。
小さなひと口で差し込んださじをくわえ込むと、じんわりとほのかな塩気が舌に染み入った。
口内に馴染む優しいとろみ。
「……おいしい」
どこからともなく感じる甘みは、ムゥちゃんの葉っぱのおかげだろうか。
そのぬくもりが、伝わるやさしい味が、しみじみ体に行き渡る。
大切なひとくち。そんな気がした。
「すげえ……普通の雑炊っぽいのに、なんかやたら美味い!」
「ふんわり、身体が楽になるみたいな気がする~!」
それはムゥちゃんのおかげだろうか。
ひとくち、ひとくち大事に口へ運びながら、オレたちは喉を通る優しさを感じたのだった。
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もふしら16巻、1月7日七草粥の日に発売です!
更新は正月休みしたのでせめて小話を……