目覚めた時、そこは見知らぬ部屋の中だった。
起き上がって頭をかきながら、イマダは周囲を見渡す。白い床に白い壁紙、白いベッド。それから、奥の壁にモニターがついている。モニターに映っている文字は、
『SEXしないと出られない部屋』
………………
………………はあ?
いやいやいや。
どう考えても人選ミスじゃない? つーか、今更このネタやるぅ?
相手はだr
「よお、よく眠れたか」
聞き覚えのある声に、イマダはゆっくりと振り向いた。呆れた様子のタイラが、腕を組んで立っている。
ああ、タイラか。なるほどね。今の時代、そういうニーズもあるわな。うん、なるほどなるほど……。
いや。
いやいやいや。
た、? タイラかよおおおおおおおおお!
はあ? いやおまっ、
タイラかよおおおおおおおおお!?
そこはせめてドレミとか……タイラかよ! いやいやいや!
「あ、……あの、タイラさん? お前、の他に人は?」
「いねえな。俺とラムちゃんのオンステージだよ」
え、ああ、うん。なんでこいつこんなに冷静なの。ウケるな。いやウケない。
「マジで意味わかんねー。そもそもタイラお前、こんな部屋に閉じ込められるタマじゃなくねーか」
「ラムちゃんは知らないかもしれないけど、俺は割と都合よく記憶をなくしたりするタイプなんだ」
「その話ってメタい?」
そんなことを言っているイマダだって、この部屋に来る前のことは何も覚えていない。思い当たるような犯人もいない。タイラを連れてきて部屋に閉じ込められるやつって割とガチでやばくない? と思う程度である。
とりあえず歩いていき、ドアを叩いたり壁の材質を見たりした。そんなことは恐らく、先にタイラが確認しただろうが。
「……開かねーよな」
「開かねえんだよな」
「どうすんだこれ」
「SEX」
すげー聞きたくない単語聞こえた。
「え? 何? よく聞こえないんですけど」
「SEXしないと出られないらしい」
「ごめん、もう1回言って。ちょっと耳がエラー起こしててよぉ、俺とお前が性行為するようにしか聞こえねーんだよな」
「だから、お前と俺がSEX、」
そこで、イマダはタイラの言葉を遮った。
「うるせえぞコノヤロウ!!!!! セックスセックス言ってんじゃねー!!!!! 健全な読者様もおられるのだぞ!!!!!」
「おられねえよ。健全な読者はこんなもの読んでないから」
「失礼なこと言うな悔い改めろバーーーーーーカ!」
ため息をつきながら、タイラがベッドの端に腰掛ける。「心の準備ができたら言ってくれる?」と片目をつむった。
「こころのじゅんび……マジでヤる方向性なんです???」
「代案が出ない限りそうなるな」
「ならねーと思うなぁ。普通そうはならねーと思うなぁ。だって俺とお前だよ? 普通、どんな状況下に置かれても抱く抱かれるの話にはなんねーと思うわ」
「どっちがいいんだ」
「何が」
「抱く方と抱かれる方だよ。指定がない」
???
マジこいつイッちゃってんな。他の追随を許さない頭のおかしさだな。さすがタイラワイチさすが。
つーか、俺が挿れる側っていう想定もあるの? ぶっちゃけ俺が下ってのは決定事項だと思ってたわ。こいつ抱かれる気がミリ単位でも存在してんの? マジでやばいこいつ。マジでやばすぎて俺の頭がフリーズしてる。
「案外悩むんだな」
うるせーよ。そりゃお前、フツーに考えたら抱かれる側より抱く側だっつーの。男の子だもん。俺、男の子だもん。
いやでも、これが俺じゃなかったとしても
タイラワイチが男に抱かれる?
はぁん? 何それ。イミワカンナイ。メンヘラ女子だったらリスカしてる(?)
あ り え ね え
かと言って俺が抱かれんのもありえねーから。冷静に考えれば俺もあいつも男よ? ねーわ。なし寄りのなしだわ。
「なあ、タイラ」
「ん?」
「思うんだけどさ、別に俺、他人が何を好きになろうとどーでもいいのな。それこそ男と男の関係も全然ありだと思うし? でも、望まない関係ってどーだろうか。俺、そーいうの良くねえと思うの」
「正論がいつでも状況を明るくしてくれるといいんだけどな」
あれ? いつもはお前の方が正論マンじゃね?
痺れを切らしたらしいタイラが、ゆっくりと近づいてきてイマダの腕を掴んだ。
「た、タイラサン?」
「そんなに悩むってことはどっちでも大して変わらねえんだろ。まあちょっとケツ貸せよ。痛くしないから」
「ああああああああああいやだあああああああああああ結局こうなるんじゃねえか死ねよおおおおおおおおおおおお」
ベッドに投げられ、イマダは慌てて起き上がろうとする。そんなイマダの肩を力任せに押さえつけ、タイラは片手で器用に自分のベルトを外した。
こいつ、マジでヤる気だ。
「考え直せよタイラ! 俺ら、友達だろ」
「………………」
「あぁー! 喋らねー! こえぇー!」
唐突に、タイラはイマダの右頬を殴った。もう何が何だかわからず、口をぽかんと開けたまま「え、なに?」とイマダは呟いてしまう。
「お前……ちょっと黙ってろよ。こっちだって精神統一してイケるって気にならないとイけねえ」
マジで理不尽すぎてびっくりだっちゃ。
素でびっくりだよ、これ。マジでほんと、こんな理不尽が起きる世界でいいのか? ロックンロールは世界を変えなかったのかよ。
というかそんなに嫌なの? 自分のことは棚に上げるけどそれはそれでショックだわ。
呆然としたまま、タイラの精神統一が終わるのを待つ。人生の中で一番、諸行無常を感じた。
「……イケる気がしてきた」
「そうなんだ……」
「高まってきた。高まってきたぞ。これなんか……イケる……なんでも出来る……」
「もうわかんねーよ。お前のテンションの上がり方こえーもん」
深く息を吐いたタイラが、不意にイマダから離れてつかつかと部屋の隅まで歩いていく。何をするのかと思ってみていれば、タイラは右腕を引いた。
勢いで、そのまま壁を殴る。
「………………」
「………………」
「ラムちゃん、壁、凹んだよ。イケるかもしれない」
「何万回のチャレンジで出られるんですかねタイラくん」
何も言わずにタイラは、壁を殴り始めた。鈍い音が響き続ける。
いよいよクレイジーなことになってきた。いや、まあこうなる感じはしたけどね。
突如、『ピコーン』という機械音が響く。振り向けば、部屋の奥のモニター画面が動いていた。スロットのように画面は回る。
そしておもむろに、止まった。
『相手の嫌いなところを言わないと出られない部屋』
「日和ったな」
「壊されたくなくて日和ったよな」
乱れた衣服を整えながら、イマダは「先にドウゾ」とタイラに譲る。タイラは笑いながら肩をすくめた。
「俺、別にラムちゃんのこと嫌いじゃないんだけどな」
「ハイ、こういうところがクソ嫌い〜」
ドアは無事に開いた。