寅衛門「え~、本日の更新が遅れております、その言い訳を」
寅吉「聞かなくてもいい気がしますが」
寅衛門「時代考証の負荷がすさまじく大きい」
寅吉「いうて幕末ですよね?テンプレ通りに書けばいいんじゃないですか?」
寅衛門「それが、だ。現在、一般的な時代小説で書かれている幕末は、実際の歴史的事実と解離しているところが多々ある」
寅吉「ああ、ここの作者はそれが気持ち悪くて、一次資料から幕末史を見直しているんですよね」
寅衛門「アホだろう、理系の癖に」
寅吉「・・・・・・理系だからこその習性ですよね」
寅衛門「本文に関わることはネタばれになるから、別の例で説明してみよう」
寅吉「はあ、手短にお願いしますね」
寅衛門「春が来たことを端的に表現する時、『庭でウグイスが鳴いた』と書かれていることがある」
寅吉「ありますねえ、ホケキョ、とか」
寅衛門「地方なら問題ないが、江戸でウグイスは鳴かない」
寅吉「・・・・・・え?」
寅衛門「ウグイスの囀りは、そもそも繁殖のためのなわばりを誇示するための行動である」
寅吉「作者の専門分野キタコレ」
寅衛門「だが、ウグイスが繁殖するのは丘陵地の藪の中。江戸のように開けた土地ではウグイスは繁殖しない」
寅吉「え、でも大名屋敷とかありますよね。庭に植え木がたくさん、って『翠雨』中にも描写が」
寅衛門「大名屋敷の庭は常に人の手が入っている。そのような環境ではウグイスは繁殖しない。そもそもウグイスの囀りは山里の春を告げる季語だった」
寅吉「ああ、だからこそ俳人が旅先でウグイスの声を聞き春を知る、という辺りが風流を感じるところなんですね」
寅衛門「ひと昔前の時代劇では確かに、ウグイスが囀る声や映像が春のシーンを表していたが」
寅吉「あれ、間違いですか」
寅衛門「地方から上京してきた映像関係者が、自分の田舎をイメージしてしまったアンコンシャス・バイアスによるものだ」
寅吉「・・・・・・正しくない知識を元に、誤ったイメージをお茶の間に植え付けたテレビの罪状よ」
寅衛門「時代劇を見るのが好きな方はお気づきかも知れない。現在、時代考証にしっかりした専門家がついている作品では、春の表現として安易にウグイスの声を使っていない」
寅吉「あれ、でも最近何か見た気がする……」
寅衛門「おそらくそれは鳥籠に入ったウグイス、として描かれていなかったか」
寅吉「あ、そうだったかも!」
寅衛門「江戸でウグイスの声を聞くことができないから、郊外で鳥刺しがウグイスを捕え籠に入れて売り、それが商売として成り立っていたのだ」
寅吉「な~る……」
寅衛門「江戸でウグイスは鳴かない、とはいっても例外がある。それが『鶯谷』だ」
寅吉「ウグイスの声が聴けることが地名の由来……あ、そこでしかウグイスの声を聞けないから、名所になったんですか!」
寅衛門「そうだ。ウグイスの声が聞きたかったら、江戸に住むものは鶯谷へ出かけた」
寅吉「なるほど。地名の由来もあと一歩踏み込んで考えれば、事実に到達することができるんですね」
寅衛門「と、こんな感じで、一行書き進めるごとに時代考証が入ってくる」
寅吉「あかんわあ……」
寅衛門「これから先、『翠雨』はさらに資料が乏しく、また現在も研究が進んでいない分野へ入って行く」
寅吉「その前に今日の分の更新ですよね」
寅衛門「・・・・・・日付が変わるまでには何とか」
寅吉「・・・・・・何とかしたい」
*時代考証と心情描写と人間関係が大変になってきました!
*(上)春の色
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9892698(下)絵本徒然草 3巻
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2534221