●時間軸→54話あたり
「お父さん!あのね、こんど授業参観があって」
「あぁ、その日は会議があるから塩根に行かせる」
「お父さん!運動会は来てくれる?」
「無理だ。支援者と会う予定がある」
「お父さん!あのね、運動会のリレーで私…」
「今忙しいんだ。くだらない話は後にしてくれ」
「お父さん、今日……」
「桃子、前も言ったが話したい事があるなら塩根に言え」
いつもそうだった。
戎谷桃子(えびすやとうこ)の父はいつも桃子を見ていない。
「……ごめんなさい」
何度話しかけても“忙しい”“後にしてくれ”と言われまともに話を聞いてくれず、学校のイベントは全て家政婦の塩根に任せている。
長期休みになったって、どこにも連れて行ってくれない。
「今日……わたしの誕生日だったのになぁ」
誕生プレゼントは貰っているが、それは父が選んだものではなくて部下に買ってこさせたもの。ここ数年、おめでとうと直接言われていない。
戎谷家は曽祖父、祖父、父と三代続く政治家一族だ。歳の離れた兄も大学卒業後すぐに父の元で働き出した。
母は桃子が幼い頃に病気で亡くなり、桃子の面倒は家政婦の塩根が見ていた。
父が忙しいのはまだ12才の桃子にもわかっている。
父のおかげで豪華な家に住め、不自由の無い暮らしができていることもわかっている。
それでも桃子は少しでも良いから父に自分を見てもらいたかった。
母が生きていた頃は、まだこうではなかった。
朧げな記憶だが、水族館や動物園、遊園地に連れて行って貰ったことがあるし、話しかけたら桃子を抱き上げて目線を合わせて幼稚園の出来事の話を聞いてくれた。
けれども母が亡くなってからは父は仕事にのめり込んだ。それからずっと桃子は父とまともに会話をしていない。
幸せだった頃の記憶があるから、今の状況がいっそう辛かった。
父に振り向いてもらうために桃子は頑張った。
本をたくさん読んで、迷惑をかけないように問題を起こさず、大人しく真面目に授業を受けて、テストの点は毎回良い点を取った。運動会のリレーでは2人抜かしてクラスを1位に導き、ピアノのコンテストでは最優秀賞を取った。
それでも父は桃子のことを見ない。
頑張っても頑張っても全部無駄だった。
いっそ問題を起こした方が父は気にかけてくれるのだろうかと思ったことは何度でもある。
だけど、問題を起こして見捨てられるのが怖かった桃子は行動に移せなかった。
小学6年生の7月1日。
学校の授業中、桃子の脳内に突然声が響く。
『抽選により、ダンジョンマスターに選ばれました。2ヶ月後、人類の侵攻が始まります。攻略されないよう備えてください』
第二陣の抽選でダンジョンマスターに選ばれたのだ。
桃子はダンジョンマスターのことはよく知らない。
この間ニュースで散々やっていたのを見ていたが、自分と関わりのあることだと思っていなかったから聞き流していた。
ただ、ダンジョンを作った元凶であまり良くない存在であるとだけ認識している。
こんなのになったらお父さんになんて言われるか……と考えて、ふと思い出した。
最近より一層父が忙しくなった原因はダンジョンができたからじゃなかっただろうか。
つまり、ダンジョンを作るダンジョンマスターになったら父に見てもらえるんじゃないだろうか。
良くないことだと思っていても、気づけば桃子は<はい>を押していた。
もう戻れない。
桃子はダンジョンマスターになった。
身体の作りを変えられて、サポートAIというものを選べと言われている。
詳しく説明を読んでから決めたかったため、ここでは選ばず、家に帰ってから改めて決めた。
初心者向きであるというイプシロンタイプだ。
ダンジョンの場所はもう決めてある。
父の職場である国会議事堂前。ここにダンジョンを作れば無視できないだろうと考えた。
第一陣の時と違って、今回はダンジョン作成の猶予は2ヶ月もある。
しかし桃子はAIの助言に従いながら、3階層目までを2日で作り上げた。
「ねぇ、お父さん」
「なんだ。大した要件じゃないなら後にしてくれ」
「あのね、わたし、ダンジョンマスターになったよ」
「急に何を言っているんだ」
「声が聞こえてきて、選ばれたの」
「言っていいことと悪いこともわからないのか。面白くない冗談はやめてくれ」
「ダンジョンは9月1日に出現するんだって。わたしね、場所は国会議事堂のところにしたんだ」
「桃子、いい加減にしろ。くだらない嘘に付き合ってる暇はないんだ」
「嘘じゃないよ」
「桃子!」
「娘の言うことが信じられないんだ。……それとも、わたしはもうお父さんの娘じゃないのかな」
「違う、お前は俺の娘だ。だがそれとこれは話が別だ」
「そうかな。だって、わたしはもう人間じゃない。ダンジョンマスターになったんだよ。お父さんと同じ血が今も流れてるとは言えないんだよ。それでも娘だって言える?……ううん。そもそも、わたしって最初からお父さんの娘だったのかな。人間だった頃はこうして話なんて聞いてくれなかった。今は、わたしがダンジョンマスターになったって言ったから話を聞く気になったんでしょう?」
父は、戎谷耕一(えびすやこういち)は言葉が出なかった。
ダンジョンマスターがどうこうと言うよりは、己の娘にこう思われていたことが衝撃的だったからだ。
家庭を蔑ろにしていた自覚はある。
妻である祥子が亡くなってから、妻の面影がある娘とどう接して良いのかわからなくなった。
だから仕事に逃げた。
落ち着くまではと娘を避けて、家政婦が代わりに居るから、衣食住の面倒はみてるから、娘はしっかりしているからと心の中で言い訳をし続けて、気づけば何年も経っていた。
数年ぶりに娘の顔をしっかりと見る。
成長して、やはり妻の面影はあった。けれど、その顔はどこか不安げで、まだまだ幼い。
「……すまなかった」
娘はしっかりしている。ダンジョンマスターがどういう存在なのかは理解していただろう。
なのに、ダンジョンマスターになることを選んだ。
全ては耕一の弱さが原因だ。問題から目を背け、見て見ぬふりをしてきたからこうなった。
「すまなかった、桃子。俺が悪いんだ。俺がもっとお前と向き合っていれば……」
「そう……かな」
「ダンジョンマスターになろうと、桃子は俺の娘だ。断言する。だが、ダンジョンマスターが世間からどう思われているかはわかっているだろう?」
「うん」
「俺がなんとかする。俺以外に、たとえ塩根が相手でも、自分がダンジョンマスターだと言うんじゃないぞ」
「わ、わかった」
「今日は……一緒に夕食を食べようか」
「いいの?」
「もちろんだ。俺が今まで聞けなかったことを話してくれ」
「うん!」
耕一はダンジョン消滅派の派閥に所属している。
だがそうも言っていられなくなった。
ダンジョンを消滅させるということは、娘を殺すということだからだ。
それは絶対できない。
(確か保存派の奴らがダンジョンに関する法案を通そうとしていた筈だ)
その法案が通れば、ダンジョンマスターにも最低限の人権が確保できる。消滅派にとっては防ぎたい法案だったが、耕一にとっては必要なものに変わった。
例え元の派閥を裏切り今後の政治生命が短くなろうとも、『特殊建造物の管理人への対処に関する法律案』は可決させなければならない。
それが娘のために耕一が今出来ることだった。