人が生きることの意味を問い続けてそれを文章で表現するよう心がけています。 「雷鳴」が カクヨム公式特集「忘れがたし夏の恋」4選 https://kakuyomu.jp/features/16818792435506030740 で紹介されました。
私の頭の中は、これまでに触れてきた数々の映画、ドラマ、そして小説で構成されています。 創作の原動力は、それら膨大な「記憶の引き出し」から取り出す知識と、一曲の音楽です。 私の物語には、必ず「テーマソング」が存在します。 執筆前に曲を決め、その旋律を聴きながら、音楽が持つ色彩を言葉へと紡いでいく。音楽の偉大な力が、作品の質を高め、色を鮮やかにしてくれると信じています。 「僕の体の70%は映画でできている」 尊敬する小島秀夫監督の言葉の通り、映画のような臨場感と没入感のあるフィクションを目指しています。 たくさんの作品の中から私を見つけてくださり、本当にありがとうございます。 音楽と共に、物語の世界を楽しんでいただければ幸いです。 追記: 広告は非表示にさせていただいてます。時々、非表示し忘れることがあります💦 こちらでも私が更新した記事を読むことができます。ご興味がある方は、お立ち寄りください。 note: https://note.com/sora8198 Medium: https://naramusume8198.medium.com
初めまして。小説を書くのがとても楽しく、今は得意なジャンルを探している最中です。よろしくお願いいたします。
尾川喜三太(ヲガワ・キサンタ) 尾川喜三太[1.2.23]⇨ 現之證拠之會[4.2.11]⇨ 朝尾羯羊[7.5.15]⇨ 前衛詩歌/實驗小説/幻想/奇譚/耽美 批評空間の創造/私語のない排列のみの靜肅な場 文學的な場の再編/を他に強要することなくたゞ私の場に於いて淡々と體現すること 文學が滅びたあとの世界。人が文學の名の下に抽象的に集合的な場を形成しやうとしはじめるや、その場はたちまち商業主義に汚染されるだらう。文學が滅びたあとの私たち不幸な世代におかれては、點的に文學的な人間は存在するが、私たちのあいだに文學は存在しない。我と汝のあいだにすら文學は存在しないのかも知れない。文學が存在するとすればそれは孤獨の中にしかありえず、志ある者は、こんなにも交はれない點的な形でしか修養してゆくことをゆるされないのだ。はたしてこの孤獨に耐へうるか――? かくて孤獨であるために交流をしない方針をぶち上げる。寸評を書くことによってのみこれに代へたい。 現代の文學的状況は、見るからに、私が自分の腦みそと身體を使いきるには――私が時間のゆるす限り、全身全霊を傾けて取組んでも足りずにあっぷあっぷしてゐた頃に比べ、あまりにも規模が縮小して了ったやうに思ふ。自分の身の廻りにしか心を配らない矮小な關心が、文學的状況のはるか手前に焦點を結んで了ってをり、直接的な利害をはなれた問題提起がこの場では決してなされない。嘗て文學は倫理的な力で人の關心の射程をのばした。お互ひにのばした關心の重なるところに文學の場は形成されてゐたが、文學は倫理的な力を失ひ、人々の關心の射程は縮小し、關心の重なる場(純文學)はかくて消失したのである。