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物語が始まらない『保安検査場』

「鞄はそのまま乗せてください。ポケットの中身もすべて出してください」

ゲートを通過した客に対し、ベルトコンベアの奥で女性が淡々と説明をする。

ここは保安検査場。
私は今、楽しかった一人旅を終え、あとは帰りの飛行機に乗るだけの状態だ。

私の前には大きなケースが置かれている。ここに荷物を置くらしい。
左右では他の乗客が慣れた手つきで自身の荷物をケース内に収めている。

なんとはなしに流れを止めてはいけないという重圧を感じる。
背中からリュックを降ろし、上着、スマホ、ハンカチとすべてケースに収めていく。
最後に手に持っていた紙をリュックへ押し込み、金属探知ゲートをくぐった。

荷物が出てくるまで手持ち無沙汰である。
暇をつぶせるものはすべて、ケースの中へ入れてしまった。

ぼんやりと前の人物を眺めたとき、彼の手に握られた紙片が目に留まった。
改札を通った時に貰った紙だ。

荷物を伺うふりをして後ろを振り返る。
後ろの男女2人組も又、手にその紙片を持っている。

あの紙は荷物を受け取るときに必要ということか?
だとしたら、私は・・・・・・。

ああ、なんということだ。
先ほど私はあの紙をリュックへと押し込んだ。飛行機の搭乗券も一緒だ。

そもそもあの紙は、保安検査場のゲートを通る際、搭乗券をかざして手に入れたものだ。
ということは、荷物を待つ人間が搭乗券を持っていることを証明するものではないだろうか。
だとすれば、自身を証明するモノさえ提示できれば・・・・・・。

証明するモノとはなんだ?

今、搭乗券は持っていない。先にも述べたようにリュックの中だ。
身分証明書と言えるものは持っていない。すべて財布の中にある。
スマホも又、手元に無い。すべてあのケースの中だ。

私は今、自身を証明するモノを持ち合わせていない。

人とはこれほど不確定な存在なのか。
愕然としつつ私はベルトコンベアを流れてきたリュックを取り搭乗ゲートへと向かった。

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