すみません。
先ずは叫ばせてください。
……。
(*」´□`)」>イヤッホォォォォイイ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
――失礼。
取り乱しました。
ということで。
🕰𓂃 𓈒𓏸
夏野梅様より、
【環ノ祝詞 -めぐる季節の祈風譚】に、コメントレビューを頂戴致しました‼️
⛩『和語の美しさと色を楽しむ、巡る季節の祝詞』
https://kakuyomu.jp/works/822139839191622088/reviews/822139840048893186自己満足だけで書き上げた作品で、
「……たぶん、一部にしかウケないんだろうなぁ……」
とか思いながら公開しましたので、
(まぁ、わたしの作品は殆どそうですが)
レビューの通知が届いたのを見た瞬間、
職場だと言うのに、なんか変な声を上げてしまいまして、周りから奇異の目を向けられました(笑)
自分だけが楽しい一周年記念作品、という感じで、
四季折々を描きつつ、
詩とも歌とも違う、詞を作りたい、
という思いだけで拵えた、四季の祝詞。
呪文とか、魔法の詠唱とはまた違った、言葉遊び。
楽しんで頂けたようで、本当に嬉しいです!
ありがとうございました!
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……で、
もうちょっとだけ続くんじゃ、という感じで、
この場をお借りして、
夏野梅様より本編に頂いたコメントにご返答させて頂くのですが、
Q.
一体どんな本を読んでいるとこんな素敵な祝詞が書けるようになるんですか……!?🥹
ということなので、本人なりに考えてみました答えがこちら。
A.
たぶん『まざあ・ぐうす』(北原白秋訳)。
あと国語辞典とか。
𓂃🎀𓈒𓏸ʚ🎀ɞ⋆꙳𝜗𝜚꙳.*𓂃🎀𓈒𓏸ʚ🎀ɞ⋆꙳𝜗𝜚꙳.*
(以下、敬称略で記載します)
英米で広く親しまれている童謡『マザー・グースの歌』を、北原白秋の独自リズムで日本語訳された一冊。
英語でしか表現できない韻とかリズムを、
日本語でも楽しめるように、氏が再解釈して書かれた作品、という感じでしょうか。
この本が大好きでした。
文字や言葉への楽しみを覚えたのが10歳くらいの頃。
たしか夏休みの宿題で出された読書感想文が、その年、やたらスムーズに書けたんです。それまで本を読むのも文を書くのも嫌いだったのに。
それがきっかけかなと思います。
その頃から小説(児童文学)と並行して、国語辞典も毎日読みはじめまして、
別の本を読んでてわからない言葉が出てくる度、辞典を開く、そしたら類語とか近隣のページとかもつい読んじゃったりしながら、また本を読む、の繰り返し。
なんなら辞典だけをずっと読んでる時も多々ありました。
当時はまだインターネットなんて便利なものは、一般に出回っておりません。
(そもそもパソコンさえ一部のマニアくらいしか持ってなかった時代です)
調べ物もGoogle先生で一瞬という訳にも行きませんでしたし、況やAI先生をや、という時代でしたから、
知識欲を満たすには、ひたすら本を読むしか無かったというのもありますけど、
その中で、
この本は読みやすい、なんでだろう?
難しい言葉も多いけど意味が伝わる、むしろその言葉(単語)でしか伝わらない気がする、
みたいなのを、自然と学べたような気がします。
んで中学に上がる頃になると、普通に小説も沢山読むようになりまして、
特に、宮沢賢治、立原えりか、眉村卓、広瀬正あたりをずっと読んでましたね。
あとロードス島戦記とか。
(未だに我が家の本棚に並んでます)
そしたら自分でも文字を書きたくなるのがやはり世の常、人の常ということで、
自分で小説とか詩とか書いて、ノートにしたためるようになってました。
国語辞典がお友達なのはこの頃も同じですね。
語彙の取捨選択力や引き出しは、この辺りでぐっと増えたんじゃないかなぁ。
更に学生時代は、歌詞のようなもの(当時の流行の歌を真似たような、今読むと他人様にはとてもお見せできない代物ですが、笑)もガンガン書いてましたので、
一定のリズム(メロとかサビとか)に文字数を合わせたり、音を重ねて響きを合わせる、つまり韻を踏ませるなどは、この頃に意識するようになったと思います。
そうやってわたしの文体がだんだん形になっていったのかなと。
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……まぁ、年寄りの回顧録なんで、
多分に思い出補正とかありそうな気もしますけど。
たぶん、こんな感じです(笑)
ご期待に添えておれば幸いでございます。
では🫠