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二十歳になりました。〜『さよ近』の行方と創作への向き合い方〜

おはようございます。益城です。

近況ノートを書くのは2ヶ月ぶり、小説の方も最後の更新から1ヶ月が経ちました。
正直こうなることは目に見えていたのですが、誕生日までに『さよならが近づく頃に』を完結させることはできませんでした。公開した分は今までのストックを分割して放出したに過ぎないため、区切り方がちぐはぐだったり考えられていない見せ方であったと思います。
11/11の宣言から書いた文字数は結局のところ1万字ほどでした。年末年始で少しエンジンをかけようとしましたが着火する前に燃料切れといった感じで。

私は本当に継続というものが苦手です。行動・言動のほぼ全てが感情によって司られているので波が非常に激しいのです。物語の展開はずっと頭に浮かんでいるのにそれを文字に出来ない、する気が起きない。といった状況が続いていました。
生活の方もあまり健全な精神状態ではいられませんでした。まずはお金の問題です。人間やはりお金が無いと正常な判断ができなくなってしまうのだなと身に染みて感じました。勿論これを書いている現在もお金には困っているため、血迷い気味の心情を纏い続けています。
さて、二十歳までに自分の中で大切な位置づけとしていた作品を書き終えることができなかった訳ですが、ここで改めて私の小説に対する向き合い方を考え直そうと思います。

1.小説に対して
私はおそらく小説に対してというよりは人々に何かを伝えることに対しての熱が大きいのだと思います。小説はあくまでそれを伝える媒体の一つと言ったイメージです。しかしそれでも小説にある程度固執している理由は、単に自分が今等身大でできる手段だと思っているからです。というのも私は時々趣味で絵を描いたり動画を作ったりするのですが、それらの媒体は自分の技量不足を痛感するとともに、それではなかなか受け手に届かないという側面があるからです。勿論文章の美しさや展開の巧妙さなど小説に求められる技術も沢山あるのだと思います。しかし絵や動画など視覚を伴う媒体を用いる場合は文章のみの小説より数段階評価の項目が多くなる。
そうすると受け手は作品の内容よりも例えば絵の上手さ、テロップの入れ方など表面的な評価を下しがちです。それが悪いとは思いませんが、私が手をつけるにはまだ早いかなと思ってしまうのです。将来的にはそうした視覚情報も上手く取り入れながら作品を作っていきたいと思っているので、今後に乞うご期待を。ということにここではしておきます。

2.さよならが近づく頃に。に対して
私の創作に対する姿勢はほとんど前述の通りなのですが、この作品についてのみ言及すればやはり特別な思いがあります。もう計画が始まってから丸5年が経ってしまった。という客観的事実がなかなか受け入れられずにいます。この作品と一緒に思春期の私は成長してきたとも言えます。だから物語の序盤に考えていることはその時の思考だし、終盤は登場人物の成長と同時に私も人間として少しは社会に適応した体で綴る訳です。こうやって言語化するとどこか感傷的な気持ちになったりしますが、それなら早く完成させろよとも思いながら、やはり駄目だと落ち着きます。ただ小説家(自称)冥利に尽きることとして、読者が待ってるという事実があります。読者と言っても一部の創作に理解のある友人や中学生時代映画撮影に巻き込んだ八人のうちの数人です。見知らぬ人に作品を届けた経験はほとんど無いので一般的な小説家にとっての読者に対する気持ちなどは理解できないかもしれません。ただ今私の中にある感情としては、とにかく今まで表面上だけだったとしても応援し続けてくれた人たちに形として届けたいということです。別に正直な話、その作品すべてを読んでくれることなど端から期待していません。読む人はきっと読んでくれるでしょうが、応援はするが読書は苦手なんだとか、今は就活で忙しいだとか、色々事情があると思うので。それでも何とか形にはしたよ、と。それだけは伝えて、あぁ何年かかったか分からないけど、一応やりきったんだなお前は。と思ってもらいたいのです。
つまるところ、待たせている人がいるのだからごちゃごちゃ言わずに早く書きなさい。

3.世間に作品を出すことに対して
継続が本当に苦手な私にとってファンを獲得することは難しいと思います。何故なら読者はそういうところも自然と評価するからです。
ただ私には今書いている途中の『さよならが近づく頃に』の他にも書きたいストーリーがいくつもあります。なので発信はきっと続けていくのだろうと思います。その過程の中で何かの作品がそれまでと違った評価を受ける、これは主に良い評価、多くの人に賞賛される評価の場合です。その時はまた色々なことを考え直す機会になるのだと思います。
将来はやはり小説でなくとも何かの作品を世に残したいと考えています。それがどのような形になるのか、いつ形が定まるのかも分かりませんが、来るべき時に備えて羽を伸ばしておこうと思います。

長くなりましたが、以上で今回の近況ノートは終わりにします。
とりあえず『さよ近』頑張るよってことです。
それ以外無いです。

                   益城奏多

1件のコメント

  • ものを伝える為の媒体として小説という存在を捉える考え方には賛成ですが、もっと力を抜いて、意味のないものを一度作ってみるのもいいと思います。そうでないと疲れますからねー。世間の潮流的にもそんな感じが否めません。書店に並べられた本たちがそれを物語っていると感じます。
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