ひるま奈津

裏切り者がいる。俺たちの中に仲間を裏切ろうとしているやつがいる。だから一番信頼のおけるあいつに言ったんだ。

白く小さな蝶は、山奥でひっそりと暮らす男が絵師であることを知っている。家の片隅に置かれた素晴らしい絵を見たことがあるからだ。青々と茂った草花が、優しい春の陽光が、生を謳歌する生き…

母さんは、子どもたちにカードを選ばせる。最初で最後の贈り物。子どもたちがその力で生きていけるように。きょうだいは互いのカードを知っていて、僕たちは誰が一番母さんに愛されるのかを競…

酒場で声をかけてきたのは見かけない顔の薄汚れた男だった。珍しいことではない。旅の行商人も出稼ぎの炭鉱夫も、一攫千金を夢見る賞金稼ぎも、この国にはあらゆる人間が集まる。男は、かつて…

男と女が崖の上にいる。女は崖下で渦巻く波を見つめ、男は水平線を眺めるしかできなかった。空は雲に覆われ、月も星も見えない。男の手はかすかに震えていた。

ヒット作を発表し続ける作家がいる。彼はとある授賞式で紹介された先輩作家に突然電話をかけた。「僕の本について教えてください」。先輩作家が彼の相談に応じたのは、気まぐれであり好奇心で…