こんにちは。まだ一人しか読んでいない小説の解説をするのもどうかと思いましたが、今しか書く気が起きないと思うので今書きます。
『友達の願い事』について。
まずこの話は友達の手紙から始まりますが、その後に主人公の話を聞いてみると、友達の話と食い違いが起こると思います。
これについて少し話しておくと、正しいのは主人公の方です。友達の方が歪んだ見方をしているので、そこはご了承ください。
友達の話の中では主人公に責められるという描写がありますが、実際に友達を責めていたのは友達の家族や周囲にいた人間が主であり、主人公は責めていません。ただ側にいました。
ですが友達は幼少期から両親などから否定され続けた結果、無意識に主人公からも否定されているような気になっています。
このことについて、友達自身もある程度気づいてはおり、そういう描写が実はあるので良ければ見てみてください。
一応主人公視点の話の中でこれらのことを示唆する描写は書きましたが、ちょっとわかりにくいかもなと思ったのでここに書きます。
また、この話で主人公は友達に大して否定的なことを言いませんが、だからといってこれが友達を全肯定するために書いたというわけではないことはご了承ください。
主人公なりに友達の歪みは理解していて、でも主人公はそういう歪みを美しいと感じているので、友達の歪みも含めて肯定しているというだけです。
単に友達が全部正しいというわけではないです。友達は友達で歪んでいるし、主人公や周りの社会もある種歪んでいます。
ただ、主人公に言わせるのであれば、友達の認知の歪みなどは周りから歪められたことによるもので、根っこの部分の歪みはそもそも歪みではないし、友達は元は真っ直ぐ綺麗な存在です。
根っこの部分が歪んで見えるならそれは単に自分が歪んでいるだけの話で、友達は歪んでいない、と主人公は思っています。それが正しい判断かどうかは私からは特に決めません。
以上、一旦の解説です。もし更に何か話したければ追記します。
*追記*
もしあのとき主人公が友達に話しかけていれば、友達は多分何もかもありのままを主人公にさらけ出したと思います。そのときにはもう手紙を書いていて、何もかも投げだそうとしていたので。
もちろん友達は主人公が自分を受け入れないと思っているので、これから死ぬ自分に大して、主人公が少しでも未練をなくせるようにという気持ちから言います。
ですが主人公は受け入れるので、友達は死ぬことを考え直します。ちなみに主人公が受け入れる理由については、薄ら読者の皆さんが分かっているかも知れませんが、主人公が友達を愛しているからです。
友達の何もかもを主人公は受け止める気でいますし、多分苦労せず受け入れられます。むしろ愛すでしょう。
もしそうなっていれば、友達は生きていたと思います。友達は歪みを取り払った本当の瞳で主人公を見つめることになりますし、そうなれば友達も主人公を好きだと言っていたと思います。嫌い、ではなくて。
そして、友達が主人公を好きになれば、主人公は友達と結ばれます。
その後二人が幸せになるかまではここでは言及しませんが、そういう未来はあったかもしれないということだけ伝えておきます。