「障害物は必ずすべて避けてください。また一秒先の自分の状態をイメージして姿勢を崩さないようにすることが重要です」
「はい!」
箱根ダンジョンでナイトバナードの少女と遭遇した翌日以降、俺は夕食後に須々木崎邸の地下で水鏡さんに戦い方を教えてもらうのが習慣になっていた。
今やっているのは<薄氷のピンヒールパンプス>の効果である【滑走】の練習だ。
かなりスピードが出るので敵から逃げ回るのに使える。
だがスピードゆえに転倒すれば、<薄氷のドレス>のデメリットのせいで耐久が1になっている俺は即死してしまう。
【滑走】を使い、敵から逃げながら魔術を使えるくらい視野を広く持つ。
それが今の俺の課題だ。
「これを避けて、ここで小さくジャンプ……!」
須々木崎邸の地下には今、水鏡さんが用意した障害物が置かれている。これを回避しながら決められたコースを駆け抜けるのが課題だ。
どうでもいいが夜やっているのは、死亡時のデメリットを配信に持ち越さないためだ。
この時間にやればたとえ転んで死んでも、翌日以降の配信には影響しない。
「――ゴールです!」
「おめでとうございます、雪姫様」
「ありがとうございます! どうでしたか?」
「そうですね。以前と比べて姿勢の保ち方が安定してきました。ですが欲を言うなら――」
茜を元に戻すという目的があるとはいえ、Sランク探索者の水鏡さんが俺みたいな駆け出し探索者にアドバイスをくれるなんてすさまじく貴重な機会のはず。
一言一句聞き逃すまいと前のめりでアドバイスを聞く。
「――というところでしょうか」
「わかりました。それじゃあ早速もう一度……」
「いえ、少し休憩をしましょう。過度なトレーニングはかえってよくありません」
「でも」
「ガーベラ様が傷つけられたことを気にしているのですか?」
水鏡さんに言われ、俺は少し黙り込んでから……頷いた。
「……はい。弱いままでいたら、また誰かに酷いことをされても泣き寝入りするしかありません。そんなのは嫌なんです」
水鏡さんは小さく微笑んだ。
「その心意気は立派です。しかし休憩も重要ですよ。まして雪姫様は、配信のために体力や気力を温存しておく必要もあるでしょう?」
「それは……」
水鏡さんが言うことは正しい。もう何時間もぶっ続けだし、そろそろ休憩してもいいだろう。
地下空間の隅で水鏡さんと並んで座る。
「水鏡さんって、前はパーティを組んでいたんですよね。日本一のダンジョン配信者のトーコさんたちと一緒に」
「そうですね。日本一の配信者……彼女がそんな立場になるなど昔は想像もしていませんでしたが」
水鏡さんはそんなことを言うが、月音によると水鏡さんたちのパーティは日本一とすら呼ばれるほど凄腕だったと聞く。
白竜の牙のようなクラン――組織内でパーティを自由に組み替える集団――とは別カテゴリ扱いされるため、単純な比較はできないものの、水鏡さんたちがとんでもない精鋭パーティだったことは疑いようもない。
「どんなパーティだったんですか?」
「どう、と言われると難しいですね。……もともと彼女たちとは高校の同級生でした。当時私は須々木崎教授――茜お嬢様のお爺様の研究パーティに入るため、鍛錬を積んでいるところでした。そんな折、刀子たちからパーティに誘われたのです。その時の印象は正直なところ、お遊びパーティというものでした」
「お遊びパーティ?」
「刀子がとにかく計画を立てないのです。面白そうだからと正規ルートを外れたり、未登録スキルが手に入る気がするといって無茶な数のモンスターと戦おうとしたり……何度全滅したかわかりません……」
遠い目をする水鏡さん。
どうやらトーコさんはかなり破天荒な人物だったようだ。なんか想像できるなあ。
「ですが刀子を含め、残りのメンバーの才能は本物でした。常に格上の敵と戦っていたことで未登録スキルも多数獲得し、気が付けばSランクまでたどりついていました」
水鏡さんは懐かしむようにそう言って目を細めた。
「なんだか素敵ですね。青春って感じがして」
「青春。……そのように考えたことはありませんでしたが……そうかもしれません」
「当時の写真とかってないんですか? ……あ、ダンジョン用スマホってわりと最近までなかったんでしたっけ」
「専用の録画装置はありましたよ。ダンジョン内の様子を確認するのは政府としても必須でしたから、その方面の技術は早い段階からありました。動画や写真もデータをスマホに送ったので、一応今も残って……ああ、ありますね」
「見ていいですか?」
「構いませんよ」
水鏡さんからスマホを受け取り当時の写真を見せてもらう。
ダンジョン内で戦っているところ、みんなで休憩しているところ、新しい装備を身に着けと思われる記念写真……ってたくさんあるな!
「すごくたくさん写真を撮ったんですね」
「……刀子と、もう一人のメンバーが写真好きだったんです。なぎさと私はそうでもなかったんですが」
百花繚乱は四人パーティだったようで、映っている中にまだ会っていない女性がいた。なんだか派手な雰囲気の人だ。髪の色が真ん中から分かれてるぞ。確かに写真撮るのとか好きそうだ。
「あの二人は写真を撮ると必ず全員で共有するんです。まったく、こんなにたくさんもらっても仕方がないというのに」
そう呟く水鏡さんは呆れ声の中に小さな喜びをにじませていた。
きっと仲が良かったんだろうなー……
ん?
「みゃっ!?」
スマホをスクロールしていたら、予想外の写真が現れて思わずスマホを取り落としそうになった。なんだこの写真!?
「雪姫様? そんな可愛い悲鳴を上げられてどうなさいました?」
「可愛くありません! じゃ、じゃなくて、その、ごめんなさい!」
慌ててスマホを返す。
困惑した顔の水鏡さんだが、俺から受け取ったスマホを見てすぐに「……あっ」と呟いた。
そこに映っていたのは――きわどい水着に身を包んだ水鏡さん。
すらっとした水鏡さんの体の線や白い肌、胸元が危ないラインぎりぎりまで見えている。綺麗な形の膨らみは大きいとまでは言えないにしろ、しっかりと自己主張している。
いくつものアングルで写真が撮られている。特に危険だったのは、斜め前かつ低めの角度から撮影されたものだ。横から見える胸の丸みが妙に生々しく、俺は直視できなかった。
相当恥ずかしかったようで、写真の中の水鏡さんは何やら屈辱っぽい表情を浮かべていた。頭には謎の猫耳カチューシャまで着けられている。
何となく今より幼い雰囲気なので、高校生の時の水鏡さんだろうか。
今は大人! 美人! という感じの水鏡さんだが、写真のほうはクールな美少女という感じで可愛さ成分が多い。今の俺の実年齢と近いからか、妙にドキドキする。
「……見て、しまいましたか」
「は、はい……でも、すぐに目をそらしましたからっ」
「不覚です……」
色んな感情をこらえるように目をぎゅっと閉じる水鏡さん。
どうしよう、なんだか罪悪感がすごい!
「え、ええと、この写真は一体」
「……私たちのパーティには、探索ごとに罰ゲームが発生していたのです。メンバー全員でお互いの貢献度のランク付けをし、トップの者がビリの者に何でも一つ命令できるという……」
何だその独自ルール!?
「自慢になってしまうかもしれませんが、私はほとんど罰ゲームを受けたことはありませんでした。しかし一度大きなヘマをしてしまい、その時のトップが刀子で……この水着を着て写真を撮らせろと……」
「た、大変だったんですね」
「あの時の屈辱はいまだに忘れていません」
妙に据わった目をする水鏡さん。これはいまだに恨みが晴れていなさそうだ。
どうでもいいが、水鏡さんがヘマを全然しないというのはイメージ通りだな。昔からきっと冷静沈着で頼れる人だったんだろう。
それにしても……
「完全に記憶の底に封じていました……なぜ私はあんなミスを……ッ」
「……ふふ」
「…………雪姫様、ここで笑うのは酷では」
「あ、ち、違うんです! なんというか、水鏡さんが照れているのが珍しくて、その……可愛く見えたと言いますか……」
「……」
いつも凛として隙のない水鏡さんが、こんなふうに感情を乱すのは珍しい。
その姿に俺は親近感を感じてしまった。
「水鏡さんは綺麗で、かっこよくて、私の憧れで……でも、普通の女の子だった時のことを知れて、なんだかもっと好きになりました」
「…………そ、そう、ですか」
「はい!」
水鏡さんは予想外の言葉だったのか歯切れの悪い返事をすると、視線を逸らしてしまった。俺にはどんな表情をしているかは見えない。
……まあ、あえて見ないほうがいいよなぁ。
あんな写真を見られたら恥ずかしいに決まってるし。
実際女の子同士の悪ノリ全開という感じで、きわどい水着姿の水鏡さんの写真はそれはもうエロかった。俺が男の体だったら絶対危なかった。色々と。
仮に今の俺があの水着を着たら……いや、想像するのはよそう。色んな法律に抵触しそうだ。
「……訓練を再開しましょうか」
「お願いします!」
水鏡さんが何事もなかったように立ち上がる。俺もさっきの写真のことは記憶から消しておこう。
……どうでもいいが、俺は自然と水鏡さんのことを「綺麗でかっこよくて憧れる」って言ったような気がする。それは女の子としての憧れでは……?
いや、深く考えるのはよそう。この思考は危険だ。また魂の性別が揺らぎかねない。
俺は闇につながりそうな思考を封印し、再度水鏡さんの指導のもと【滑走】の訓練を再開するのだった。
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書くだけ書いて放置してあった、いつのものかわからないSSを投下してお茶を濁す作戦。
本編続き書いてます。そのうち上げますので、こう、のんびり待っていただけると幸いです。
もしお暇だったら、「私を追放したことを後悔してもらおう」という私が原作やってる漫画がAmazonで一巻無料公開中なので、よければぜひ。
(普通の女性主人公ポーションチートものです。漫画家さんの描く掛け合いがテンポ良くて最高に好き)