その瞬間、空気が変わった。重く、冷たく、まるで全ての命が一瞬で凍りついたかのような圧倒的な威圧感が広がる。
「【合掌】」
突然、誰かの声が全員の脳内に響き渡る。声の主がどこにいるのか、誰なのかすらも分からないが、その一言だけで周囲にいる全員が跪き、無意識のうちに手を合わせる。その場にいた者たちは、恐怖や疑問を抱く暇さえなかった。ただ、体が勝手に動く。まるでその存在の前では、思考や意思すら許されないかのように。
目の前に現れたのは、見る者の存在そのものを圧倒する姿。視線を交わすだけで自らの命が消え去るような感覚が全身を貫く。彼の登場と共に、空間が音を失い、すべてが静寂の中で彼の存在を崇めていた。
その場にいる全員が、息を呑むどころか、息をすることすら忘れた。次に何が起こるかすら考えられないほどの恐怖が支配する中、無慈悲な声が再び響き渡る。
「【黙祷】」
その言葉が脳に焼き付いた瞬間、全員の口が塞がれた。声を出すどころか、息すら音を立てることができなくなった。まるで全ての言葉が存在そのものから奪い取られたかのように、口が何かに縫われたように閉じられる。沈黙が強制され、あまりに静かで異様な世界が広がる。
その場は絶対的な静寂に包まれていた。声の主は再び現れず、ただ圧倒的な存在感だけが全てを支配していた。跪く者たちは、思考すらも奪われ、恐怖の中でただ祈るように手を合わせていた。
空気は冷たく、重苦しい。全員の心臓の鼓動が聞こえるほどの静寂の中、息すら音にならない。目の前に立つその姿は、言葉で表せないほどの恐怖を纏い、誰もその存在を直視することができない。ただ、無意識のうちに膝を折り、頭を垂れることしかできない。
次に何が起こるか、誰も予測できなかった。恐怖と沈黙が空間を埋め尽くし、全員の意識はただその存在に引き込まれていた。その者はただそこに立っているだけで、すべての命を握り潰すような絶対的な力を感じさせる。
そして、その場に漂う冷たい静寂が、さらに深まっていく中、全員の心に染み込むような絶望が満ちていった。
どこからともなく三番叟鈴とそれを振る腕だけが現れる。
シャンシャンと鈴の音が静寂をこわしながら、その姿が定まっていく。
突然、冷たく静まり返った空間に、かすかな鈴の音が響いた。シャン…シャン…。微かな音が、まるで全ての静寂を切り裂くように、空間を揺るがす。
誰もが凍りついたように動けないまま、その音の出所を探る。しかし、鈴の音だけが反響し、姿は見えない。時間が止まったかのような恐怖に支配された中、鈴の音は徐々に大きくなっていく。
次第に、鈴と共に現れたのは、三番叟鈴を持つ腕。漆黒の闇の中から、ゆっくりとその腕が現れる。無機質な動きで鈴を振る腕は、何の感情もなく、ただ音を響かせ続ける。その腕が現れるたびに、空気がますます重く、冷たくなる。
シャンシャン…。
全員の心臓がその鈴の音に連動するかのように鼓動し、恐怖は絶え間なく心に染み込んでいく。誰もがその姿を直視できない。音とその姿だけが支配する中、祈りを捧げるかのように手を合わせたまま、全員はただ鈴の音に従っていた。
徐々に、その姿が定まっていく。幾つもの三番叟鈴を振るの中心から冷たく無機質な存在が、静かに、そして確実に現実の中に侵入していく。
三番叟鈴の音が響き渡る中、その姿が徐々に現れていく。まず最初に現れたのは、異常に長く、骨ばった腕。皮膚は灰色で、ところどころに裂け目があり、そこからは黒い霧が絶え間なく漏れ出している。指は細く鋭く、まるでその一振りで命を摘み取ることができるかのような不気味さを放っている。
続いて姿を現したのは、その腕から繋がる身体。歪んだ輪郭、複数の関節が無秩序にねじ曲がっており、まるで正しい形を知る者が造ったものではないかのようだ。胴体は奇妙に長く、胸には穴が開いていて、そこからも黒い霧が漏れ出し、周囲の光を吸い込んでいた。
その顔は、見た瞬間に目を逸らしたくなるほどの異形だった。目が三つあり、それぞれが異なる方向を向き、口は異様に広がりすぎていて、笑っているのか悲しんでいるのかすら判別できない。顔の表面はまるで仮面のように滑らかだが、その下で何かが蠢いているかのように不規則に動いている。
背中からはいくつもの触手のようなものが伸び、それぞれが鈴の音と共に空間を撫でるように揺れ動いていた。その触手には、まるで亡霊のような顔が浮かび上がり、怨念とも言えるような呻き声がかすかに漏れ聞こえる。
その異形の存在が完全に現れると、周囲の温度はさらに下がり、全員の心に恐怖が深く刻まれた。鈴の音は、ますます響き渡っていく。
「【死屍累々】」
無慈悲な声が響き渡る。
声が脳内に響くと同時に、空間に異様な変化が起こった。次の瞬間、何の前触れもなく人が移動した。
縦に4人、横に4人。合わせて16人の肉体を一つとしそれが八つ、まるで何かに引き寄せられるように整然と並べられていた。
突如として響く、鈍い音。圧力に押し潰されたような、人間の骨が砕ける不快な音が周囲に広がる。その音は止まることなく、次々と響き渡り、肉体は無理やり捻じ曲げられ、潰されていく。異形の存在が何も触れることなく、人の死体を操り、形を変えていく様は、あまりにも非現実的で、狂気そのものだった。
やがて、その肉塊が一つ、また一つと組み合わされ、地面に巨大な文字が浮かび上がっていく。人間の体で作られた、その恐ろしい文字列は、見る者の脳裏に焼き付いた。
『たすけがほしいか』
その文字は、まるで嘲笑するかのように、死者たちの無残な形で描かれていた。生き残った者たちは息を呑み、声も出せず、ただその光景を見つめるしかなかった。