『観測者圏|HORROR』SHORT SHORT 05
『もう一人分、乾いている。』を公開しました。
大切な人を失ったあと、その人が使っていたものを、なかなか片づけられなくなることがあります。
服や食器、何気なく残された言葉。
他人から見れば、ただの古い持ち物かもしれません。
けれど、それを手放すことが、その人と過ごした時間まで失ってしまうように感じられることがある。
今回の作品は、そんな思いから生まれました。
もし、自分とまったく同じ姿をした誰かが現れたら。
その誰かが、自分よりも上手に生活できたら。
片づけられない部屋を片づけ、できなくなった家事をこなし、誰かを悲しませることもなく、明日を迎えられるとしたら。
それは恐怖なのでしょうか。
それとも、救いなのでしょうか。
この物語で描きたかったのは、もう一人の自分が現れるという不気味さだけではありません。
悲しみから抜け出せない自分と、悲しみを抱えながらも生きていかなければならない自分。
その間にある、簡単には言葉にできない葛藤です。
人は、いつも正しく前を向けるわけではありません。
同じことを何度も思い出したり、昨日できたことが今日はできなかったり、誰かの優しさを素直に受け取れなかったりします。
それでも、その不器用さも含めて、一人の人間なのだと思います。
私は今回、ホラーという形を借りて、ある問いを書いてみたかったのです。
自分より上手に自分を生きられる誰かがいたとして、その人に人生を譲れるだろうか。
そして、もう一つ。
大切な人を忘れずにいることと、その人を失った日から動けずにいることは、同じなのだろうか。
怖い物語として楽しんでいただけたら嬉しいです。
けれど、読み終えたあとに、恐怖とは少し違う何かが残ったなら、それもまた、この作品を書いた意味になると思います。
『もう一人分、乾いている。』
短い物語ですが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
読んでくださった皆さま、ありがとうございます。