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「月が綺麗ですね」と言われて惚れた男の話(ちょっとだけ先行公開)

 夜は嫌いだ。
 真っ暗な闇はどうしてもあの晩のことを思い出してしまうから。
 母が死んだのも夜だった。

 夜の闇をみると、孤独と不安に押しつぶされそうになる。
 小さな子供であれば大人がすぐそばで手を握ってくれるのだろう。
 温かいミルクをもってきて、眠るまでずっとそばにいてくれるのだろう。

 だけれど、大人である俺にはそんな相手はいなかった。
 子供でなくなってからは、そんな夜の不安をかき消そうと、悪友を連れてお忍びで夜の街で遊んだ。
 女を買えば、その間は一人ではないから。
 だけれど、女たちと交わることはしなかった。
 ただ、側にいて適当な話をしてもらう。
 すると、彼女たちは身の上話をするのだ。
 娼婦たちのする身の上話は二種類に分かれる。
 貧しい生まれで苦労をしてきたという、いかにも本当らしい話。
 または、自分は御落胤であり、ここにいるのは身を隠すため。時期が来たら迎えが来るという、本人が何度も自分に言い聞かせている作り話。
 なぜ、分かるかって?

 どの女の物語も似たり寄ったりなのだ。
 大方、娼婦同士で暇をつぶすときに話している物語がお互いに混ざり合うのだろう。
 特に、心が壊れかけた女は後者の話をすることが多かった。
 とある夜、心が壊れた娼婦は、みずからの身の上を話したあと死んだ。
 何度か通ったことのある娼婦だった。
 最初は貧しい身の上を語っていた。妹や弟のために稼いでいるということだった。年の割に落ち着いていて、教養のある女だった。
 だけれど、その晩は違った。どこかで聞いたようなおとぎ話をした。自分は本当はこんな場所で客をとるような女ではなく、本当は王宮に住むべき人間なのだと。
 そう告げて、飲み物をもってくると部屋をでたあと、窓から飛び降りて死んだ。
 本当は死ぬような高さじゃないはずだった。
 だけれど、その女は頭から落ちたうえに、たたきつけられた地面には割れた酒瓶の欠片が無数に飛び散っていた。

 もとから少しおかしくなっていたらしい。
 俺はその女の死の責任を求められることはなかったが、それ以来夜の街にそぞろ歩くのもやめた。

 闇を避けるために、俺は夜の多くを温室で過ごした。
 別名、夜の庭園と名付けられた何台か前の国王が作った非常に贅沢な温室だ。
 昼は天蓋の闇で覆い外の光を一切いれないかわりに、夜は中から光で照らす。
 昼と夜が入れ替わったような、その場所は唯一、夜に一人でいられる場所だった。
 煌々と照らされた夜の中の昼は、娼婦と同じく一目で偽物だと分かるが、それでも暗闇よりましだった。

 こんな自分が誰かを愛することなどないだろうと思っていた。

 どんな女だって偽物ばかりだ。
 兄上の結婚相手はまだ少女のようであり、結婚したというのに興味関心は家族のことよりドレスや宝石ばかり。
 悪い女性というわけではないが、国民を母のように包み込む王妃という座にはまだまだというところだった。

 女なんてどれも同じ代替可能な気を紛らわせるための道具だと思っていた。
 むこうだって、俺のことなんか見てやいやしない。
 女たちが興味があるのは俺の家柄か金の二種類だ。

 だから、あの女を初めてみたとき、少し違和感があったんだ。
 最初は、ほかの女たちとは違うドレスをきているせいだと思った。
 ひどく地味で流行とは違うドレス。

 だけれど、彼女が他の女とは違うそう感じたのはあの夜のことだった。
 彼女が言ったのだ。

「月が綺麗ですね」

 と。そう言って、妖艶にほほ笑んで夜の闇に溶けて消えそうだったから、俺は思わず彼女の腕をつかまずにはいられなかったのだ。


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お読みいただきありがとうございます。
こちらの本編は下記のリンクの小説です。
先日公開して、完結した新作。
https://kakuyomu.jp/works/16817330663879039890

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