題 王太子の贈り物
『王太子妃パドマの転生医療2 「戦場の天使」は救国の夢を見る』より
エドワードがオスカーの仕事部屋にやってきたのは、自身の二十歳を祝う宴が開催される1週間ほど前だった。
「どしたん?」
オスカーは試験管を持ったまま、きょとんと彼を見る。
今日は供の者もつけていない。いつもなら侍従や文官が背後にいるというのに。
業務ではなく、プライベートなのだろうか。小首を傾げて様子を見ていると、ぶっきらぼうな声を投げつけられた。
「服を持ってきた」
言うなり、右手にぶら下げた革製の鞄を突き出す。オスカーは慌てて試験管を試験管立てに戻し、掌をズボンにこすりつける。実際には汚れていないのだが、マナーだと自分では思っていた。
「ありがとー。王太子さんのお誕生日会に着ていくやつやんな」
エドワードから受け取り、きょろきょろと見回した。器具や図面を広げていない机を見つけ、鞄を置いてロックを外す。
ぱかりと開くと、そこには絹のシャツに上等のトラウザーズ、ベストと上着が入っていた。
「一応、無理をいった手前用意はしたが……。新品でなくてよかったのか?」
「新品なんてとんでもない。ほんま感謝感謝」
ぶっきらぼうなエドワードに、オスカーはにぱりと笑った。
彼の誕生日を祝う宴にオスカーも招かれたのだ。
当初は、『そんなところに着ていく服があらへん』と断った。
きっと、参加者は王族だの皇族だの貴族ばかりに違いない。肩ぐるしい場は苦手だ。それにパドマが気を利かせて声をかけてくれたにすぎないと考えていた。
『なにかあったとき、パドマの側にいてくれると安心なのだ。服ならばわたしが用意しよう』
エドワードの言葉を聞いて、意外だと驚く。どうやらご招待したいのは、主催者ご本人さまのようだ、と。
そこで、『そやったら、王太子さんがもう着ぃひん服をちょうだい』と伝えたのだ。
「ほしたら、当日これ着るわな。ありがとう」
にっこり笑ってオスカーは礼を言う。
なんとなく、だが。
そのままエドワードは帰ると思っていた。服を届けるという用は済んだのだ。世間話など時間の無駄と考えている彼であればさっさとオスカーの仕事部屋から出ていくはずだ。
しかし、エドワードは腕を組んでみたり、足の重心を右から左に変えてみたり、視線を彷徨わせたりしてきっかけを探しているようにも見えた。
「なんかぼくに聞きたいことあるん?」
尋ねてみると、エドワードの黒瞳が珍しく揺れる。「ん?」と促すと、彼はしばらく沈黙したあと、口を開いた。
「お前、恋人はいるのか」
「おらんけど」
なんやねんそれ、と心の中だけでツッコむ。
「ならいい」
「待って、待って! 気になるやんっ」
くるりと背を向けるエドワードに慌てて手を伸ばした。手首をつかむと、煩わしそうに振り払われたが、退室する気はないらしい。だから、にっこりと微笑んだ。
「ここ数年はおらんけど、昔はおったで。学生時代やけど」
嘘ではない。ただ、退学と同時にふられたが。
「……女性というのは、どんなものを贈れば喜ぶのだ?」
真面目な顔でエドワードに問われ、オスカーは思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
エドワードと同じように無表情を装いつつも、心の中では、『なにぃな! ちょっともう、何歳やねん、この王太子さんはっ』と悶えた。
「王太子妃さんへのプレゼント?」
あかん、口を動かしたら笑いそうや、と耐えながら尋ねると、牙を剥かれた。
「一般的な話だ、一般的な」
言いながらもエドワードの耳が徐々に赤くなる。
かわいい。なんだこの生き物。
オスカーはさも考えていますよという風にうつむき、くくくくく、と忍び笑いを漏らした。
どうやらエドワードはパドマになにか贈り物を考えているが、どんなものが適切かわからず、服をオスカーに持ってくるという大義名分を作って相談に来たらしい。
(なにもぼくじゃなくてもええやろうに)
ひょんなことから出逢って1年。気づけば王太子の屋敷に住み込んでパドマの手伝いをして過ごしている。
当初はとっつき難い王太子だと思っていたが、共に日々を過ごしてみれば、感情表現が下手なだけで民思いの優秀な青年だ。少なくとも、次期王位を狙うあの第二王子より何十倍、何百倍も王に相応しいと思う。また、感情を表情に出すのは苦手のようだが、そのかわりこの王太子は言葉を尽くす。誠実であるし、努力も惜しまない。
パドマが、部下が、辺境伯が、民がついてくる理由はそこだ。
しかし、この王太子のおかれた状況というのは非常に難しく、微妙だ。
いまでこそ親しい侍従や文官がいるようだが、数年前までは、ほぼ孤立無援だったと聞く。
(……おらんのか、そんな人間が)
ふと気づく。
心を許せる友のような者がこの王太子にはいないのかもしれない。
そもそも、エドワードと年が近い人間自体、宮廷には少ない。大半が父親と同い年ぐらいの男ばかりだ。
「ちょっとしたお礼を兼ねて贈るんなら、花とかお菓子がええんやろうけど……」
オスカーの言葉にエドワードが口をへの字に曲げる。なるほど、と苦笑した。
「ちょっとした……って感じやないんやな。がっつり、のやつな。ほんならまぁ、無難なのはアクセサリーとかちゃう?」
「アクセサリー……」
エドワードが形の良い顎を摘まんで呟く。
「だけどあれやで。好みもあるからなぁ。趣味やないのをもらっても、嬉しくないやろうし。いっつもどんな感じのをつけてるとか……」
言いながらオスカーもパドマの姿を思い出すのだが、自然に眉根が寄る。
気づけばエドワードも似たような表情をしていた。
「……つけてへんな」
「つけてないな」
オスカーの中で貴族の娘といえば、じゃらじゃらと貴金属を身に着け、爪と髪をばっさーと伸ばし、ずりずりとドレスの裾をひきずって歩くイメージなのだが。
王太子妃パドマは、出会った時からそのいずれにも当てはまらない。
動きやすい質素な服を身に着け、清潔を常に心がけているような娘だ。
腕を組み、ううんと唸る。
「靴やバッグとかは?」
提案してみたが、エドワードは首を縦に振らなかった。相変わらず顎を摘まんだまま宙を見つめ、しばらく黙考している。
「……悪くはないが。その……アクセサリーなら、いつも身に着けてくれるのではないか?」
ぼそりと呟くから、今度こそオスカーはにやけた。
「あんたやっぱり独占欲強いよなー」
「なっ……! なにゆえそうなるのだっ」
真っ赤になって怒っているが、いやそうやろうとツッコミたくなる。
「ほならアクセサリーにしないな。王太子妃さんに似合うやつで」
「だから一般的な話をしているのであって、パドマのことではないっ」
「はいはい。じゃあ、王太子さんが贈りたいなぁと思う一般的な女性にふさわしいアクセサリーとかはどうや。スタンダードやけど指輪とか」
「そう……だな。だが、仕事の邪魔にならないようなものがいいだろう?」
「仕事の邪魔?」
オスカーは思わず問い返すが、エドワードは上の空で何か考えている。
(ああ……。医師の……)
合点がいった。
たぶん、パドマがアクセサリーをあまり身に着けないのは普段から医師として現場で動いているからだ。身近にいるからこそわかるが、パドマは常に清潔を心がけている。指輪を贈りたいのかもしれないが、贈ったところで身に着けられるかどうかは微妙だ。
(貴族の……ましてや、王太子妃が〝仕事〟ね)
ふふ、とオスカーは知らずに笑みを浮かべた。
普通の王太子ならば「王太子妃が医師の真似事など」と言うだろうに。
この王太子さまは、王太子妃が〝医師をしている〟ことが前提で贈り物を選んでいるらしい。
「……そうだな」
彼の中でなにか決まったらしい。呟いたのちもしばらく宙を見つめていたエドワードだが、ふとオスカーに視線を向けた。
「ありがとう。参考になった」
珍しくにこりと笑っている。
「いえいえどういたしまして。こちらこそ服をありがとう」
力になれたのかどうかはあやしいが、本人は納得したらしい。軽く頷いてオスカーに背を向ける。
(さてさて、いったいどんなプレゼントを選ぶんやろ)
部屋を出ていくエドワードを見やり、勝手に頬が緩むオスカーだった。
おしまい
◇◇◇◇
こんばんは、武州青嵐(さくら青嵐)です。
ありがたいことに、電子書籍限定『王太子妃パドマの転生医療2 「戦場の天使」は救国の夢を見る』の感想をいただいたりしています。
その中で結構な割合を占めているのが、「エドワード関連」でして……。
なかなかの熱量でエドワードのことを褒めていただき、本当にうれしい限りです。
たくさんのお言葉を頂戴し、なんかこう……お礼をしたいな、と思い、SSを投下いたしました。
主役はいませんが(笑)、楽しんでいただけたらなによりです。