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『ある時期の記録』について

 今、昔の記録を上記のタイトルにして投稿しているのですが、悶々としています。当たり前なのですが、やはり人が現実に亡くなったことを書かないと不自然になってしまいますし、でも書いて良いのかという気持ちにもなりますし。小説を書くのは趣味でやっているのに、現実に起こった深刻な出来事をネタにしているわけです。

 個人の記録として書く分には読むのはほぼ自分だけだったのでとりあえず書いていたのですが、ネットに投稿となると個人的な感覚では良識を疑われるだけでなく、誰かを傷つけてしまう事もある訳です。

手元のノートに書かれている全体を投稿することはとりあえず止めることにしました。少ない記録が余計少なくなりますが、できるだけ選んで短くまとめることにします。結局は自己満足でしかないのです。

2件のコメント

  • 非情に難しく繊細な問題だと思います。
    以下は個人的な話で恐縮ですが…。

    年下のいとこがガンで亡くなった時、短歌を趣味にしていた彼女の作品を親御さんが自費出版することになったんですよ。それで生前、本人にその話をしたら「自分が闘病中に書いた作品は載せないでくれ」とおっしゃったんですね。なぜかと言えば「その本を読んだ時、元気だった頃の自分を思い出して欲しいから」最後の最後まで残される人たちの事を案じていました。私はそのいとこを心から尊敬しています。彼女は真のクリエイターでした。

    だから私は人の死をノンフィクションで書く行為を肯定的にはとらえられないのですが。一方で、平穏な日常の大切さを訴えるという点で有意義な行いにも思えるのです。

    やるからには中途半端はよくない。
    個人を特定できないよう配慮した上で書くか、まったくやらないか。どちらかだと思います。やるのであれば「こういう意図があって書きました」と誤解されないよう記しておくべきかと。これ以上はないくらい真剣に描くのです。

    私に言えるのはそれだけです。締め切りがあるので私はこれからコミカルな文章を投稿するでしょう。(訴えたいことは真剣なのですけれど)それに関しては数日前に書いた物なので、どうかお構いなく。
    長文失礼しました。
  • コメントというか、助言をありがとうございます。
    コロナ禍(厳密に言えば現在もコロナはありますが)真っ最中の記録で犠牲者に関するものは、やはり書くのは控えようと思いました。残り1話でこの作品はたたむ予定です。最後の1話はノートを見返すまで忘れていた、コロナ禍の中の日常の身近な出来事を少し書く予定です。
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