『異世界会計士』をお読みいただき、ありがとうございます。
本日、第4章「忙しいのに儲からない工房」を完結まで投稿しました。
※第4章の内容の軽いネタバレを含みますのでご注意ください。
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https://kakuyomu.jp/works/822139841882681628
■「忙しいのに金が減る」現場あるあるを、数字で言語化したかった
第4章で描きたかったのは、工房が“怠けている”わけでも、“腕が悪い”わけでもないのに、なぜかお金が残らない――という矛盾です。
王都から「緊急だ!」の一声が飛ぶ。
すると、釜の仕込みを途中で止めて高級に切り替える。止めた時点で中身は“期限切れ”になり、明日には捨てるしかない。釜の洗浄だけで半日が飛び、魔方陣の描き直しも必要になる。結果、通常ポーションは一本も増えない。
こういう“紙に書いてないコスト”が積み上がると、現場は一気に弱ります。
そして怖いのは、それが 会計上も意思決定上も「見えない」ことです。
■まず大前提:「捨てた分」を数字に入れないと、永遠に見えない
作中でアラタが言う通り、数字に入れないと“捨てた分”は永遠に見えません。
第4章の“捨てた分”は、典型的にはこの二つです。
・歩留まり(不良率):高級ポーションは「五回に一回、売れる瓶がゼロになる」=成功率8割
・段取り替え(セットアップ):割り込みで釜を止める→洗浄・描き直しで時間が消える
この二つは、売上や材料費だけ見ていると置き去りにされがちです。
■1本あたりの儲けではなく、「時間あたり採算」に直す
ここからが第4章の核心です。
●通常ポーション:確実に“稼ぐ速度”が積み上がる
通常ポーションは、一本あたりの残りが1,000リル。しかも一時間に四本作れる。
つまり 4,000リル/時間 の“残り”が積み上がる。
この「残り/時間(正確には“限界利益/時間”)」という見方を入れると、現場の強さが一気に言語化できます。
●高級ポーション:歩留まりを入れると、一本あたりの残りが縮む
高級は「成功した一本」だけ見れば(売価16,000 - 材料11,000 =)5,000リル残る。
でも実際には失敗があるので、期待値で見ます。成功率8割なら、一本あたりの期待売上は12,800リル。そこから材料11,000リルを引くと 実質の残りは1,800リル。
そして終わりじゃない。
高級は 五時間かけて四本。だから一時間あたりの残りは 1,440リル(ざっくり1,500リル)。
結論は、作中の通り――
・通常:4,000リル/時間
・高級:1,500リル/時間(概算)
「単価が高いほど儲かる」が逆転するわけです。
これは、現実の管理会計でも同じ構造が起こります。
「粗利が高い商品」より、「工数あたりの限界利益が高い商品」の方が会社を救う場面があるのです。
■解決策は“作るな”ではない:数字を「現場を守る約束」に変える
ただし第4章では、「じゃあ高級をやめればいい」とはしません。
高級ポーションは工房の誇り。そして王都(医師団)にとっても必要で、緊急発注もゼロにはできない。
だからアラタがやったのは、数字を“約束”に翻訳することです。
●「約束のライン」:工房が沈まない最低ラインを共有する
作中では、工房の固定の出費(給金・燃料・修理など)が 金貨55枚。
通常ポーションは一本あたり1,000リル(銀貨1枚分)残るから、月550本作れれば固定費に届く。
これが損益分岐点のラインです。
これを「ノルマ」ではなく、「ここまで作れたら工房は沈まない」という 共有ルールとして置く。
この発想が、管理会計らしいところです。
●割り込みを減らす:納期ルール+特急手当(手間賃)で現場を守る
そして割り込みを減らすために、ルールを設計します。
・原則の納期は二週間
・締め切りまでに本数確定した分を定期便に載せる
・それでも「今すぐ」なら“特急手当”を取る(割り込みの手間賃と負担分を金で払わせる)
・締め切り後は次の便(原則二週間)
要するに、「善意の割り込み」を放置して現場が死ぬ前に、段取り替えコスト(セットアップ)を“見える化”して、価格と納期に織り込む。
ここまで来ると、単なるコスト計算ではなく、「管理会計×オペレーション」の領域になります。
■第4章の裏テーマ:会計は“責める道具”ではなく、守る道具
歩留まり(不良率)も、段取り替え(セットアップ)も、現場の人間からすると「分かってるけど仕方ない」になりがちです。
でも、仕方ないままにすると、静かに確実に利益を蝕んでいきます。
だからこそアラタは、
・失敗を責めず、期待値として数字に入れる
・時間あたり採算に直して、現場の稼ぐ力を守る
・さらに「ルール」に落として、割り込みを“交渉できる形”にする
という順番を踏みました。
この章を通じて、会計が「冷たい指摘」ではなく、現場を守るための設計図にもなる――そんな感覚が伝わっていたら嬉しいです。
次回からは新章「今を削ってでも買うべきもの」が始まります。
金庫の金は減るのに、帳簿の利益は増える?――『現金』と『利益』のズレが生む、会計の不思議を解き明かします。
引き続き、応援よろしくお願いします!
(画像)
トクレンに対して“特急手当”の説明をするセラフィナ