12月1日更新予定の『呼び水の魔王』37話の一部を先行で公開します。
ちょっとした試みです。気になった方はぜひぜひ本編も拝読ください。
↓37話『過去でも未来でもない場所』
「……う……うぅ……」
夕立による豪雨が降り注ぐ音でマリーは眼を覚ます。
「お嬢」
「……レヴ……? ここは――」
「針ジジィの店だ。ジン坊の事もあって雨から避難してる」
場にはターニャも居り、外の雨を見ていた。
「ジン君……! レヴ! ジン君は!? 彼はどうなったの!?」
マリーは最後の記憶はジンが倒れた所で止まっていた。
レヴナントが今、側に居るのなら事態は解決したのだろう。それなら、ジンはどうなったのか――
「お嬢……」
「レヴ……ジン君は助かったの!?」
ジンの事で詰め寄るマリーは自分の足の痛みに転びそうになった。レヴナントが咄嗟に支える。
「ジン坊は……死んだ」
レヴナントは告げる事を躊躇う様にそう口にする。
「……身体的な異常はないです。しかし……」
「心臓が動いてない」
医療員でもある『鬼族』の天魔はカムイの指示を受け、ベッドに安静にするジンを見ていた。その場で立ち会うレン、ロイ、フォルドがその結果を聞く。
「……嘘だ。ロイ……兄さん……死んでないよね?」
「レン……」
間違いだと言ってくれる事を懇願するレンの眼にロイは何も返せない。
「正直な所、今のジンの状態は不可解なんだ」
天魔はジンの様子を詳しく語る。
「意識がなく、心臓も動いてない。しかし、身体の腐敗は始まっていない」
「どういう事だ?」
フォルドの言葉に天魔歯切れ悪く続ける。
「完全に未知の状態です。死の定義として見るならジンは死んでいません。故にどうすれば目覚めるのかもわからない」
「いや……ジンは死んでいる」
結論の出ない面々の中で過去に同じ遺体を見たことがあるカムイが告げる。
「昔、『迷宮』に巻き込まれたときにこの状態の死体を見たことがある。その時、一人の騎士に助けて貰ったのだが、彼が言うにはこの状態は“魂”が抜けた事による“肉体の停止”だそうだ」
「魂……」
カムイの情報にロイとレンはジンが『霊界権能』を使ったのだとわかった。
「この状態のヒトは二度と動く事はないと騎士も――」
「ッ!!」
「レン!」
レンはロイが呼び止める間も無く部屋を飛び出した。
「随分と冷酷ですね」
この場で言うことではない。ロイの眼はそう言いたげにカムイを睨む。
「……受け入れなければならない。親しい身内の死は希望を持てば持つほど深い傷になる。そして、残った者も狂ってしまう」
夕立が止む。オレンジ色の夕焼けが部屋へ射し込んできた。
「君たちの絆はよくわかる。やり場の無い怒りや憎しみは私にぶつけてくれ。天魔、行くぞ」
「はい」
そう言って、カムイと天魔は部屋を出ると、ターニャにも声をかけて三人は店を出ていった。
「……レヴ、手を貸して」
「お嬢……今、ジン坊を見るのは――」
すると、奥からレンが出てくる。その手には一つの瓶を持っていた。
「レンさん……」
涙を眼に溜めながらもマリーの姿が見えない程に必死なレンはそのまま外へ出ていった。
見えていた。
ずっとずっと先の事がいつも見えていた。
疑わなかった。
これからも何も変わらない。
兄さんが居て、ロイが居て、ジェシカさんが居て、それが変わらない“未来”なのだと。
だから――
「嫌……」
“レン”
「嫌だ……」
“転んだのか? ほら背負ってやる”
「嫌だよ……」
“大丈夫だ。お兄ちゃんは必ずお前の側にいるからな”
「嫌だぁ……」
“オレには出来すぎな妹だよ。お前は”
そして故郷の村に立つ兄の墓標が――
「そんなの……嫌だぁぁ!」
そんな未来をレンは観た。
どうしたらいいのかわからない。レンは混乱したままに走っていた事もあり、濡れた地面に足を取られて転ぶ。
「うう……」
お願い……助けて……
「ナタリアさん……お兄ちゃんを……助けて……」
レンは夕立で出来た目の前の水溜まりに、ナタリアから貰った香水を落とした。