・タイトル
清楚な悪女の甘え方
・キャッチコピー
<考え中>
・ジャンル
ラブコメ
・タグ
配信 未来 脳破壊 純愛 情緒を乱す 両片思い コメディ バトル
・紹介文
【新感覚】脳破壊系SF純愛ラブコメ
【本編】
ーーー 💀1.清楚系? ーーー
『こんばんは、地球の人々』
彼女の名はアイリス・クロウェールズ。
アバターを用いた配信活動をしている。
『早速だけど、始めるわね』
淡い水色の長髪。
妖しい輝きを放つ薄紫色の瞳。
彼女は全体的に色素が薄い。
そこに透明感のある声が合わさり、視聴者に儚げな印象を与えている。
『地球の人々、今宵も声援を届けてね』
服装は白のワンピース。露出は無い。だからこそ、特徴的な胸部装甲が目を引き付ける。
下品な印象は無い。
むしろ、落ち着いた雰囲気や丁寧な言葉遣いなどが、どこかの姫君のような印象を与える。
清楚という概念が息をしている存在。
それが、アイリス・クロウェールズである。
『慎重に進みましょう』
画面は8対2に分割されている。
広い方には一人称視点の映像、そして狭い方にはアイリスの姿が映っている。
:やっぱ上手いな
:新人の中では断トツ
:かわいい
:どこまで行けるかな?
ぽつりぽつりとコメントが投稿される。
現在の視聴者数は、およそ1千4百人。活動を始めて1ヵ月強の新人ということを加味すれば、非常に優秀な数字だ。
人気の理由はいくつかある。
優れた容姿、清楚なキャラクター性、安定感のある腕前。
そして、
『クリアです。本日はここンァッ、ちょっ、待っ、ダメ──』
これである。
彼女は定期的に「これ」をやる。
:え、なに、どゆこと?
:配信切れた?
:待って。頭が追い付かない
初見組のコメントが飛び交う。
そして無音のまま1分が経過した。
:流石に長くね?
:最後の声、なんかエロかったな
:これ、つまり、そういうこと?
視聴者達の思考が「答え」に向かう。
それを見計らったかのようなタイミングで、ブチッとノイズが走った。
『お願い。今はやめて』
:おいマイク入ったぞ
:誰かと話してるっぽい?
『後で相手にするかングゥッ!? そこ、ダメ、弱いとこ──』
:これ完全に……
:ごめんもう無理
『待って、マイク──』
再びノイズ。そして無音。
コメント欄は阿鼻叫喚の様相を呈していた。その勢いは時間と共に失われ、やがて枯れた。
瞬間、映像が切り替わる。
そして何事も無かったかのようにアイリスの姿が映し出された。
背景からどこかの部屋に居ることが分かる。彼女は机に頬杖をつき、愉快そうな目をカメラに向けていた。
『戻りました』
:おかえり
:舞ってた
:今日もナイスでした
:脳が震えた
『ふむ』
アイリスは考え込むような声を出す。
『喘ぐ前の同接が1千と4百ほど』
:喘ぐ前で草
:清楚どこいった?
:俺の隣で寝てるよ
『現在の同接が九百』
:千割ったか
:減り過ぎw
:てか今回は元が多くね?
:集めた甲斐があったわ
『新記録かしら~!』
:出た
:高笑いをするお嬢様のポーズ
:スタッフが三徹したやつ
:このためだけに作らせたモーションすこ
:かしら~٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
『あらためて、自己紹介をするわね』
コホンと咳払いをして、彼女は言う。
『こんばんは、地球の人々。私は冥王星の第一王女、アイリス・クロウェールズ』
最初の清楚な挨拶とは違う。
その声には、他人を陥れることを喜ぶ悪女のような響きがあった。
『私の目的はただひとつ。復讐よ』
彼女は言う。
『知っての通り、冥王星は惑星連合から一方的な除名処分を受けました。その結果、冥王星の人々は理不尽な扱いを受けています』
彼女は力強い声で言う。
『海王星のクソ猿どもが!』
:海王星に対する熱い風評被害
:クソ猿w
:今叩かれた机になりたい
『故に私は誓ったのよ。惑星人どもの脳を弄ぶのだと』
:最高
:もっと弄んでくれ
:あぁ~^^
『今宵は五百個! 最高の気分かしら~!』
:かしら~٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
:かしら~٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
:かしら~٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
:何この一体感
:既に脳を破壊された者達だ。面構えが違う
『下僕ども、感想を聞かせて頂戴』
:ぶひぃぃぃぃ!
:脳が破壊されました
:まだぬるい
:最近これ快感になってきた
:はかどる
:コメント上級者ばっかで草
──以上が人気の理由。
強いストレスは脳にダメージを与える。これは、うつ病などの症状を引き起こす。本来なら避けるべきなのだが、稀に、そのダメージに快楽を覚える者が存在する。
とある界隈では「NTR」というジャンルが圧倒的な人気を得ている。脳に対するダメージを快楽だと考えるのは、一般的な性的嗜好だと言えるのかもしれない。
「……さっぱり理解できないな」
だが、少なくとも俺には理解できない。
フィクションとして楽しむ娯楽だと考えればギリギリ許容できるのかもしれないが……俺にとって、これは娯楽などではないのだ。
ーーー 💀2.さよなら ーーー
俺の名前は|砂田《すなだ》|理人《りひと》。
アイリス……|黒江《くろえ》|愛梨《あいり》の幼馴染である。
彼女は外面が良い。清楚で品行方正な人物に見える。だが、実は他人が苦しむ姿を見て喜ぶ悪女なのだ。
彼女の本性を知った上で、それでも好意を抱く者が存在するならば、それはきっと特殊な感性を有した人物に違いない。俺のことである。そうでなければ、こんなにも面倒な活動に手を貸したりしない。
「……来たか」
特徴的な足音が聞こえた。
まもなく彼女が事務所に戻るだろう。
俺はパソコンに集中する。
べつに、君のことなんて気にしてませんけど、というアピールだ。
数秒後、ドアが開く音がした。
チラと視線を送る。そして俺は──思わず二度見した。
「それじゃ、俺はここで」
「日々のご支援、心から感謝いたします。今後とも、是非」
「お礼なんて要らない。俺が好きでやってることだから」
……は?
「もちろん、対価は貰うけどね」
「……当然の権利でございます」
愛梨と共に現れたのは、トリ……鳥居さん。
輝くような金色の髪と、透き通るような蒼い瞳を持った長身のイケメンである。
「じゃあ、またね」
彼は軽薄そうな笑みを浮かべ、ひらひらと手を振りながら出口へ向かった。そして事務所を出る直前、俺を一瞥してニヤリと口角を上げた。
パタ、と静かにドアが閉まる。
事務所には一時の静寂が生まれた。
「彼、本当に良い人だよね」
その声を聞き、背筋が震えた。
俺には分かる。これは、彼女が玩具を前にした時の声色だ。
「ねぇ、リヒト。対価って、なんだと思う?」
俺は事後処理を再開した。
忙しいから話しかけるなアピールである。
「私、イタズラされちゃった」
「っ!?」
「あはっ、ビクッてなった」
やめろ。反応するな。喜ばせるだけだ。待て。やめるな。彼女が喜ぶならば、俺は進んでピエロになるべきだ。違う。バカ。そういうところだぞ。
「リヒト」
耳元、囁くような声。俺の思考に空白が生まれる。そして不純物の消えた真っ白な世界に、悪女の吐息が入り込む。
「聞きたい? 私が何されたのか」
俺は咄嗟に息を止めた。
全身に力が入り、手元にあったキーボードから大きな音が鳴る。
「あはっ、身体は正直」
彼女は床に膝をつき、机に頭を乗せる格好で俺を見た。
「……」
そして計算された無言。
彼女は俺が最も動揺する術を心得ているのだ。
俺は一度、呼吸を整える。
それから意図的に彼女を視界から外して仕事を再開した。
「ふーん、無視するんだ」
彼女は拗ねたような声を出して、俺の頬を軽く抓った。
俺は心拍数が急上昇するのを感じながら、どうにか平静を装って言う。
「見ての通り忙しい。後にしてくれ」
「それ、私よりも優先すること?」
ああ、良い。めんどくさい彼女みたいな台詞だ。
もちろん俺達は幼馴染以上の関係ではないのだが、脳内で補正することはできる。そして彼女が俺の扱い方を知っているように、俺も彼女の扱い方を知っている。
「配信データを元にアバターを最適化してる。これは愛梨の為の仕事だ」
「ふーん、そうなんだ」
彼女の視線が画面に向かう。
「可愛くしてね」
「前向きに努力するよ」
彼女は自分以外を優先されると拗ねる。しかし「彼女の為」という理由を付けると納得することが多い。もちろんダメな時もある。違いは分からない。さて、どうやら今回は納得してくれたようだ。
その後、しばらく彼女は無言だった。
俺は黙々と仕事を続ける。この距離で見られていると緊張するのだが、専業主婦になった彼女が夫である俺の仕事に興味を持っている状況だと考えたら、悪くない。
「ねぇ、まだ終わらないの?」
数分後、彼女がぽつりと言った。
俺は仕事を続けながら返事をする。
「先に帰っても大丈夫だぞ」
「何その言い方。リヒトのくせに生意気」
再び頬を抓られた。
俺は溜息を吐き、彼女の機嫌を取る。
「ありがとう。一緒に居てくれて嬉しいよ」
「そうよ。噛み締めなさい」
彼女は軽く息を吸い込む。
そして、また俺の耳元で囁いた。
「私と一緒に居られる時間、あとちょっとかもしれないんだから」
俺は思わず仕事の手を止めた。
しまった。そう思った時にはもう遅かった。
「……」
恐る恐る目を向ける。
彼女は恍惚とした笑みを浮かべ、俺のことを見下ろしていた。
「先に帰るね」
彼女は嬉しそうな声を出すと、俺に背中を向けた。
その背中が遠ざかる度、追いかけたい気持ちになる。ここで呼び止めなければ二度と会えなくなるかもしれない。そういう気持ちになる。
俺は唇を嚙み、感情に蓋をした。
これは計算された行動だ。彼女は、俺が動揺する様を見て楽しんでいるだけだ。
「愛梨」
結局、俺は彼女を呼び止めた。
「また明日」
彼女は振り返る。
それはそれは愉しそうな目をしていた。
「不安になっちゃった?」
「べつに、俺は普通に挨拶しただけだ」
俺は溜息まじりに言った。
彼女は口元に手を当て、三日月のように目を細めて言う。
「さよなら」
その言葉を残し、部屋から出た。
「……」
静寂。それが俺を不安にさせる。
もしかして、今の言葉、本当に最後の……とか思ってしまう時点で、俺の負けだ。
「集中しろ」
仕事を再開する。どうせ俺には何もできない。彼女の言葉がいつもの冗談だと願う程度が関の山だ。分かってる。だけど心が乱される。そして彼女は、これを計算してやっている。我ながら厄介な悪女に恋をしてしまったものだ。
「……何もできない、か」
呟いた言葉に深い意図は無い。
ただ純粋に、何もできないのは嫌だと思っただけだ。
──これが俺と彼女の日常。
幼い頃から何度も似たようなことを繰り返している。
俺は、この関係を変えたいと思っている。
彼女に弄ばれるだけの存在を脱して、あわよくば結婚したい。
そのために俺は……。
「とりあえず、これ終わらせるか」
溜息ひとつ。今度こそ仕事に集中する。
その後、俺はデータを睨みながら、深夜まで作業を続けたのだった。
ーーー 💕3.好き好き好き好き好き好き ーーー
「ただいま」
愛梨は誰も居ない部屋に挨拶をした。
それから疲れた様子で靴を脱ぎ、真っ直ぐ浴室へ向かう。
およそ一時間後。
パジャマに着替えた彼女は、自室で鼻歌まじりにパソコンを操作していた。
「やっぱり、これかな」
呟き、操作を実行する。机の隣にあるプリンターが稼働してA3サイズのポスターを出力した。彼女はそれを大事そうに持ち上げ、机と連結した二段ベッドの上で横になる。それから手を伸ばし、天井にポスターを貼り付けた。
「……好き」
彼女はポスターを見て呟いた。
「……好き。好き」
ポスターには、苦悶の表情を浮かべた幼馴染の姿が描かれている。
「好き好き好き好き好き好きぃ♡」
要するに、そういうことである。
彼女は理人のことが好きなのだ。
ただし、その感情は歪んでいる。
彼女は理人の喜ぶ顔を見るよりも、苦しむ顔を見る方が好きなのだ。
「リヒト、今頃は私のことで頭がいっぱいだよね」
彼女は厳しい家庭で育った。普段の清楚な振る舞いは教育の賜物である。しかし、彼女の中には「甘えたい」という感情があり、時間をかけて歪みながら肥大化した。
きっかけは、風邪を引いて寝込んだ時。
普段は厳しい母が優しくなった。また、普段はそっけない父が自分を気にかけた。そんな両親の心配そうな顔を見て、彼女は目覚めた。
彼女は次のように考えた。
私の為に苦しんでいる時、その人物は、私のことだけを考えている。
「……はぁ、好き。好き。好きぃ♡」
結果、彼女は特殊な甘え方をするようになった。
もっと私を意識して欲しい。私のことだけを考えて欲しい。そんな独占欲にも似た感情を表現する方法として、彼女は想い人の情緒を弄び続けている。
決して彼女に嗜虐趣味があるわけではない。
寂しいとか心細いとか感じた時、うっかり理人を弄んでしまうだけなのである。
「次、どうしようかな」
彼女はうっかり計画を立てる。
より強く、より強烈に、想い人が苦しむ顔を見るために。
「決めた。楽しみだね。リヒト♡」
彼女は恍惚とした表情を浮かべ、自らの唇に触れる。そして微かに濡れた指先を、ポスターに描かれた想い人の唇に押し当てた。
***
ちょっとだけ先の展開。
この後デートして、普通に配信して、血塗れのアイリスが現れて本編突入。