『うっかり婚姻しちゃった吸血鬼は、何があろうと物語を求める』という作品を投稿していたんですけど、作中に出る主従コンビを気に入ってくださった方がおりまして、嬉しくなった黒本はよっし番外編書いちゃうか! と調子に乗ったんですが……ちょっと暗くなりまして。
もうちょい明るい部分の方がいいんじゃないかと思い、没にしようかと。
一応、彼にはこういう過去があったんだよ、と、供養的な感じで、近況に。
アッシュ・シラーと家族の物語。
◆◆◆
可愛い可愛い、私の娘。
花でも菓子でも望むまま、貴女は私のお姫様。
嫌でも耳に残るその言葉を、僕の為に掛けてもらったことはない。まぁ、僕、息子だからね。そんなこと言われていたら、間違えてますよ母上、とか言ってたと思うし、そうなったら平手打ちされていたかも。紛らわしいなんてさ。
「双子だからね」
「双子なのにね」
領地防衛・武力向上の為に同盟を結んでいる、四つの魔法使いの家がある。
マルカブにシェアト、アルゲニブに──アルフェラッツ。我がシラー家はアルフェラッツ家の数ある分家の一つなんだけど、ここ数十年、その立場は微妙なんじゃないかと、長じるほどに強く感じた。
まず、今は亡き祖母は外国からこの地に移り住み、身を隠しながら領地を荒らしていた野良魔法使いだったわけだけど、満身創痍でどうにか捕縛できた祖父が、祖母に一目惚れしたことが、全ての始まりだったんじゃないかな。周囲から猛烈な反対をされたみたいだけど、シラー家当主としてそれなりの発言力はあったようで、結婚を強行。一年が経つ頃には娘に恵まれる。それが僕らの母。だけど母の出産と引き換えに祖母は亡くなってしまい、愛妻家だった為に後妻を向かえることもなく、たった一人の娘を、祖父は目に入れても痛くないほどに溺愛した。母は祖母にとてもよく似ていたから。もちろん僕らにも同じ特徴が受け継がれている。
本家分家と黒髪しかいない一族の中、祖母の血を色濃く受け継ぐ僕らの髪は、全員揃って──灰色の髪。母はアンで、妹はアシュリー、兄たる僕はアッシュ。そのまま過ぎないか?
違う色と出自を持つ僕らの立場はずっと微妙。茶会なり報告会なりで本家にお呼ばれした時、使用人達はよそよそしく、本家や他の家の人達は僕らに視線を向けてくれれば良い方という態度。それでも、祖父が生きていた間はまだマシだったのだと、後に気付かされることになる。
「かくれんぼができるわね」
アシュリーはこの立場をそれなりに楽しんでいたようで、無邪気な子供の振りをして、色んな所に潜り込んでいた。最初は、そう最初の頃は見つかって注意をされていたけれど、だんだん腕を上げて、見つからなくなったんだよな。
僕は僕で、歳の近い本家のお子さんに遊んでもらっていたもんだ。
「クロ様ー」
「なん、だ?」
「お外で遊びなさいって言われない?」
「……」
本家当主の次男、クロード・アルフェラッツといえば気難しい子供、なんて言われ方をよく耳にしたものだけど、それは読書中に話し掛けられるからついキツい態度になっちゃうだけで、タイミングを見て話し掛ければ、僕と遊んでくれる優しいお兄さんだった。体力がないのにおいかけっこに付き合ってくれたり、異国の文字や言葉を地面に書いて教えてくれたり。正直おいかけっこの方が楽しいから、そっちばかりやっていたけれど。
「いま、あそん、でる」
「いつもありがとー」
長男は遊んでくれない。一足先に大人達の仲間入りをしているからいつも忙しそうで、近付いたら「ごめんよ、クロと遊んどくれ」なんて謝ってくれるいい人だ。
「……なぁ、アッシュ」
「なーに?」
「……その、シラー家の当主殿の容態、いやお加減、いや体調、で通じるのか」
「……うん」
老いた祖父は、病に伏していた。
年明け前は年齢を忘れるくらい精力的に活動していたけれど、年が明けて三日経つ頃には顔色が悪くなって、一週間後には激しい咳や嘔吐と倦怠感、一月経つ頃には自力で歩くことができなくなり、そんな会話をする頃には、眠っていることがほとんどになっていた。魔法でどれだけ治そうとしても回復することはなく、もしかしたら魔術師に呪いを掛けられたんじゃ、と言われている。そうなると魔法ではどうにもならない、お手上げだ。
『諦めないで。お父様までいなくなったら、私、どうしたら……』
シラー家当主の仕事は母が受け継いだ。一応、一人娘だからそれなりの教育は受けていたみたいだけど、積極的にではなかったし、祖父もかなり甘やかしていたから、子供から見ても母は苦労しているようだった。せめて、僕らの髪色が黒だったなら、周囲の大人達も母に協力してくれたんだろうか。
「……きっと、大丈夫だ。ご母堂を信じよう」
その言葉には頷けなかった。
クロ様は母だけが頑張っていると思っていたようだけど、母には協力者がいた。
その協力者が問題になった。
──結局、呪いは強く、祖父は死んだ。
葬送が終わる頃、僕ら親子は捕縛される。
「アン・シラー。貴様は幼子に魔法を使わせたな」
日の光も届かない地下の大広間。そこに溜まる臭いと汚れは、僕らにとっては楽しくないことをされるのだと予告していた。
「貴様は掟を知らぬのか。一族の子は、十になるまで魔法を使ってはいけぬ。なのに」
目の前には本家の当主様。周囲には一族の重鎮達。捕縛された僕らはその空間の真ん中に座らされていた。
「──お父様のことを、誰も助けてくれなかったんだから、仕方ないじゃない!」
母は泣きながら訴える。
「お父様はアルフェラッツに散々尽くしてきたのに、どうして呪いをほったらかしにしたの! どうして魔術師を探してくれなかったの! お父様はあんな目に遭わされる為に頑張ったのっ? おかしい、全部全部おかしいじゃない!」
「……確かに、彼は我々によく尽くしてくれた。だが、目に余る行動も多々あった。……年齢のこともある。それに立派な、ご立派な跡継ぎもいるのだからと、暇をくれてやったまでのこと。貴様一人が呪いと闘うだけなら、捨て置いたというに」
「私一人じゃ無理! なのに誰も助けてくれなかった!」
「誰か協力を請われたか?」
手を上げる者も声を上げる者もいない。
「嘘よ、嘘」
「子供に禁忌をはたらかせる前に、協力者を募っていればな」
「私はちゃんと、助けてって言った。言ったのに!」
「──アン・シラー」
母の名前を呼びながら、当主は僕らを見ていた。
「魔法を使ったのはどちらだ?」
母と共に祖父の呪いを解こうとしていたのは、双子の内の一人。
片方は、片方には──魔法の才能がなかった。
「紛らわしいほどに似ている。それでは区別がつかない。それを狙っているのか」
ちらりとアシュリーを見れば、場違いなくらいに余裕を感じる笑みを浮かべていた。僕の妹はいつもこう。それが逆に気持ちを落ち着かせてくれる。
「双子よ、真実を言え。言わねばシラー家は取り潰し、貴様ら三人は」
ふいに当主は指を鳴らす。──当主の背後で巨大な炎が燃え上がる。
「その身を焼いて罪を清めねばならない」
◆◆◆
この後、全ての責を負った母と死に別れ、坊っちゃんの従者として雇われることに。
アシュリー出奔前ら辺か、婚約破棄の後の二人暮らし編やりたいっす。