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第174回芥川賞受賞作予想

 先日(2025年12月11日)、日本文学振興会の方から、第174回芥川賞・直木賞候補が公表されました。それに伴い、もはや恒例となっている芥川賞受賞作品予想をここでしようと思います。
 前回は通常より1作少ない4作が候補に挙げられ、実に14年ぶりに該当作なしに決まりました。該当作なしという可能性を排除していたため、前回は予想が外れてしまいましたが、異色作3編と類型作品が多い1編のなかで選び抜くのはとても難しかったです。さて、今回は例年通り5作が出揃いましたが、前回と比べて、予想が難しくなってしまいました。前回同様、突出して優れた作品や印象的な作品がないというのが実情ですが、少なくとも前回と比べては、落ち着いて読むことのできる作品が候補に挙げられたと思います。

 まずは各作品ごとの雑感を、作家の五十音順に述べようと思う。
 はじめに久栖博季の「貝殻航路」は北方領土にほど近い北海道東部をトポスに、その地での主人公の記憶を追う作品である。心境ものと思いきや、唐突に政治的な要素が滑り込み、読んでいて困惑した印象がやや強かった。
 次に唯一過去に候補に挙がったことのある坂崎かおるの「へび」。人形になってしまった妻の代わりに男手ひとりで発達障害を患った息子を育てる様子を、ぬいぐるみの視点で語る話なのだが、要素があまりにも多い。どれか1つだけに絞っても、中編の長さであれば書けそうだが、この作品は欲張りに、しかも150ページにも満たないような長さで、全てを操ろうとしている。
 坂本湾の「BOXBOXBOXBOX」はおそらくより多くの労働者に共鳴する作品であろう。本作は文藝賞を受賞したデビュー作なのだが、文藝賞らしく、分かりやすい展開を盛り込んで、万人受けする作風であった。4人の視点から箱詰めの仕事風景が描かれた本作だが、私としてはあともう1作読んで作家としての力量を見極めたいと思ってしまった。
 鳥山まことの「時の家」は既に野間文芸新人賞を受賞していて、文壇から評価を得た作品である。仮に本作が受賞するならば、史上初同一作で三大文学新人賞2冠獲得の快挙となる。5作の内では、文章力が最も優れていて読みやすかった印象がある。3世代に渡り家庭を守っていた家が震災の影響で取り壊しになってしまい、家に残された記憶を追うという内容だが、場所から記憶を蘇らせる手法は、「貝殻航路」と同じであった。
 最後に、畠山丑雄の「叫び」は過去と現代の万博を横断するという内容なのだが、正直なところ、うとうとしながら読んでいた節もあってか、あまり印象に残っていない。意欲作なのだろうが、時事的なものを扱うだけに、興醒めしてしまうところがあった。

 さて、ここからは実際に予想していこうと思う。まず私が振り落とすのは「へび」だ。芥川賞を与えるにはあまりにも設定が散ってしまっている印象がした。前回の候補作のそれと似通った部分があった。
 しかし、苦戦するのはここからだ。前々回はのめり込めるような、間違いなく「これだ」という作品が受賞したわけだが(私は「ゲーテは全てを言った」を本命にとり、抱き合わせの可能性として「DTOPIA」を挙げたが、その予想はおおよそ的を射ていた)、今回は突出した作品がないように感じられた。ただ私は何となく「時の家」が好印象だった。野間文芸新人賞を受賞しているという実績に便乗しているわけではないが(むしろ本作が受賞する可能性をさげる要素とすらなっているが)、同賞の選考委員5名のうち、何と3名が芥川賞と重複しているではないか! しかも、そのうち2名からは好評を得ているではないか。文体に関して言えば申し分ないし、私は「時の家」が受賞すると予想した。
 また、抱き合わせに関して、今回はないと考えている。特に「貝殻航路」は作風が重複しており、この2編で受賞する可能性は低いのではないかと考えた。「叫び」も抱き合わせにするには、対極的であったり、補うような要素があったりはしないので、これも見逃そう。そして「BOXBOXBOXBOX」だが、既に述べたように、受賞は待ちたい。

 ということで私は「時の家」1本で予想します。

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