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忌み子転生 第3話 赤子、地獄に帰る方法を模索する

 色々と考え抜いた末に、ボクはある画期的な手段を思い付いた。
 それは地獄に帰るために、人を頼るという手段だ。
 ボクが地獄に帰るためには、不死を克服しなければならない。しかし、現状、その手段が思い付かない。だからその方法を他人に考えてもらう。
 それが一番の解決方法だと感じた。
 ボクの体には既に地獄に帰るための術式を刻み込んであるので、後は不死を克服するだけで簡単に地獄に帰ることができる。ボクに不死性を付与した閻魔大王も正規の手段で帰ったボクを無下にはできないはずだ。
 問題はどうやって地獄に帰るか……
 閻魔大王に強制的に付与された不死性。
 今のボクには、これをどう無効化すればいいのか皆目見当も付かない。だが、多種多様な人間の叡智を借りれば、きっと無効化することができるはずだ。
 そうと決まれば話は早い。
 ザバァと音を立て、湯を張った桶から出ると、火の原初精霊、ファイア・オブ・プロメテウスに熱風という名のドライヤーをかけてもらい髪と体を乾かしていく。
 おっと熱い。
 産毛しか生えていない赤子の体に、ファイア・オブ・プロメテウスの温風は熱かったようだ。
 しかし、体に付与された不死性が焼き爛れた箇所を勝手に再生させていく。

「…………」

 閻魔大王の付与した不死性が恨めしい。
 まったく……閻魔大王め、不死性を付与されるほど、ボクが一体なにをしたと言うのだ。
 ボクはただ、地獄の獄卒鬼と遊んでいただけだというのに……
 故郷に帰ったらまず初めに、獄卒鬼たちを集めてパーティーを開こう。きっと、皆、歓喜の声を上げてくれるはずだ。
 そうとなれば、行動あるのみ。
 まずは、ボクの世話を献身的にしてくれるパトロンを募ろう。
 この世の赤子は、定期的な睡眠と食事、排泄行為をしないと生きていくことができない。死ねないのに、ひもじく苦しい思いをするのは、飢餓地獄を思い出して、少し懐かしい気がしないでもないが、あいにく、そんな特殊性癖は持ち合わせていない。
 エチケットも重要だ。
 地獄で許されていた裸での生活もこの世では駄目らしい。
 兵士に通報され捕らえられる。閻魔大王の手伝いをしていた時見た叡智の書にはそう書いてあった。

「ファイア・オブ・プロメテウス。ボクのことを育ててくれるであろう人間の下に案内してくれ。できれば、生後零ヶ月の赤子の世話に精通している人間がいい」

 欲を言えば、ボクが欲しがるだけの栄養と全身の保湿、濡れたオムツの変えを献身的に行ってくれる者の下がありがたい。
 流石のボクも睡眠には敵わないからな。
 赤子の体も代謝が良過ぎてすぐに汚れてしまう。
 その代り、その人間の望みを可能な限り叶えよう。
 ふふふっ、なんでもいいぞ?
 なんなら、ボクの故郷である地獄に送ってやっても構わない。嫉妬はするけどな。

 ――ん?

 そうか、その手段もあるな。
 殺した相手を地獄に送り、閻魔大王に直接、(あいつをなんとかしてください、と)陳情を上げさせボクの不死性を無くさせる。
 これって、皆、ハッピーになれる手段なのではないだろうか?
 皆も地獄に行けてハッピー、ボクも不死性が無くなり地獄に帰れてハッピーだ。
 凄いことに気付いてしまった。
 そうだ。そうしよう。
 人間共を地獄送りにして、閻魔大王に陳情を訴えさせる。
 それが、地獄に帰るための一番早い手段のような気がする。
 それなら、今すぐ、この地に住む者すべてに地獄直行の術式を刻み地獄に送ってやろう。地獄に行くことができるならと、皆に感謝される(だろう)し、生という名の牢獄から解き放って上げることもできる。
 それに、千年などとケチケチしたことを言わず、数万年単位で地獄に送り出すことも可能だ。
 ちなみに、今のボクの体には、億万年地獄の刑期を過ごすよう術式を組んである。刻まれた刑期の短縮は閻魔大王にも行えない。
 現にボクは、千年の刑期が過ぎるまで、地獄から追放されるようなことはなかった。
 そんなことを考えていると、ファイア・オブ・プロメテウスが首を横に振る。
 どうやら思念が念話でダダ漏れだったようだ。
 落ち着いて下さいと冷静に窘められた。
 解せない。ボクはただ、この世界に住む皆を地獄という名の極楽浄土に導こうとしただけなのに……
 とはいえ、ファイア・オブ・プロメテウスがそう言うなら止めておこう。
 ファイア・オブ・プロメテウスとは長い付き合いになる。閻魔大王が陳情を聞き入れない可能性もあるし、ある程度の譲歩は必要だ。
 
「ファイア・オブ・プロメテウス。それでは行こうか……ボクを必要とする人間の下へ」

 そう告げると、ファイア・オブ・プロメテウスは、ボクにタオルを羽織らせる。
 そして、条件の合う人間を探し求め、町へと降り立った。

「ここか……」

 ファイア・オブ・プロメテウスに連れて来られた場所は、廃墟のような店だった。
 窓ガラスは割れ、店内はまるで暴徒が入ったかのように滅茶苦茶の泥まみれだ。
 死んだ馬が店の中に鎮座し、土砂を積載していたであろう荷馬車がバラバラに砕け散っている。

「――だ、誰か……助け……て」

 相当殴られたのだろう。顔に青あざ、口元に裂傷のある男がボクにそう尋ねてくる。
 その目を見れば、朧気な目でボクを見ているのが簡単に見て取れた。いや、気配で察しただけか。この様子だと、碌に目も見えていまい。
 両足で立つ生後間もない赤子に助けを求める時点でお察しだ。普通、そんな反応にはならない。

「――ボクの名は、ステラ。ボクを育てろ。さすれば、お前の望みを叶えてやる」

 閻魔大王によって強制的に付された『念話』。
 その効果により、ボクの頭の中には絶え間なく他人の思考が流れ込んでくる。
 だからこそ、ボクは簡潔に、この男の望むことを口にした。
 ボクが問い質したのは、自分の意思で、それを口に出させるため……
 男の思念を聞けばよく解る。
 賊が押し入り、店を破壊された挙句、妻と娘を攫われた。
 今、頭にあるのは店を破壊され妻と娘を攫われた絶望感。

「……お願いします。妻と娘を助け――」

 血を流し過ぎたのだろう。男はボクにそう願うと、そのまま、地に伏し、気絶してしまった。ボクは男が口にした願いを聞き、口を歪ませる。
 早速、出た。ボクの不死性を無くさせるための陳情を閻魔大王の下に届けてくれる配達人がっ!
 ウキウキでワクワクだ。
 この陳情が閻魔大王の耳に入れば、早速、不死性を無効化してくれるかもしれない。

「――その願い。聞き届けた」

 絶え間なく流れてくる念話により、この男の店を襲い妻と娘を攫った賊の居場所はわかっている。
 男の側に寄り回復の呪印を刻むと、ボクは笑みを浮かべた。

「ファイア・オブ・プロメテウス。ボクを賊の元に……」

 ファイア・オブ・プロメテウスは頷き、肯定の意を示すと、ボクを、賊の元に連れて行く。

 さあ、始めよう。蹂躙を……
 この世界に来て初めてのお使いを……
 地獄に落ちたら、まず真っ先に閻魔大王に陳情してくれ。
 あの赤子の不死性を無くし、今すぐ地獄に落としてくださいってな。

 ――ボウッ(人間が焼失する音)

 一瞬にして地獄直行の術式を刻み付け、狼煙代わりにファイア・オブ・プロメテウスの炎で賊の一人を焼失させてやると、賊の視線がこちらに向く。
 ひい、ふう、みい……ふふっ、陳情配達人がこんなにも……
 ボクは賊を見下ろしながら呟く。

「まずは一人……次は誰にしようかなぁ?」

 ◇◆◇

 私たちは今、絶望的な状況に立たされていた。

「おらっ、さっさと歩けよっ!」
「トロトロすんな!」

 声を荒げ、首輪の綱を引っ張るのは、店を襲撃し破壊した賊。

「ぐうっ……」

 苦しい。
 首輪に繋がれた綱を引かれる度に、私と母が呻き声を上げる。
 父は賊から暴行を受け、動ける状態にない。当然、道行く人も巻き込まれては堪らないと私たちを避けて行く。

 何故……何故、私たちがこんな目に遭わなければならないのだろうか。
 私たちはただ、この町で普通の暮らしをしていただけなのに……。
 生きるために物を売り、この町の商人として働いていた。ただそれだけだ。

「――ここまでくればいいだろう。お楽しみタイムだ」

 賊の一人が私の肩を抱き服に手をかけた。

「な、なにをっ――!?」
「野暮なことを言わせるなよ。わかるだろ?」

 男は私の服を破ろうと力を込める。

「い、嫌っ――」

 その瞬間、男が発火し、消し炭に変わる。

「――っ!?」

 意味がわからず声を上げようとすると、上から声が聞こえてきた。

「まずは一人……次は誰にしようかなぁ?」

 賊たちも空に向かって顔を上げる。
 そこには、タオルを羽織った赤子と、赤子を抱きかかえる赤く半透明な異形の姿があった。

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