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ループして六属性を極めた魔術師、七周目で極めるのは【淫】 sside27‐1 リベル(15歳)

この話は『ループして六属性を極めた魔術師、七周目で極めるのは【淫】』で出世卿とか狐目男とか言われてるリベルの話です
最後まで終わらすつもりだったんだけど長くなってしまったので、今回は彼が15歳の時の話です
全3話
本日が第1話
なおいずれ一般公開もしますのでご了承ください

サポーター限定にするつもりが一般公開になってたのでこのままにしておきます
前後が気になる方は前後の一般公開をお待ちください
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「成人おめでとう、リベル」

 吉凶はあざなえる縄のごとくあり、吉と凶が互い違いに絡み合って、人生という名の一本の縄を形成している。

「君もいよいよ神官見習いではなく、神官だ。求められるのは今まで以上の働きと、少しばかりの責任。そして変化は、私に伴っていたところを、私が伴わずに働くことが増える。その程度だ」

 誰かが吉としている事象が、誰かにとっては凶である──ということも、もちろんあるが。
 たいていの場合、吉と凶は不可分なたった一つの事象に両者ともが内包されており、『吉である。しかし、凶でもある』という事態が人生には大量に転がっていると、そういうわけだった。

「成人となった君に、リリス教大神官としては、『あるもの』の世話をせねばならない。これは、我ら神官、特に重い責任を負い、多くの無垢なるリリスの子らに、大リリスの威光を届けねばならん者にとっては、急務と言える世話だ」

 スパルティ大神官がこのようにもって回った話しぶりをする時には、だいたい、周囲に『直接的な話』を好まない者がいるか……

 話し相手の『察する力』を試している時だ。

 リベルは大神官そば付きの神官見習いとして過ごしてきた約三年の経験から、スパルティがこのように『察する力』を試す時、彼がたいそう上機嫌だということを学んでいた。

 この実力主義の……実力《《蒐集主義》》の大神官は、察する力を試すなどしない。察せない者は容赦なく捨てる。なぜなら、コレクションする『実力者』の要件を満たさない者に、彼は一片の興味も示さないからだ。

 ゆえにこれはスパルティ大神官にしては珍しい『戯れ』であり、この、髪を綺麗に剃り上げた禿頭の中年男性にとって、何か面白い趣向があとに待ち受けていると、そういうことだと察せられた。

 リベルは考える。

 三年。

 それだけの時間があれば、スパルティを読み切ることはたやすかった。

 リベルは傲慢に呑まれぬよう慎重に、『友人』を作り、平民として他者への《《おもねり》》を忘れず、優秀であり、しかし優秀すぎぬようにあり、たまに底を見せるようなやらかしを演出し、適度に周囲の自尊心を満たしつつ、スパルティ大神官のそば仕えが多く集うこの神殿において、『それなりの立ち位置』を維持し、そこにいるのが不自然ではないという認識をされてきた。

 その場所はもちろん『スパルティ大神官のそばに付く四人のうち一人』、平民だけで数えるならば『二人のうち一人』であり、相変わらず表に立ち人と交わるのは貴族神官たちの役割だが、裏方仕事のほぼすべてを掌握し、表で貴族家の当主の前に立つよりもより有益な人間関係を築いてきた。

 そのリベルに、スパルティ大神官が用意したサプライズ。

 ……それは、『貴族の常識』からすればありえない妄想だった。
 だが、同時に、なんらかの事情があれば、スパルティ大神官はそういうこともするだろうなとも思えることであり……
 リベルにとっては想像しえないというほどの事態ではない。が……

(さて、ここで、スパルティ大神官の意図を読んだように振る舞うのが正解か、それとも、まったく心当たりもないという態度で大げさに喜ぶのが正解か)

 選択肢を思い浮かべる時、その二つのあいだにあるものが正解であることが多い。

 だからリベルがとった態度は、『信じられないという態度でありながら、それでも思考によって答えにたどり着いた』というものであった。

「…………まさか、大神官自ら…………私の妻を紹介していただけるの、ですか……?」

 言ってはみたものの、そのような栄誉を自分が賜ることができるなど、とても信じられない──

 そういう態度は『正解』だったらしい。
 普段はどこか遠くをつまらなさそうに見ているだけという表情ばかりのスパルティ大神官は、貴族としての分も忘れたように、心の底からという笑みを浮かべた。

「最初に言ったはずだ。私は働きには報いると。君は、私が結婚の世話をするだけの働きをしたのだ」

 リリス教という組織は、真実の愛を祝福し、結婚と出産をことほぐ宗教である。
 そしてリリス教およびリリス教の影響が及ぶすべての界隈において、より高い地位にある者は、家庭を持つことを求められる。

 神官などもそうだ。
 神官見習いはもちろん子供なので除外するし、神官になったとてしばらくは結婚などせずとも許される。
 だが、神官高弟になるような者は、結婚し、子供がいないと、たとえ働きがよく、生まれが気高くとも、まずその地位に就くことはない。

 ……養護神殿の長などの、それ以上の出世もなく、誰かの派閥の一員としても力を奮えないような立場だと、未婚の子無しであろうと許される例外はあるが。

 スパルティは、己のそばに侍る優秀なるリベルを|左遷《させん》するつもりはないらしく、早々に神官高弟に任じる用意があるらしかった。

 当然の話だが、孤児神官に、貴族家、それもこの王国に七つしかない侯爵家ゆかりの者が結婚を世話するということは、まずない。

 神官の結婚はたいてい、成人の儀が終わったあとに神官同士で交流する機会を設けられ、その中で男性神官と女性神官とが互いの条件を擦り合わせつつ、神官の勤めとして夫婦になると、そのようなものであった。

 もちろん神官は街だの村だのに派遣されて、神殿でその土地の人々の祈りを世話し、教育を担い、治療などを行う立場であるから、神殿のある地の地元民と結婚するケースもありうる。
 だがスパルティ大神官のそば仕えのみで構成されるこの神殿において、そういう出会いはまず望めない。ここは神殿ではあるのだが、この土地で民が祈りに行くような神殿は他にあり、『神官事務所』とでも言うべきが実態なのだ。

 そしてこの神殿には、男しかいない。

 これは騎士道精神教育という『男性は女性を護るべし』とする教えが遠因なのだが、この時代の神殿は、女性は出世できないという不文律があった。
 そしてスパルティ大神官は有能であり、出世できそうな者ばかりを神殿に集める。女性で有能な者はそれはそれでチェックをしてはいるのだが、神殿に招くことはなく、息のかかった神殿支部に詰めさせておく。そういう人であった。

 ゆえにこの神殿の神官たちは、『神官同士が広く交流する場』で妻を見つけるか、既婚の先輩神官に親戚などを紹介されるか、あるいはスパルティ大神官に世話してもらうしかなく……

 この中でもっとも稀有にして、より大きな大神官からの期待を示すのは、『大神官の世話による結婚』であった。
 リベルはその栄誉を賜ったのである。

 ただ、リベルはこのように考えていた。

(思ったよりも早いな)

 成人の儀は、つい先日終わったばかりだ。
 ここから神官として二年か三年は実績を積んでからの紹介になるものと考えていただけに、スパルティ大神官の申し出は、リベルにしても意外なものではあった。

 意外なことが起こる時、そこには知りえなかった背景があるものだ。

 人を完全に読み切るリベルであるからこそ、この急な嫁の世話には、なにかしらの厄介な事情が隠れているものと覚悟していた。

 さて、スパルティ大神官は、このように続ける。

「ただ、わけありの娘でな。……ああ、私の娘の一人なのだが」
「なんと!」

 大神官の表情から求められたように、大げさにおどろいてみせる。
 実際、嘘ではないおどろきもあった。

 スパルティ大神官には三人の娘と二人の息子がいたというのを、リベルは知っていた。
 ただし、その全員についてくわしく知っているかと言えば、そこまでの情報はない。知っているのは構成と、それぞれのおおまかな現在の立ち位置、それから名前ぐらいである。

 そしてリベルの情報網に、『わけありの娘』はいなかった。

 貴族界隈でしか流れない噂もある程度知っているリベルは、この時点で事態を正確に読み取る。

(なるほど、最近になって唐突に『わけ』が発生したのか)

 だからさっさと押し付けてしまい、ついでに優秀な者と縁をつないでしまおう──そういう目論見が理解できた。
 スパルティは貴族家当主ではなく、当主を兄に持つ男ではある。
 だが、それでも、『我が子』を孤児神官の妻として紹介するというのは、よほどの異常事態と言えた。

 では、それほどのことを画策する『わけ』とはなんなのか?

 …………この時代。

 すでにアリアドニアス王の御代であるこの時代。リベルと同世代には、このような者たちがいた。

 テセウス・クレタ王弟殿下。
 グラウコス・メェリ次期宰相。
 ペレウス・テティス新公爵。
 レテウス・トウリン新東方辺境伯。

 そして……

「わけありとは言ったが、娘そのものの素行がどう、というわけではない。そもそもまだ成人前の十三歳でね。ちょうど、君が私の神殿に来たのはそのぐらいの年齢だったか」

 スパルティ大神官が困ったような微笑みを浮かべるのを、リベルは観察していた。
 彼の表情から読み取れるのは、確かに深刻な問題を思わせる背景ではなかった。
 ただし彼の力でさえどうしようもない問題があり、その問題をなるべく遠くにおいやるために、そして有効に活用するために、自分に娘をあてがおうとしているのだろうとリベルは読み取る。

 だが、肝心の問題のほうは、リベルがすべての知識を総ざらいし、すべての情報からあらゆる想像をしても、わからなかった。

 ……わからなくて当然だ。

 その事件は発生した瞬間に厳重に秘されることになった。
 その存在はもともと、『ありえない髪色』と、『生まれるに至った背景』から、王宮の外には広まっていなかった。

 その存在は、この時代に一人の娘を産み落とし……

 魔力暴発によって、亡くなっていた。

 ……本当に、吉凶はあざなえる縄のごとくある。

 スパルティ大神官は、困ったように続ける。

「娘自身は、まあ、おてんばではあるが、大問題を起こすような者ではない。そこは断言しよう。君相手だから言ってしまうが、貴族の娘たる我が子を、君のような孤児出身の神官に嫁がせるのは異常事態だ。そこは、わかってもらえるかな」
「はい。ご配慮、痛み入ります」
「話のわかる君だからこそ言うが、我が娘の問題とはな、『名前』だ」
「……名前?」
「うむ。……気高いお方に倣った名前をつけたのだが、そのお方が、人に言えぬ事情でお隠れになられた。ゆえに、同じ名を持つ我が娘も、少々、あらぬ噂にさらされそうだと、そういう事情があるのだ」

 名前というのは、重要だ。

 情報を得られる立場にない人が、噂話において、名前が同じものを同一として扱うということがしばしば発生する。
 なので問題を起こした者と名前が同一というだけで、名前がいっしょなだけの者まで『問題を起こした』と混同されて扱われ、その勘違いがたとえ是正されたとして、評判がどうしようもなく落ちるという、どうしようもない事故が人間間では発生しがちなのだった。

 加えて、貴族という世界において、名前というのは、重要な意味を持っている。

 たとえば平民に『アステリオス』と初代王の名を与えたならば、その者は王になることがほぼ確定として人のあいだで語られるようになるし、『現在の社会を打破し新たなる王朝を立てる』という意味さえも、人によっては感じ取れるようになる。

 公爵家のすべてが開祖の名を苗字に据えているのは、開祖の成した偉業の威光を子々孫々にまで行きわたらせ、その権威を維持するためという理由もある。

 名前というのは、『ゲン』なのだ。

 そして、貴族は、平民から見ても異常なほど、『ゲン』を大事にする存在なのだ。

 では、そういった世界に住まう貴族にとって、すぐさま孤児神官に《《下賜》》してやらねばならぬほど不吉となってしまった名前、それは……

「我が末娘の名はな、『ファエドラ』と言う」
「……」
「高貴な名であった。ご本人と顔を合わせたこともある。だが、その名はあまりにも触れ難いものとなってしまった。ゆえに、君にもらってもらいたい。……もちろん、我が娘として、その婿として遇することには変わりない。どうかね? 受けてもらえないだろうか」

 リベル十五歳。

 そして、ルナ・トウリンを産み落としたファエドラの享年は十七歳。

 たまたま同じ名を与えられていたスパルティ大神官の娘は、十三歳。

 こうして奇妙な事件を発端にした奇妙な縁が、リベルにさらなる躍進をもたらすことになる。

 ……もちろん、リベルの返事は、

「わかりました」

 これ以外は、許されていない。

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