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6-01 旧版

禁忌破りの錬金術師が第一部最終章である、六章に入りました。
いやー、順調に落ちてきていますね。どうしましょうね。どうにもなりませんね。
おまけに第一話からさっそくやらかした感じです。

そこでちょっとマイルドにしようと思いそれなりに修正したので、いちおう旧版はここに置いておくことにします。
どっちがいいですかね。

……あまり変わっていない気もしますが。




──────────


 やはりこのままではまずい。
 よし、ここは一発土下座で謝って──

「申し訳ありませんでした」

 なぜか機先を制されてしまった。
 俺より先に深々と頭を下げるセレーラさん。
 俺が困惑していると、ややあってセレーラさんは頭を上げた。

「皆様がアダマンキャスラーを撃退してくださったのに、私はそれも知らずに酷い態度を取ってしまいましたわ。本当に申し訳ありませんでした」

 再び頭を下げようとするセレーラさんを慌てて止める。
 罪悪感を持たせようとしたのは計画通りではあるのだが……謝らなければいけないのはこっちなのだ。
 侯爵やゼキルくんに口止めさせてまでセレーラさんに誤解させて、しかも四ヶ月も放置したのだから。

 当初の予定としては一月もしないうちに戻ってくるはずだった。
 そうすればセレーラさんの罪悪感が俺への想いに変換されて大爆発する計算だったのに……。

 というかこの計画自体が焦りすぎていたのだろう。転移スキルを得ていつでもここに戻ってこられる今は、そう感じる。

「やめてください、セレーラさんが謝る必要なんてどこにもありません」
「やはりそうなのですわね……もう私のことになど興味がありませんのね」
「えっ?」
「私のことなどお嫌いになられたのでしょう?」

 どうしてかそんな結論になってしまったセレーラさんが、弱々しい笑みを浮かべた。

「そんなわけないじゃないですか! 僕がセレーラさんを嫌うなんて」
「だったら! ……だったらなぜ一度も戻ってきてくださらなかったんですの」
「それは──」

 それ以上言葉が出てこなかった。言い訳のしようがないということだけではない。
 セレーラさんの目に、光るものを見てしまったからだ。

「私が……」

 これ以上言うべきではないと考えたのだろう。震える唇が一度強く結ばれる。
 だがその自制と理性は、|堰《せき》を切った思いに押し流された。

「私が、この四ヶ月どんな思いでいたかわかりますかしら。水晶に新しく灯る炎は、きっとあなたがたが灯しているのだと信じて……毎日毎日、何度も水晶を見上げ、灯っている炎を数えましたわ。新たな炎が灯らない日は不安で一杯になって……灯った日には胸を撫で下ろして、きっと戻ってきてくださると。でも……」

 ついにはあふれた涙を拭い、セレーラさんは一度大きく息を吸って吐いた。

 セレーラさんにとって、水晶の塔に灯される炎は俺たちの快進撃の証ではなかったのだ。
 それは俺たちが無事である証、そして贖罪の機会を待つためのものだったのだ。

「……ごめんなさい、そんなこと言われても困りますわよね。私のために戻らなければならない義理などありませんものね」

 無理して笑おうとするセレーラさんを見て、俺は自分の罪を痛感する。
 俺が軽い気持ちで仕掛けた駆け引きは、効きすぎてしまったのだ。セレーラさんの心を掻き乱しすぎてしまったのだ。

 どんな言葉をかければいいのか、どう詫びればいいのかわからない。
 それでも、少しでも苦しめてしまったセレーラさんの心を癒やしたい。

 そして、俺の想いを届けたい。
 今までどれだけセレーラさんの存在が励みになってきたことか。
 ローテーブルに乗り上げた俺は、その一心だけで手を伸ばす。
 止まらぬ涙が伝う、セレーラさんの頬に。

 俺の手を見て、セレーラさんは体を引きかける。
 だが、それは一瞬。
 セレーラさんは受け入れてくれた。

 ゆっくりと伸ばした俺の右手。
 その人差し指が、セレーラさんの頬に触れる。

 セレーラさんの左目の下には、二連の泣きボクロがある。そのあいだを通って流れ落ちる涙を、俺は人差し指の背ですくい上げた。

 どうかバカな俺が流させてしまった涙が止まってくれるように。

「タチャーナさん……」

 少しだけでも届いたのだろうか。
 見つめ合うセレーラさんの強張っていた体の力が抜け、瞳には柔らかさが戻ったような気がする。

 そんなセレーラさんに俺は──






「お前を殺す」

 デデン!

 …………。
 ……………………あれ? デデンちゃうよ? 俺は今なんて言った?

「……………………は?」

 言われたセレーラさんは、ポカンと口を開けている。
 当然だろう。言った俺ですらポカンとしているのだから。

「なぜですかマスター……」
「いいところでなぜそうなる主殿……」

 後方から上がる声はB級、いや、どうしようもないC級映画のエンディングを見たあとのような響きだった。

 そして前方は、ついにキレた。

「なっ…………なんですのそれは!? なんで私が殺されなければいけませんの!」

 シャーッと牙を剥く縦ロールの威圧感は、百階層の巨人にも勝る。

「ちっ、違うんです! 今のは僕の意思ではないんです! なにか大きな存在に言わされたっていうか」

 いやまあ、途中でWの憧れのあのシーンを思い浮かべてしまったせいなんだけど。
 仕方ないと思うのだ。今以外であの名言を口にできる機会など、この先死ぬまでにあるとは思えない。
 そう考えたら、ついポロッとこぼれ出てしまった……。

「そんな言い訳が通用すると思っていますの!」
「ごっごめんなさい! ……でも涙は止まったみたいでよかったです!」
「ビックリしすぎて止まるに決まってますわよ!? ああもう、いろいろ考えていたのが馬鹿みたいに思えてきましたわ!」
「ならば考えるのはやめて、素直な感情のままに僕の胸に飛び込んでくるのはどうでしょうか」

 今回のことは本気で申し訳なく思ってはいる。
 いるのだが……駆け引きがセレーラさんに効きすぎたというのは、つまりそういうことではないのだろうか? きっとそうに違いない。そうであってほしい。

 ローテーブルの上で小さな腕を目一杯広げて待ち構えていると、なんと! セレーラさんも応えるように腕を広げた!
 やはりそうだったのだ!

 だがそうではなかった!
 セレーラさんの広げた腕は勢いよく閉じられ、俺のほっぺを手のひらでべちんと挟み込んだ! 痛いぃ。

「ええそうですわね。素直な感情のままにあなたにぶつかってみますわ。今までのことを思い返したらムシャクシャしてきましたの。本当にいつもいつも、あなたという人は好き勝手言って好き勝手やって」
「|ひょ《そ》ういうこと|ひ《じ》ゃなくてで|ひゅ《す》ね」
「大体今回なんで侯爵閣下やゼキル様に口止めまでさせたんですの! 納得のいく説明が欲しいですわ! ああもう、なんでこんな柔らかいんですの!」

 わー、やっぱ口止めバレてますよねー。
 万事休す……ならば最後にダメ元であのことを確認しておこう。

 怒りに任せて俺のモチモチほっぺを伸ばして遊ぶセレーラさんに、上目遣いで聞いてみる。

「あにょー、その前に一つだけいいでしゅか。アダマンキャスラーを撃退した報酬のチューというのは」
「どの口が言いますの! こんなタイミングで! もうっ、本当にこんな口!」

 むぎゅうとほっぺが挟み潰され、タコの口にされた。

「でひゅよねぇ────あ痛っ」

 突然、ガチンと歯に硬いものが当たる。歯と歯がぶつかったのだ。

 …………歯と歯?

「おおっ」
「まあ」

 後ろの二人から驚きの声が上がる。
 それもそのはず……俺の前歯にぶつかったのは、俺のものではない歯だったのだから。

 あまりうまくいかなかったそれは、すぐに終わってしまった。
 そのせいもあって現実感がなく、自分の中に浸透するのに時間がかかった。

 そうして驚いて正面の顔を見てみれば……その顔はなぜか俺より驚いているようで、目と口を真ん丸にしている。
 ややあって、急速に朱に染まっていく白い肌。

「ちっ…………ちち違いますわ! 違いますのっ! 今のは私の意思ではありませんわ!」

 セレーラさんも大きな存在に動かされてしまったのだろうか。
 投げ捨てるように俺を離したセレーラさんは、勢いよく立ち上がった。

「いっ今のはあれで、その、ほら……そうっ、ただの撃退の報酬ですわ」
「報酬はほっぺという契約でしたけど……」
「それは……遅くなってしまったお詫びですわっ。とにかく……失礼しますっ」

 今まで見た中での最速で駆け、セレーラさんはピューっと部屋から出ていってしまう。

「……無事で本当によかったですわ!」

 廊下から響く声を最後に、重い扉が閉まる。
 そうして俺たちだけ取り残された部屋で、ルチアとニケはなにかつぶやいていた。

「もう少し素直になればいいのに……難儀な人だな」
「そうさせないマスターにも原因はありますが」
「まあたしかに。そもそもいまさら駆け引きなどする必要もなかっただろうにな」

 俺はと言えば、二人に構ってなどいられなかった。
 悔やんでも悔やみきれない、後悔のまっただ中にいたのだ。

「くぅっ、ちくしょう!」
「マスターはなにを残念がっているのですか。喜ぶべきところでは?」
「だって遅くなったら報酬が上がったんだぞ。もっと遅く戻ってくれば、もっといい報酬になったに違いないんだ!」
「どう考えてもそういうことじゃないだろうに……馬鹿な人だな」
「それについては異論ありません」



 結局そのあと一緒に侯爵のところに行ったりしたが、セレーラさんは目も合わせてくれなかった。
 ニケとルチアは大丈夫だと言ってくれたけど、やっぱり嫌われたんじゃないかとすごく心配だ……。


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