おはようございます、いつもお世話になっております。
近況ノートをお読み頂き、誠にありがとうございます。
大変遅くなってしまったのですが、以前ユーディ様とのコラボ企画で予定しておりました『私とアリス』サイドのSSとイラストを更新致します。
ユーディ様とのコラボ企画小説をお読み頂きました皆様、ありがとうございました。
そしてユーディ様、長らくお時間を頂き申し訳ありません。
素敵なコラボ企画をご提案下さり、本当にありがとうございます。イラストの方は画力のなさもあって変更点が多々ありますが、ユーディ様の大切なキャラクター達を描かせて頂けてとても光栄でした。
楽しい時間を、誠にありがとうございます。
それでは『私とアリス』サイドのSSを、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
ちなみに、イラストは左端と右端がユーディ様の御作品『リベンジャー』の嬉嬉ちゃん、綺羅日ちゃん。
真ん中二人の左側がソフィア、右側がアリスです。
ソフィア・フィリスは、よく手入れされた庭が美しい一軒家の前に立っていた。
ここを訪れるのは春休み以来だ。長期休暇には必ずと言っていい程に、ソフィアはこの屋敷を尋ねている。
足を運ぶ度庭を飾る花々は顔触れを変え、今の季節には何の花が咲いているのだろうと、それも楽しみの一つとなっていた。
――しかし、花以上にソフィアが気に掛けているのは。
ソフィアは両手を塞いでいる手土産をさっと確認し、一息吐いてから呼び鈴を鳴らした。
少しして目の前の扉が開き、家主が姿を現す。
「こんにちは。いらっしゃい、ソフィアちゃん。いつもありがとう」
女性が纏っているのは質素な色合いのワンピースに、草臥れたエプロン。
どこか憔悴した様子なのも相変わらずだ。それを見せまいと、気丈に振る舞っているのも。
ソフィアは女性の疲れきった顔を目にする度、親友が――エニィ・ウリアスが未だ目覚めていないのだと察する。
気落ちしたことを悟られぬよう、ソフィアはいつものように偽りの笑顔を貼り付ける。
「……こんにちは、おば様。エニィの顔を見に来たんですが、お邪魔しても大丈夫ですか?」
「勿論よ。ぜひ上がって行って」
家主であるウリアス夫人に促され、ソフィアは玄関を潜った。
エニィの部屋に案内してもらう道中、手土産を手渡すことを忘れない。
「あらあら……いつも、気を使わせて御免なさいね。手ぶらで来てくれても構わないのよ?」
「いいえ、私が好きでしていることなので……」
ソフィアは手に持っていた花束を手渡す。
学園都市テラストで購入したものだ。店頭で見かけた向日葵がとても美しかったため、向日葵をメインに細やかではあるがブーケを作ってもらった。
この向日葵にエニィの満面の笑顔を重ねたように、ウリアス夫人も同じことを思ったのだろう。彼女は年齢の割に小皺の目立つ目元を、柔らかく細めた。
「……こっちも可愛らしい袋ね。このお菓子屋さんもテラストにあるの?」
「ええ、『Mr.アダムス』という店です。どのお菓子も美味しいんですよ」
パステルカラーの紙袋を目にして微笑ましそうにするウリアス夫人に、ソフィアはテラスト魔法学校の生徒達が愛して止まない『Mr.アダムス』について説明を加える。
店主のアダムスについて言及すると説明が面倒臭くなるため、掘り下げはしなかった。
「エニィは変わりありませんか?」
訪れる度に同じ質問をしてしまっているが、ウリアス夫人は嫌な顔一つしない。
しかし彼女の瞳には、目覚めない娘に対していつか起きるかもしれないという希望と、ずっとこのままなのかもしれないという諦念が、いつもない交ぜになって浮かんでいる。
――だが、今日は違った。
「エニィのことではないのだけれど……春頃に珍しい御客様が来たのよ」
「御客様、ですか?」
「そうなの。うちの庭に迷い込んでしまったみたいで、この辺りでは見掛けない子だったから。そうしたらエニィと同い年だって言うし、話を聞いてみたらミリセントちゃんのお友達だったの」
ミリセントの友人で人様の庭に迷い込むような人物と言ったら、最早一人しかいないだろう。
――アリス・ウィンティーラ。
つい最近、ソフィアは彼女と話す機会があった。
そうは言っても、ここではないどこか別の世界での話だが。
あの出来事は、ソフィアの中でも未だに夢と現実の区別がついていない。
魔法とはまた別の技術が発達している世界。家族のような繋がりを持つ人達と、共に過ごした優しい時間。彼等との賑やかなやり取りは、エニィやミリセントと過ごしていた時間を思い出させた。
「……もしかして、アリス・ウィンティーラさんですか?」
「そうそう、その子。ソフィアちゃんも知っている子だったのね」
「はい。同じ寮なので……」
アリスもまた、ソフィアが見た夢のような世界に招かれていた。
テラスト魔法学校に入学した際、エニィに少しだけ雰囲気が似ているアリスと楽しげにしているミリセントの姿を目にして、ソフィアは目の前が真っ白になるような、そんな気持ちになった。
エニィのことを忘れてしまったのか。
アリスをエニィの代わりにしようとしているのか。
気付けば、ソフィアは談笑しているミリセント達に噛み付いていた。
考えなしの、勢い任せだったことは認める。だがアリスにした忠告は、ソフィアの本心だった。
まさかあんな風に言い返されるとは、思ってもいなかったが。
そして芋蔓式にその後のレイチェル・バーグとのやり取りまで思い出してしまい、ソフィアは顔を歪めた。
レイチェル・バーグの正しさは、ソフィアにも通ずるものだ。
だからこそ、彼女とは馬が合わない。それは同族嫌悪にも似ていた。
「――あの子、少しエニィに似ているなって思ったのよね」
ソフィアははっとして、ウリアス夫人の背中に意識を戻した。
彼女の腕の中で、包装紙に包まれた向日葵がガサリと音を立てて存在を主張する。
「笑った顔が、エニィみたいで。だから、ついつい家の中に招いてしまったの」
苦笑するウリアス夫人に、ソフィアは同意した。
アリスの裏表のない純真さには、こちらが警戒心を解いてしまうような何かがある。
余り褒められた態度を取っていなかったソフィアにですら、手を伸ばすようなお人好し。
「じゃあソフィアちゃん、私はお茶を淹れて来るから。ちょっと待っててもらえる?」
「あ……お構いなく」
ソフィアはベッドの傍の椅子に腰掛け、眠り続ける親友を見詰める。
胸が上下していなければ、死人と勘違いしそうになる位に静かだ。
換気のために窓を開けているのか、開け放たれたそこから夏の空気が運ばれて来る。
幼い頃から馴染みのあるサルバス=フォレの、青々とした草木の匂い。
そしてウリアス邸の庭で咲き誇る花々の、甘く芳しい香り。
それらを纏って踊るレースのカーテンに、ソフィアは目を細めた。
穏やかな、否、穏やか過ぎる静謐な時間。まるで玄室のようだ。
ウリアス家とソフィアの生家フィリス家は、サルバス=フォレの住人達と表立った交流を絶って久しい。
愛する娘がいつまで経っても目覚めない不安を話せる相手もなく、それを長年抱えるウリアス夫人の悲嘆は幾ばくだろうか。
魔法医術士の治療を受けるにも、当然金銭がいる。年単位で目覚めないエニィの身体を維持するには、彼等の治療が必要不可欠だ。決して小さい額ではないだろう。現にエニィがこの状態になってから、彼女の父親の姿を昼間に見掛けたことはない。
夜遅くに帰宅しているのか、学園都市テラストといった都会に単身赴任しているのか、それは定かでなないが……寝る間も惜しんで娘のために働いているのは確かだろう。
一瞬強い風が吹き、エニィの前髪を乱して行った。
ソフィアは指先を伸ばし、乱れたエニィの髪をさっと直してやる。
微かに触れた額は温かく、それでも尚目覚めない彼女に唇を噛んだ。そうでもしなければ、この胸に沸き起こる感情が溢れてしまいそうだ。
『サーカス』との関与を疑われた際、ソフィアを庇ってくれたエニィの背中が、いつまでも彼女の脳裏に焼き付いている。
「……貴女は村の人達のことも大切に想っていたのに。それでも、私を助けるために彼等の前に立った。……怖かったでしょう。もしかして、だから貴女は目覚めないのかしら――変わってしまった彼等と、私達の関係を見たくはないから。道を違えてしまった私とミリセント……ミリィの姿を見たくはないから」
「聞いて、エニィ。ミリィがね、水属性の魔法を使えるようになったの。変わりたいんだって、変わった自分を見て欲しいんだって。……私、私ね。あの娘のことは許せない。多分、一生。でも、変わりたいと思ったあの娘の気持ちは認めているの。今はそれで良いんだって、そう思ってる。――ねぇ、エニィ。貴女なら、何て言うのかしら」
長い独白に、答えが返ってくることはない。
ソフィアは自嘲すると、目を伏せて溜め息を溢した。こんな声掛け一つで目覚めるならば、とっくの昔にエニィの目が覚めていてもおかしくはない。
そうは思いつつも落胆する気持ちを隠せないまま、ソフィアは顔を上げた。
「――え、」
普段の自分からは考えられないような、間の抜けた声だった。
それもそのはず。エニィの大空のような青い瞳が、ぼんやりとソフィアを映していた。
ウリアス夫人を呼ばなければとか、エニィに声を掛けなければとか、様々な思いが巡ったが、ソフィアの身体は石化したように動けない。
気付くと、エニィはいつもと変わらない姿で眠っていた。
「夢……?」
呆然としたソフィアの呟きに、答える者はいない。
彼女の思いが見せた、白昼夢だったのだろうか。睫毛の一つも微動だにしないエニィの顔を眺め続けていると、扉の外からスリッパのパタパタという軽い音が近付いて来た。
「ソフィアちゃん、遅くなってごめんなさいね。茶漉しが見当たらなくて」
「おば様……」
惚けた口調のソフィアに気付くことなく、ウリアス夫人は目元を和ませる。
彼女は部屋の出入り口付近にあった可動式の小さなテーブルの上に、冷えたグラスをトレーごと置いた。涼やかな氷の音に、ソフィアはようやく夢現から引き戻される。
「――ソフィアちゃん。良かったら、学校でのお話を聞かせてくれないかしら?……貴女さえ良ければ、ミリセントちゃんの話も」
「……ええ。私もお話したいことがあるんです、おば様――聞いて下さいますか?」
ウリアス夫人は頷くと、テーブルをベッドの傍へと寄せる。
腰を落ち着けた二人は、エニィにも聞かせるように話に花を咲かせた。
再度吹き込んだ風が運ぶ、サルバス=フォレの夏の匂い。
今年もエニィが目覚めないまま、夏が始まる。
だが――案外、未来は明るいのかもしれない。
まるでウリアス夫人とソフィアの会話に耳を傾けているように、エニィが薄く微笑んだ。
私とアリス コラボ企画SS
眠るヤマネはティーポットの中