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新作:クズしかいない異世界で①

クズしかいない異世界で知識を残したまま転生した(主人公名)。
思えば、元いた世界、地球でも不遇の人生を送っていた。
母はギャンブル狂のシングルマザー。子供の頃は、『パチンコに行ってくるから大人しくしておいて』と、夏の気温の中、車に閉じ込められ、灼熱地獄を味わい脱水症状で死にかけたことも度々あった。
その度に、母は大人に怒られるも、その怒りはすべて俺に向かっていく。
ご飯は偶にしか与えられず、その辺りに生えている草を食べ飢えを凌ぐ毎日。
今、思えば、警察に駆け込んだり、親がいない間に近隣の人に助けを求めればよかったと思うが、子供の頃、見ていた世界は親が見せてくれていた世界だけ……。
そんな世界では、誰かに助けを求めようという思考すら育たない。

耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて、いつの日か、今の生活が一変する日を望むことだけで精一杯……。

そんな生活の中、『これで宝くじでも買ってきな』と母が気まぐれでくれたお小遣い。近所の人が子供に宝くじを買いに行かせて高額当選したとの噂を鵜呑みにして買いに行かされた宝くじ。
そこでボクは、一等を当ててしまう。

「よくやったわ。(主人公名)! これはあなたの為に私が預かって上げるからね!」

ボクが当てた当選金は七億円。
宝くじを当ててからというものの、ボクの世界は一変し、その当選金を使い、母はボクを大学まで育ててくれた。
偶に、知らない人が母と一緒に家にいたが、母曰く新しい父親とのこと。
父のいなかったボクは、新しい父に馴染むことができず、高校を卒業した瞬間、ボクのことを追い出すかの様に、一人暮らしを強いられる。
しかし、ボクとしてはその方が気楽だった。

数年ごとに入れ替わる新しい若い父親。
荒々しい口ぶりに暴力を振るわれては馴染める筈もない。

大学を卒業したボクが社会人となり、二年が経った頃……。

「ふわぁ……。明日も早いし、さっさと飯食って寝ないと……」

会社帰りコンビニでお弁当を購入し、住んでいるマンションに戻る。
マンションのエントランスホールに着くと、そこには見知った顔の女性が立っていた。

「(主人公名)……」
「えっ? 母さん?」

久しぶりに見る母さんはやせ細り、顔の肉が削げてしまったんじゃないかと思う程、ゲッソリしていた。

「(主人公名)……(主人公名)……」
「か、母さん。久しぶりだね……。ど、どうしたの? なんでここに……」

母さんの顔が尋常じゃない。

「『なんでここに』じゃないでしょ? 決まっているじゃない。親としてあなたの生活を見に来たのよ」
「せ、生活を?」

今まで、それこそ、高校を卒業し、これまでまったくボクと会おうとしなかった母さんが?

「そうよ~。あなた良いマンションに住んでるわねぇ……。そうだ! これから海でも見に行かない? お酒でも飲んでさ。気持ちがいいわよぉ~。海でお酒を呑むの……。久しぶりに親子水入らずの団欒を楽しみましょう?」
「いや、いいよ……。ボク、明日会社だし……」

――ドンッ!

そう言って、後退ると背後から車のドアを開けたような音がした。

「……あらそう。残念だわぁ」
「なっ!?」

そう声が聞こえた頃には、ボクは男達に羽交い絞めにされ身動きを封じられてしまう。

「むーっ! むーっ!」

猿轡をされながら、声で抵抗するも男は手慣れた様に、近くに止めてある車に、俺を乗せ走り出す。

「おーおー、喋るなや。うるせぇからよぉ」

意味がわからない。
なんで、ボクがこんな目に……。

そんなことを考えていると、それを見透かしたようにスキンヘッドの男が薄ら笑いを浮かべながら声をかけてくる。

「なんで俺がこんな目に……。そんな顔をしているなぁ……。簡単なことだよ。お前の母親がホストに入れ揚げてとんでもないツケを貯めた。数年前はかなりの金を持っていたらしいが、ホストに入れ揚げてその金もパーだ。お前にはよぉ。その命を持って、そのツケを払って貰いてぇんだわ。わかる?」

いや、わかるか!
それは母さんが勝手にこさえた借金だろ!
ボクには関係ない!

そんな俺の考えを読んだかの様にスキンヘッドの男は呟く。

「しかし、残念ながら関係あるんだなぁ、これが……。お前はよぉ。あの女がかけた生命保険。二千万円がある。まあ、女の返済にはちと足りないがしょうがない」

そう言うと、スキンヘッドの男は、車の中にある釣竿とバケツに俺の手を押し当てる。

「……まあ、こんなもんだろ。指紋もバッチリだ。この辺りは監視カメラもなにもないからなぁ。周辺に誰もいないことを確認しろ! コイツには転落事故で死んでもらう」

そう言われた瞬間、ボクは頭の中が真っ白になった。

「むーっ! むーっ!!」

声を出そうとするが、猿轡のせいでまったく声が出ない。
そうしている間にも、車から引き摺り出され、消波ブロック近くに連れて行かれる。

「さあ、お別れだ。最後に言い残すことはないか?」

猿轡を外された瞬間、ボクは『誰か助けて』と大声を上げようとする。
その瞬間、スキンヘッドの男は俺の喉を拳で突いた。

「あがっ!?」

あまりの衝撃に喉が熱を持つ。声も録に出すことができない。

「うっ! があっ!?」

苦しみのた打ち回っていると、スキンヘッドの男が俺の頭を掴み優しく語りかけてくる。

「あーあ。残念だったなぁ。あんな女の元に生まれて来なけりゃ、良い人生送れたかもしれねーのに……。ああ、これから死ぬことになるだろうが怨むなよ。俺も被害者さ。悪いのはぜーんぶあのクソ女だ」

『あっ……』

その瞬間、俺の体は海に向かって落とされる。

――ザブーンッ!

幸いなことにボクの手足は解き放たれている。
しかし、明かり一つない夜の海の中では、どこに向かって浮上すればいいのかまったくわからなかった。

『ごぼっ!?』

泳げない。こ、呼吸も……。
誰か助けて……。
段々と意識が遠のいていく……。

『もう駄目かも知れないな……』

まさか、こんな所で人生を終えることになるなんて……。

体が完全に動かなくなり、意識が途切れた瞬間、光がボクを包み込む。

「う、うん?」

気付けばボクは、海の中ではなく、薄暗い洞窟の中で横たわっていた。

◇◆◇

「えっと……。ボクは……」

確か、保険金目当てのスキンヘッドに海に落され殺されたはず……。

「どうなっているんだ……? うっ!?」

理解が追い付かず、そう呟くと共に激しい痛みが体中を駆け巡る。

「……い、一体なにが……!!」

まるで拒絶反応でも起こったかの様な痛み。
頭が痛い。体が熱い。お腹が痛い。体中から汗が滲み出てくる。

≪固体名(主人公名)との異常同期を確認。解析中……解析中……解析成功≫

この頭から響いてくる声は一体なんなんだ……。

≪この世界の規定により固体名(主人公名)に二つのスキルを付与します≫

スキル? 一体なんのこと?

≪固体名(主人公名)にスキル名『言語理解』を付与しました≫
≪固体名(主人公名)にスキル名『健康体』を付与しました。これにより異常同期を解消します≫

その瞬間、急に体の痛みが和らいだ。
同時に様々な知識が頭の中に流れ込んでくる。

「そっか……」

頭の中に流れ込んできた知識。
これは、この体の元所有者の知識のようだ。
この体の元所有者の名前は、アクア……。アクア・マリン。
女の子のような名前だが、十二歳の男の子だ。

そしてここは、ダンジョンの中。
アクアには、物を自在に出し入れすることのできる『ストレージ』というスキルを持っており、ポーターとして冒険者に雇われていたらしい。

そして、姿を保ったまま器用に死んで動かなくなっているのはオールスライム。
元いた世界の創作作品やRPGゲームでは雑魚モンスター扱いされているが、この世界では違うらしい。
ボスモンスタークラスの最強モンスターの一角だ。

その強さは一騎当千。
ダンジョンに棲息しているオールスライムを見つけたら、なにを犠牲にしてでも逃げて情報を冒険者ギルドに報告しろと言われるほどの凶悪なモンスター。

そんなオールスライムがなぜ、アクアの目の前で死んでいるのかといえば、アクアのもう一つのスキル『倍返し』が発動したからだ。
この倍返しのスキルは、自分がやられて嫌なこと。又は受けたダメージを倍にして返すもの。
瀕死の重傷を受けたアクアが、最後にそのダメージを『倍返し』したことで、オールスライムを倒すに至ったのだろう。その辺りの記憶は、当のアクアが気を失っていたためか、うろ覚えだ。
覚えていることといえば、そんなアクアを捨て駒にして逃げた冒険者達の面々。

確かに、オールスライムと対峙した場合、なにを犠牲にしてでも逃げて情報を冒険者ギルドに報告しろと言われているが、それはあくまでも冒険者に限ってのこと。
そもそも、ポーターは使い勝手のいい捨て駒でも肉壁でもない。
冒険者に守られることを前提に荷物を運ぶお手伝いさんだ。

アクアをポーターとして雇った冒険者はそれを破り、あまつさえ、自分達が逃げるための捨て駒にした。これは許されることではない。

どいつもこいつも……。どこの世界にも、そんなクズ共はいくらでも存在する。

「さて、これからどうしようかな……」

アクアは瀕死の重傷を受けたことで亡くなってしまった。
あの拒絶反応は、アクアの魂の抜けた体に別の魂。つまり、(主人公名)の魂が強制的に定着しようとしたことによるもの。とはいえ、アクアの受けた傷は、スキル『健康体』のお陰で完治している。

とりあえず、死んだオールスライムを一瞥するとアクアは辺りを見渡した。

まずは状況を整理しよう。
一人称は面倒臭いのでアクアに統一するとして、今、アクアが保有しているスキルは『ストレージ』『倍返し』『健康体』『言語理解』の四つ。
幸いなことに、スキル『健康体』と『倍返し』があれば、どんなモンスターが現れようと、そう死にはしない。とはいえ、ダンジョンから脱出するまでの間、スキルを使い続けることができるかといわれれば微妙な所だ。

この世界には、ステータスが存在する。
ステータスは、冒険者ギルドに設置されているステータスボードに手を当てることで確認することができ、一般的には、年齢が上がるごとに1ポイントづつステータスが上昇し、モンスターの肉を食べることで一食当たり0.05ポイントステータスが上昇すると言われている。
一日三食一年間休まず食べ続け続けることでようやくステータスを55ポイント上げることができる訳だ。
なお、アクアはモンスターの肉をこれまでほとんど食べてこなかったため、まったくステータスが上がっていない。

しかし、手っ取り早くステータスを上げる手段も当然、存在する。

そう。それはモンスターの魔石を体内に取り込むこと。
魔石とは、モンスターの体内で精製される結晶体にして魔力を宿した石。
これを体内に取り込むことで、モンスターの肉より遥かに効率よくステータスを上昇させることができる。
しかし、魔石を直接体内に取り込み生きていられるのは、摂取したことのある人間の十パーセントに満たない。魔石には毒があり、しかもとんでもなく不味いらしい。
しかし、アクアには、生き残る自信があった。

「よし……」

深く呼吸し、死んだオールスライムの前に立つと『ストレージ』に入れていたナイフで、核である魔石に纏わりつく体液を少しずつ剥いでいく。そして、核を丁寧に破ると内部から直径三センチメートルほどの魔石が現れた。

「これがオールスライムの魔石……」

ドクンドクンと脈打ち点滅を繰り返す魔石はまだ生きているかのようだった。
オールスライムの魔石を手に取り口に運ぶと、アクアは迷いなくそれを飲み込む。

「うっ! ぐうぇぇぇぇっ!?」

魔石が舌に触れた瞬間、とんでもない苦味と痺れが舌を襲い、喉に激痛が走り抜ける。

後味は最悪だ。
身体が拒絶反応を起こしたかのように反応し、吐き出せと言わんばかりに嗚咽を漏らす。
まるで熱した鉄球でも飲み込んでしまったとばかりの熱量に苦しみ、のたうち回り、殺してくれと言わんばかりに爪で喉を掻きむしる。

どれだけ時間が経過しただろうか。

「ひゅーひゅーひゅーひゅー……」

転げ回りボロボロになった服。全身から汗を流し、過呼吸を繰り返す。
すると、心臓から全身に向けて温かいなにがが駆け巡る。

こ、これが魔石を食べると言うこと……。

まさに命懸け。『健康体』のスキルがなかったら、間違いなく死んでいただろう。
正直、死んだ方がマシと思えてしまうほどの死痛だった。

しかし、思惑通り、生き残ることには成功した。

そのことにアクアは思わず、拳を握り締める。。

これは体と魂の拒絶反応を乗り越え、脅威の回復力を持つ『健康体』があったからこそ至ることのできた結果だ。

しかし、これで生存率は高まったはず……。

腕で汗を拭い、両手で前髪をかき上げるとアクアは両手で両頬を打ち気合をいれる。

まだ助かった訳じゃない。気を引き締めないと……。

すると、手の甲に熱を感じた。
手の甲に視線を向けると、徐々に紋章が浮かび上がってくる。

「こ、これは……」

手の甲に浮いてきたのは、オールスライムを冠した水の紋章。

聞いたことがある。
魔石を食べ生き残った者の中に、紋章のようなものが体のどこかに浮かび上がる者がいると……。

その誰もが超常的な力を持ち、ドラゴンの魔石を食べた者は、ドラゴンの圧倒的な膂力を手に入れ、リッチの魔石を食べた者は、永遠の不死性を手に入れたとされている。

それでは、オールスライムの特性とはなんだろうか?
体がスライム化する?
それとも、別のなにかが?
残念ながら答えは見つからない。
今はそんな場合でもない。

「紋章については後で調べることにしよう。まずはここから脱出しないと……」

アクアは懸命に頭を働かせる。

確か、ここはダンジョンの三階層目。
道なりにまっすぐ行けば、二階層に上がるための階段があったはずだ。
そうと決まれば話は早い。

アクアは物陰に隠れながら、階段に向かってゆっくり進んでいく。
先ほど、かなりの大声を上げてしまった。
その声を聞いて、もしかしたらモンスターがこっちに向かってきているかもしれない。

唯一の武器であるナイフを握り締めゆっくり進んでいくと、ヒタヒタとなにかがこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
靴の音じゃない。間違いなくモンスターの足音。
ナイフを身構えると、岩陰からモンスターの姿を確認する。

「っ!?」

こちらに向かって歩いてくるモンスターの名前は、オーク。
二足歩行で歩く豚。しかしながら、その膂力は計り知れない。
しかも、右手には棍棒を持っている。

オークが相手か……。まずいな。
幸い岩陰に隠れていることに気付かれていないようだが、最悪の状況であることに変わりはない。
見つかるのは、もはや時間の問題だ。
こうなれば、やるしかないか……。

魔石を食べたことにより、ステータスは向上しているはず。
最悪、『健康体』と『倍返し』の効果で倒し切れる……はずだ。

「よし……いくぞっ!」

覚悟を決めナイフを両手で握ると、オークが岩陰を横切ると同時にアクアは岩陰から飛び出した。

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