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一月を抜ける

コロナやらなんやらで結局先週末に控えていた模試は1週間伸びて、今日の昼にやっと終えた。出来栄えはぼちぼち。強いて言えば、英語のリスニングと数学の裏面がよく解けたのが満足な点だ。結果はいつ来るのか知らないが今日ばかりは2日間の激闘を祝して外食アンド読書デーにしようと思う。
ニ日目の最終教科が終わったのが11時40分だったからひとつ隣の駅から歩いて本屋に着くのは12時30分くらいになった。駅から本屋までは大体1キロくらいで大手自動車メーカーの販売店を過ぎてから信号を三つ渡る必要があった。

新学期が始まったとき。1回目の頭髪検査で生徒指導の塚山から「ん〜、ちょっと前髪重めじゃないか」と言われた。元来、うちの学校の校則には眉にかかる前髪は禁止とは明記されていたが、重い前髪がだめとは書かれていなかった。が、そんなことをここでいっても面倒だし、出席番号が2番で後ろに20人近くいることを考えると「そうですよねえ。勉強してるときについつい気になるからいっそのこと坊主にしようかと思ってたんですよお」と笑うしかなかった。塚山はじゃぁ俺がバリカンでやってやろうかなんて少しも面白くない冗談を吐きながら手でバリカンを動かす真似をしていた。てめぇは刈る髪もなけりゃギャグセンスもないのかと言ってやりたかった。

それからその週の模試が延期になったので土曜日に髪を切った。ひょろっとした髭を生やした河童みたいな髪型のユウキくんとおしゃれで小柄なサヤカさん夫婦が営んでいる地元の床屋にいった。ユウキくんは毎回髭を触りながら「今日はどんな感じ」とあっけらかんとした声で聞く。いつもなら前髪長めで横はスッキリ。あと全体的に軽くしてください。とか細かく注文しているが、今回はもう塚山の一件で消耗してしまっていたから「あー、軽めで。あとは任せます」と投げやりだった。それでもさすがのユウキくん。前髪の長さを出来るだけ変えずに全体的に軽くさっぱりした髪型にしてくれた。が、風呂に入ると2ヶ月前にした縮毛矯正がとれていて、昔みたく前髪が外側にひどくカールする事態が発生するようになった。前髪だけじゃなく頭の至るところがモジャっとしてしまうので下手に失敗した科学者みたいな頭になった。

だからこうして本屋への道を歩いている今もすれ違う人はみなスネ夫みたいな僕の前髪をチラチラみるのだ。これも全部塚山のせいだ。本屋に入ると併設されているDOUTORに4、5人の列ができていた。それをみて咄嗟に浮かんだ言葉は「密」の1文字だった。「あーあここでパスタ食べようと思ってたのにな」なんてことを考えながら新書コーナーを眺める。最近出た本もさながら目当ては本屋大賞ノミネート作品達だった。三日前に友達に誕生日プレゼントでねだられた加藤シゲアキさんの「オルタネート」もそのひとつだ。加藤シゲアキさんはアイドルでもあり作家でもあるという珍しいタイプで、気になってはいたがなかなか手が出せなかった。今回買うかはわからないが、買わなくても友達から借りて読もうと思う。

人目を避けるように僕は二階へと続くエスカレーターにのった。降りてすぐの壁には本屋大賞ノミネート作品や受賞作、直木賞に芥川賞受賞作が陳列されている。そのほかには僕が最近愛読している西加奈子さんなどがあった。その中から西加奈子さんのデビュー作「あおい」をえらんだ。目当てだった本屋大賞は来週、クラスメイトと来たときにまた買おうと思う。ほかに綿矢りささんの小説も読みたかった。先日テレビで見かけたときに思っていたよりよく笑う人だったからというよくわからない理由だった。本当は同じようにデビュー作を読みたかったが、あいにくその書店には置いていないらしい。仕方がないので芥川賞受賞作の「蹴りたい背中」を選んだ。するとおなじ棚に中村文則さんの「銃」があった。これもまたデビュー作だ。

最後にもう一冊買って帰ろうとぶらぶらしていると、ひときわ目立つピンクの方があった。「推し、燃ゆ」だ。これは今回の芥川賞受賞作だが、実は若干舐めていた。“推し”この言葉に僕はあまりいい感じがしなかった。確かに最近になってよく聞くようにはなったが「アイドルや二次元の話だろ」とばかにすらして思っていた。これに関しては別にアイドルや二次元を悪しく思うわけじゃない。それを取り巻く、つまり推しごとをする人々が僕にとってあまり好印象じゃないのだ。しかし、読んでないのに批判するのもまた良くないと思い、ここはひとつ買ってみることにした。

計4冊を抱えてレジに向かう。「カバーはおかけしますか」と店員さんにきかれた。いつもなら「大丈夫です」とこたえるが、自らがどうかと思っている本を読むのがよっぽど恥ずかしかったのか「お願いします」と言ってしまった。我ながら恥ずかしい。今度は階段で1階に降りた。案の定、列は伸びていた。これじゃあ待たされると思い、空腹に限界を覚えた僕は向かいにある喫茶店に入った。

その店もそれなりに繁盛していて、待合室ではカップル二組 主婦の二人グループ人組がいた。アルコール消毒をして呼ばれるまで待つ。僕は一人だったのでカウンター席を希望した。通されたカウンター席は使う人がすくないのか二席つかわせてもらえた。僕は隣の席にリュクサックをおき、ダッフルコートを脱いでかけた。それから流れるように“推し、燃ゆ”を手元に配備してからメニューを眺めた。チーズパスタとサラダジャンバラヤで悩んだけど、サラダジャンバラヤに贅沢してブレンドコーヒーをつけた。

ジャンバラヤがきた。思ったより少ない。いや、自分がお腹を空き過ぎているせいかもしれないが想像したより一回りくらい小さい。ついてきたサルサソースが昔かいだデスソースに似た匂いがして、直感的に「あ、これとんでもなく辛いやつ」と思った。口に近づけると心なしか暖かい。一口。いや、ふつうにうまい。旨辛とでも言うべきか、エスニックな味がする。タコスとかタコライスとかそこらへんの。スプーンが全く止まらない。サラダにレモンのような涼しい味がした。あとから聞くとレモン汁とパイナップルが入っていたらしい。ジャンバラヤ…おそるべし。最後はトマトスープを飲み干してから本に向かう。

内容は案の定アイドルを推す女子高生だった。「うわ、でたよ」そう思いながらもページをめくる。するとだんだんと気がつく事があった。主人公の女の子はただ彼を応援しているのではなく完全に推しているのだ。彼の活動を応援したい。彼の求める歓声の一部になりたい。彼の気持ちを知りたい。彼から見える世界が見たい。彼というものを理解したい。そんな願望が彼女にはあった。推すというのはただ純粋に応援するんじゃなく、もっと深い部分にあった。えぐいものだったのだ。

4分の1を読み終えた頃に甘いものが食べたくなってフレンチトーストを頼んだ。フレンチトーストはショートカットの女性店員が運んできた。声の高いアナウンサーみたいな声だった。フレンチトーストは二切れあって、それらをまたぐようにバニラアイスがミントを斜に被って鎮座する。一切れ目は楽しく美味しく食べられた。が、ニ切れ目に突入すると甘ったるいのが急にだるくなってフォークが進まなくなった。自分はそのときジャンバラヤが少なくてよかったと思った。それでも久しぶりにゆっくりと満足できる食事が取れたので会計を済ませて駅に向かった。

「お母さあん、雪だるま変になってますよお」小学生くらいの男の子が社殿から叫ぶ。「いいですよお、こっちで作り直そお」アラサーくらいの母親が弟らしい子を引き連れて返事する。男の子はスキーウェアの上着を着ると「ねえ、鎧できたよお」と深雪の道を勢いよく駆ける。「おお、ブルドーザーのようにくるね」母親は笑いながら男の子と弟を抱きしめる。そんな幸せの光景が上り電車を幕引きに僕を駅舎に引き戻した。僕は幸せと本を行ったり来たりした。

神社の境内では戦争がはじまった。母親は雪玉を投げる。それを男の子が寸手の所でかわしカウンターをいれる。また母が雪玉をなげたと思えば手前にいた弟に直撃した。雪玉は粉々にくだけ沢山のカケラとなって散った。そしてまた電車が僕を起こす。

男が車両に乗り込むと女は伴走するように車両の外をあるいた。席に着くと男はインスタグラムを開きストーリーを撮り始めた。女も撮る。「またねーばいばあい」なんてことをいいながら手を振る。女は笑いながら「ばいばあい」と言う。ついに僕が乗る電車が来た。そのときにはもう半分以上読み終えていた。

それから自宅の最寄駅に着くと1時間ばかり本に向き合って終に読み終えたのだった。まず一言。「えっぐ」(小さいつに力を込めて)。正直、17年間生きてきて“推し”っていうのを嗤ってました。これもまた失礼ですけど、ゲームに大額課金するみたいな、それに似た感じを抱いてました。でも、“推し、燃ゆ”を読んであからさまに取り方が変わりました。いままで馬鹿にしていた自分を燃やしたいくらいです。読み始めて最初の方はまだバカにする感じが抜けなくって情けなかったけど、主人公の推しとの出会いや思いを知っていくうちに「あれ?思ってたより深いぞ、これ」って。理解できない人こそ読んで欲しい。これがこの作品を読んでの感想だった。文体は読みやすかったし、何より情景描写がリアルで違和感がなかった。とまぁ一月最後の日は新しい世界を知って眠りにつくのだった。

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