https://kakuyomu.jp/works/16817330659656749111 書き出せば早かった作品でした。ミステリにジャンル分けする作品を書いたのは初めてで不安もありましたが、最終的には楽しく書けたような気がします。
元々の発想は、『AN-BALANCE:日本非科学紀行』の「第S2話 ステアウェイ・トゥ・ワンダーランド」の中にありました。登場人物の一人、小暮樹里が、自身が高校時代に解決したという事件について語るシーンがあります。あれが本作第1話「Project #33 図書室の忌書」の元ネタになっているのです。というか、学園ミステリをテーマにした作品が募集されると聞いて、あのネタを引っ張ってきたというのが正確なところです。
そこで、彼女の高校時代を描こうと思い立つも、実は、私は似たようなことを『東京グレイハッカーズ』でやっていました。これは、本編である『ブギーマン:ザ・フェイスレス』の前日譚にあたり、『ブギーマン:~』の主人公である憂井道哉が脇役としてしか登場せず、彼の作中の相棒にあたる羽原紅子が主人公になる作品です。しかし、これには大きな問題があり……新たな物語への助走となる作品である都合上、小さくまとまるか、大きな挫折と小さな希望で終わるかの二択になってしまいます。即ち、ハッピーエンドにはならないのです。お読み頂いた方はご存知と思いますが、『グレイハッカーズ』は後者の結末を選択しています。
『AN-BALANCE』においても、どう考えてもバッドエンドにしかならない小暮樹里の高校時代を、「第3話 魔の山を走れ」で描いてしまっていました。小暮樹里と、片貝真莉那と、青木恭平の関係は、最終的に破綻するのです。
そこで、木暮珠理が生まれました。よく似た別のキャラクターです。併せて、林瀬梨荷、赤木康平が生まれました。『AN-BALANCE』における3人と、本作における3人は、同じ要素と似た名前を持った、別のキャラクターとして創造しました。
今後、『AN-BALANCE』の方から物語が接続されることがあるかもしれません。というか、チャールズこと安井良に相当する人物が登場する予定にしています。
以下、各話解説です。各キャラクターの、本編に収まらなかった詳細な背景設定テキストについてはサポパス限定に入れておくようにします。ご興味おありでしたら入れてみてください。サポパス。そんなに値段は張らないらしいです。
以下の内容には本作のネタバレを含みますので、閲覧は自己責任でお願い致します。
・第1話
事件については北海道の小学校で実際に発生したものを元ネタにしています。ラストシーンでチャールズが読んでいるのが元ネタの論文です。もちろん、論文には心霊現象の話など一切書かれていませんのであしからずご了承ください。
裏のキーアイテムは眼鏡でした。ギャルやヤンキーにナメられないために眼鏡をコンタクトにしたチャールズが保護眼鏡をかけるのです。また、眼鏡を外していたせいで支倉佳織は怖い思いをすることになりました。
チャールズ・ペダーセンについて本文中で語られることはすべて事実です。チャールズ、もとい良は最後まで気づかなかったようですが、珠理がチャールズ・ペダーセンを強く意識しているのは、博士号を持たずにノーベル賞を受賞したからです。学歴に乏しい身分にもかかわらず最も優れた化学者の一人と称されている彼に、珠理は思うところがあったのでしょう。クラウンエーテル型のブレスレットなんて実在してるんでしょうか? あったら欲しいです。
瀬梨荷について、家庭事情が台詞一つだけ書かれています。ママのお店のお客さん、という下りです。お色気担当(?)のようになっている彼女ですが、いつも寝ているのは夜遅くまで母親のスナックを手伝わされているから、成績が悪いのは家業の手伝いで勉強している時間がないから、という裏設定があります。彼女が良に関心を持つのは親友である珠理がちょっかい出してる男の子だからですが、そのうち彼女にも内的な動機が生まれます。
実は当初の予定では、支倉佳織の登場はこの話のみになるはずでした。書いてみなければわからないものです。支倉は男子キャラでもよかったかもなーと今にしてみると思います。
前崎市は群馬県高崎市をなんとなーくモデルにしています。もちろん違うところもあります。〈グリーンモール前崎〉はChatGPTに考えさせたショッピングモール名です。イオンモールじゃない地場資本のショッピングモールという設定です。
事件の謎は解けても珠理の謎は解けません。『謎は一つ残せ』という創作術を何かで見たような覚えがあり、支倉との関係性を含め余韻を残す終わり方にしました。1話ですし。
1話ですので吉田先生は化学室に生徒が2人いることに感動しています。
・第2話
事件については特に元ネタはありません。著者が「ラブレター 書き方」でGoogle検索するなどの涙ぐましい努力があったエピソードです。どうやって書くんだよ、わかんねえよ……。
ただ、化学をテーマにするにあたって、『学園ミステリ』というジャンルと接続すべく、高校生の生活と密着したものにしたいという思いがありました。1話は学校事故ですね。そこで2話はフリクションと示温インクです。60℃で消え、-20℃で復帰するという性能は三菱のフリクションのものを引用しています。
高校生の生活と密着させたのは、作品の独自性を出す目的もあります。この手のミステリには、物理ならば東野圭吾の『ガリレオ』シリーズ、化学ならば喜多喜久の『化学探偵Mr.キュリー』という偉大な先行作品があります。また、科学捜査の方に踏み込めば、鑑識や科捜研を主役にしたミステリが媒体問わず数限りなく存在します。そんな世間を見回し、本作を読む読者のインセンティブは何かと考えた時に、まだ大学生ですらない少年少女が、彼らの身近なものへの好奇心を通じて謎を解くミステリであれば独自性を出せるのではないかと考えました。
学園青春+日常の謎だけだと米澤穂信と恩田陸という巨人にとても勝てる気がしませんし、世の中の作品は基本的にさらにもう1つユニークな要素を追加しているような気がします。特殊設定とか、滅茶苦茶エキセントリックなキャラクターとか。ヒロインのスキルがプラス1要素となり、謎解きへの鍵となるという方法は、相沢沙呼作品の枠組みを参考にしています。『午前零時のサンドリヨン』のマジックとか。
同時に、若い読者に対して、より大きな化学の世界への入口となる作品にしたいとも考えていました。ヨウ素デンプン反応のような小学生でも知っている実験を取り上げたのにはそういう意図もあります。化学を受験勉強の科目としか見なしていないと、意外とヨウ素デンプン反応の”冷時”を見落としてしまうと思いますし。実験中の珠理は楽しそうでいいなと思います。
〈ヨミガミ〉について語る役割を与えることで、支倉佳織がレギュラーキャラになりました。本来その手の役割は松竹梅3人組のはずだったんですが、彼らは珠理から逃げてしまうので……。
謎サブタイトル『105蛍光イエロー』はガイアノーツの品番です。梅森くんはサテライトキャノンの表現に使ったようですね。
後半で登場する信上電鉄は、高崎市の上信電鉄のもじり(『AN-BALANCE』にも登場)で、上谷行きとは下仁田行きのことです。
このエピソードから徐々に瀬梨荷が痴情のもつれの専門家としての顔を見せるようになります。背景としてはやはり親のスナックを手伝い客の話を聞くことで、男女関係の様々なトラブルに期せずして通じてしまったのです。
山崎悠斗のヤバさは若干プロットを逸脱しました。『なんでおまえなんだ』と筒井の裏の顔暴露では山崎に同情しても、ダメ彼氏と非モテが最悪の化学反応を起こした彼の本性を見ると中島可奈の方に同情するのではないかと思います。幼馴染み同士がくっつくなんてなァ~~~下村ワールドではありえねえんだよなァ~~~そういうのは余所を当たれや、な???という著者の処罰感情がまろびでてしまった気がして、今は反省しています。
アングルについてはご想像にお任せしますが、チャールズはしっかり見ていると著者は考えています。彼はそういうやつです。たぶん。それは冗談としても、ラブコメとお色気、それは人を傷つけるということ、主人公がいやらしい目を持つべきかどうか、等々様々悩んでこの描写になりました。ラブコメにすることを強く意識して書いていたのですが、この手の描写をしっかり書いて主人公がからかいヒロインを恥ずかしがらせるような男性向け特化描写にするのは、本作にはちょっとそぐわないなと思いました。
2話ですので吉田先生は化学室に生徒が3人いることに感動しています。(ラストでは4人)
・3話
どこかの大学の喫煙所で大麻か覚醒剤を学生が学生に売ってた事件がありまして、それが元ネタです。偶然にも更新直前に日大での事件が起こってしまいました。また、最近のエナジー系清涼飲料の流行に対して各所からカフェイン中毒への警鐘が鳴らされていることを受けてのプロットです。忌書、ヨミガミ、ハリコババァ、いずれも流行の文化人類学ホラー仕立てにしていくことも可能でしたが、流行とみると避けたくなる著者のあまのじゃく根性が発揮され、3話では開始からわずか5000字で支倉佳織により種明かしされてしまいました。代わりに文芸部の話をすると教室に突入してくる金髪の怪異存在が誕生しています。
手紙だけだった妹・多紀乃がついに登場します。彼女の持ち込んだ問題を通じて新聞記者の父・安井弘行が語る社会の実相は、やがて良たちが向き合っていく現実でもあります。作品の完結性を考えた時に、主人公とヒロイン双方の家庭環境にフォーカスするのは必然でした。
そして、1話を書いていた時にふと思い立ったことなのですが、パブリックドメインになっている作品って元を明記すればパロディも引用もやりたい放題なんですよね。なのでチャールズは走れメロスを度々引用(?)します。また、『「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃』という一節があり、珠理が発する台詞とその回のサブタイトルの引用元です。さらに、最終回の新聞記事調の部分でも、少し走れメロスを意識しています。感謝状を手に写真を撮影された珠理は、たぶん走れメロスの最終行のような顔をしているはずです。
もう一つ。3話では車両が登場します。著者がその手の趣味持ちである影響ですが、私の作品にはしばしば、何かしらいいポジションで実在車両を登場させています。せっかくなので列記していきます。
『ブギーマン:~』なら、カワサキ・エストレヤとゼファーχです。ホンダからCB1100EXも。明記はしていませんが羽原紅子がホンダ・ADV150に乗っているような描写もあります。
『恋錠の駅で待ち合わせ』ではYZF-R25です。
『蒸奇探偵・闢光』なら当初はフォルクスワーゲン・ビートルとハーレーダビッドソン・スポーツスター。後にマツダ・コスモスポーツが登場し、最後の最後にはマツダ・ロードスター(ND)も登場させました。
『AN-BALANCE』ではホンダ・エレメントとホンダ・アフリカツイン。主役の二人を四輪・二輪のホンダで固めました。悪役の車両としてレクサス・ISも出てますね。
そして本作では、日産・GT-R(R34)、マツダ・RX-8(後期型・スピリットR)を登場させました。RX-7にしようかなとも思ったのですが、話の流れで2人後席に乗せないといけないので、猫しか乗れないと言われる7はどうかなと思い8にしました。ちなみに、生まれる時代を間違えたクルマ少年・赤木康平が登場時に着用しているブルーグレーのトラックジャケットは、マツダスピリットレーシングのものです。何気に二万円します。いいお値段。
次の作品ではスズキ、ダイハツ、スバル、三菱の車両を登場させないといけない気がしてきました。
以上、お付き合いくださいましてありがとうございました。次は引き続き『AN-BALANCE』です。地方都市の繁華街に謎の巨大怪鳥が登場する話です。