お題箱の配布お題「初詣」から書いたネタ。
当日、舞夜が紫苑の家に行ったら紫苑が行事のバタバタのせいで死にそうな顔で出てくるとか、舞夜が初詣で嫌な野郎にばったり会っちゃうとか考えたが長くなるから没。
(以下本文)
冬休みに入りしばらく、年の瀬迫るある日のこと。市立図書館の前でばったりと鉢合わせする紫苑と舞夜――まあ、いつものことである。しかし、今年顔を合わせるのも恐らく最後だろう、よいお年をとでも言いたいところだが。
「年末年始に帰るのが……嫌でさ……」
ベンチに座った舞夜が、沈鬱とした顔を白いマフラーにうずめながらそんなことを零した。
「……なんで? 楽しみだって前言ってなかったけ。春くらいに」
「よくそんな前のこと覚えとるね。記憶力すごいね……」
「もっと褒めてくれてもいいよ。で、どういうこと?」
普段なら二人揃ってもう少しふざけるところであるが、溜息を零す舞夜の様子に、紫苑はさっさと本題に入ることにした。
舞夜は考えを纏める、というより、言葉を選ぶようにしながら口を開く。
「その、とある親戚の人がいてですね。普段はうちのおばあちゃん家に泊まったりしないんですけどー、今年は珍しく泊まるらしくってですねー……」
「――へー。つまり、そいつと顔合わせたくないって?」
「だって、だって、……私、会いたくないんやもーん。もーめっちゃいやー」
項垂れた舞夜に、普段ならいくらか口を挟むだろう紫苑は、それすら忘れて彼女をまじまじと凝視していた。
「(……珍しい)」
他者を厭う発言も、分かりやすく拗ねた顔も、いやいやする子どもみたいな素振りも。
こんな自分の友達なんてものをするくらい大らかで物好きなこの少女が、まさかこんな発言をするなんて。
「(うわ、珍し)」
カメラでもあれば写真に収めていただろう。半ば感心するような心地で凝視する紫苑の視線にも気づかず、舞夜は長く重たい溜息を落とした。
「うー、数日間からかわれるとかホントいや。大晦日一日だけ、とかならやり過ごせるけどさー」
「そんなにうるさいの、そいつ」
「やかましいしなにが嫌って、私が嫌なことされて、やめてって言って距離をとると、そいつがなんか傷つきました寂しいーって感じにしてきて、他の人たちが『許したれよー』とか言ってくるのが嫌! なんでや! からかってイライラさせてくるのはあっち! 嫌がらせされとんのは私! 被害者! 私はいっつも何回も嫌って言っとんのにー」
血縁関係者同士の、遠慮に欠けた、直截的なやり取りに辟易としているらしい。
年長者たちの、角が立たないようにしようとする言い分も分かるが、それでも納得しかねるものがある。子どもだからといって、公平さへの配慮を欠いてよいはずがない、というのが舞夜の言い分である。
「まあ、お兄ちゃんよりマシやけどね……。長男やからか、言い易いからかは分からんけど、私より色々言われとるし……」
「ふーん、クソみたいだね!」
「……シオンくん家もこんな感じ?」
「違うけど。親戚との顔合わせに反吐が出るって気持ちはよく分かるよ」
舞夜は何か言いたげな、複雑な表情を浮かべた。
彼女は軽い話題ならいくらでも喋るが、彼女なりに線引きして判断したところにはずかずかと踏み込んでこない。鈍いが誠実だし慎重だ。面倒臭くなくていい。
「正月には用事があって顔出せないって言えば?」
「そんなんないよー。友達はみんな忙しいし、お店も休みやしー……」
確かに義務のような里帰りもあるなか、わざわざ正月から遊びに出かけようとする子どももいないだろう。予め計画を立てているならともかく。
「(嘘を吐くという発想がないのか……)……ねえ」
「なにー」
「正月に暇な人間とどこかに出かけたらいいんじゃないの」
「だから急に誰かに言っても、」
「わざと? 僕と出かけようって言ってんの」
「えっ、どこに?」
「……じゃあ初詣。これなら別に不自然でもなんでもないだろ。今から正月に出かける約束をしたっておかしくない。……まあ、親から多少文句は言われるかもしれないけど」
それくらいは我慢してよ。
静かに落とされたつぶやきに、舞夜もやっといつもの軽口ではないと気付いたらしい。おずおずと紫苑の顔を窺う。
「いいの?」
「僕が嫌なら申し出ないよ。……君が嫌ならいいけど」
一瞬きょとんとした舞夜の顔が、すぐさまぱあっと輝いた。
「やったー! ありがとー、シオンくんっ。ほんまにいいの?」
「だから嫌ならこんなこと言わないって。僕も家から抜け出せるし、ちょうどいい」
「わーい」
先ほどまでの暗い雰囲気はどこにいったのか、舞夜は心底嬉しそうににこにこ笑った。
――まあ色々あるが、彼女は彼にとって唯一の友人だ。これくらいの手助けならしてやらないこともない。
上機嫌な舞夜に、紫苑もかすかに口元を綻ばせた。
「シオンくんのこと考えて大晦日はやり過ごすぞー。オー」
「……がんばってね(こいつ凄いこと言うな……)」