「……て! 起きて!」
「……ん? ここは……」
私は聞き覚えのある声に起こされて目を覚ます。
私はどうやら床に寝ているらしい。
(体が動かない……?)
私は起きあがろうとするが、体が動かなかった。どこか怪我でもしているのだろうか。
「チッ……もう来た……!!」
来た? 何が?
私は視線だけを動かし、声の方を向く。そこには、
「腐った神が……私の友達には、手出しさせない!!」
「ほう? 威勢がいいな。気に入った」
「あ……リズ……?」
「ノア!!」
親友であるリズと、宙から私たちを見下ろしている男がいた。
(そうだ……私は……)
そうだ。私たちは、戦争をしていたのだ。
いや、それは戦争なんかじゃなかったのかもしれない。
とても戦争と呼べるようなものではなかったからだ。
なにしろ、その相手は……
「まぁ威勢がいいのは面白いが……神であるこの我と戦えると思っているのか? 道具如きが?? ハハハハハハハ!!」
神を名乗る者だったのだ。
「道具だと……? 神だか何だか知らないが、これ以上私たちを侮辱するな!! 私たちには、自由がある!」
リズはキュライアを片手に、神に向かって咆える。
「ないが? 道具と使用者では、絶対の壁がある。貴様らは我に使われるしか能がないのだ。違うか?」
現に今、神たちは数人に対し、私たちは数百人で挑んでいた。なのに、神達には未だ傷ひとつ付けれず。もはや壊滅と言っていい状況だった。
(私の足が……ない? それに、全身の骨も折れている……)
私たちは悪魔族である。この程度では死なないが……死んでないだけだ。
「うるさい! いきなり襲いかかってきて……プライドも何も持たない奴が! 神なんて名乗る資格があると思っているのか!?」
「資格? ……ハハハハハハ!! 我は神である。資格も何も、それが現実なのだ。それ以外に何かが必要か?」
なんて奴だ……ある日急に空から人が現れたと思いきや、そいつらは私達の仲間を拉致しだした。
それも、一人や二人ではなく、全員を連れ去るつもりだったようだ。
「おま、えは……!」
「む? まだ生きているのか死に損ない。おっと? そういえば貴様……姫だったか?」
神は私の言葉に反応し、こちらに目を向ける。
「……よそ見とは舐めすぎだな!!」
その瞬間、地上にいたはずのリズが、弓に近い形の近接武器……キュライアを引き絞って、神の背後に現れた。
(リズ……!)
リズが全力で神の頭を吹き飛ばす。
──はずだった。
「ほう……? 舐めているだと?」
「な──グァッ……」
「──!!」
突然、リズの首が地上に叩きつけられる。
確かに神に攻撃を当てたかに思えたが……逆に、背後からやられていたのは、リズだった。
「──リズ!!!!」
「ノ、ア……」
私はまともに動かない体を無理矢理にでも動かして、リズに近寄ろうとする。
たとえ悪魔でも、首を飛ばされてしまえば長くはもたない。
「どうし、て……どうしてこんなことになったの……!!」
私は、涙を流して親友の方を向く。
そして──息を飲んだ。
「なん、で……」
親友は、笑っていたのだ。
首だけになっても、国が落とされようと、笑っているのだ。
「ふむ……理由はあるが、貴様らは関係ない。貴様らは運が悪かっただけだ。」
神が降りてきて、私の呟きに勝手に返事をする。
「ふざ、けるな……」
私の言葉に、神は眉をひくつかせた。
「我がふざけているだと……? それは聞き捨てならな……」
「ふざけるな、リズ!!」
「……?」
私の言葉にリズはやはり、笑みを持って返した。
「同胞がこんなにされて、目の前で無残に殺されて、国が焼かれて!! 気でも触れたかッ!! そんなにやわな奴じゃないでしょ、リズ!!」
私の本気の怒りに、リズは一瞬驚いたような表情を見せたが、一瞬後には再び笑って見せた。
「ふざけるなよ……リズ──」
「ノ、ア……私はふざけて、ない……」
「……!」
神は面白そうにこちらを見ている。その間に、他の仲間たちは全滅してしまったのだろうか。3人の神が勢揃いしていた。
「終わったの、ノア……。いつかは私たちは滅びる運命よ。そんな至極当然なことで、なんで泣いてるの……」
「お前……ッッ!」
私は腕の力だけでリズの近くに這って移動する。
そして、彼女の髪を掴んで問い詰めようとして──
息を飲んだ。
リズも、泣いていたのだ。
「悔しくなんかないよ、ただ、その日がっ、ちょっと、早くなった、だけなん、だもんっ……」
「何を言っているんだ……リズ! 本当なら、私たちは!」
泣き叫ぶ私を、リズは頭を振って静止する。
「そんなこと言ったって意味ない……私は、いつ来るかわからない最期をあなたと一緒にいられて、嬉しい……」
「リズ……??」
「神なんかの思い通りに、ならないで……」
リズは、この状況で、どうしようもないとしって、絶望した訳ではなかった。
むしろ、この状況で、神に最後まで抗おうとして笑っていたのだ。
「最期に笑えないくらい、価値のない人生だったとは思わない!!」
「リズ──!」
私は、笑った。無理矢理だが、止められない涙を流したまま、笑った。
今の私の顔は、史上最高に歪んでいて、汚かっただろう。
だが、側近でもあり、私が生まれた頃からの親友であるリズは、私に笑いかけながら言った。
「やはりノアは、、笑顔が1番だね……可愛いよ、ノア……」
私は、溢れ出る様々な感情のまま、リズの頭を抱き締める。
「リズ……」
「ありがとう……もっと、こうして貰えてたら……嬉しい……な……」
「……リズ!! リズ!!」
頭が冷えてきている。いや、これは……
「リズ……」
その瞬間だった。
シュドンッ!!
「え──」
「クハハハッ! 統一神さんよおっ! 中々面白かったが……あの濁った女……つまらなすぎる! これ以上目を汚されないように殺ってやったわ! 文句はないですよな!?」
「ふむ……」
神のうちの一人が放った光線が、リズの頭をぶち抜いたのだ。
穴のところから、既に死んでいたリズの頭が腐食していく。
「あああああああ! リズ!! リズ!!!!」
「まあ、どうせ死んでいた。中々面白い《寸劇》であったことも事実だが……文句などない。さっさと片付けて準備するぞ。」
「そうでうね。それがいいでしょう、我らが統一神──」
「クハハハッ! ならさっさと……死んでもらうか!」
緑の神が再び光線を放った。
反応すら許されない一撃は……私の肩を貫いた。
「クハハハ! どうだ、お前はもう……」
強烈な痛み。体をズブズブと溶かされていく感覚。
だが、私の中では、そんな痛みよりも強烈な感情が渦巻いていた。
(なんだ……よけた? いや、動いてない……外したのか? この俺が?)
他の神たちも疑問に思いだしていた。
まさか神である自分達が攻撃を外す訳ないからだ。
「殺す……!!」
私は腕の力だけで起き上がり、神を睨む。
自分の中で、何かが弾ける音を聞いた。
「おい……待て! なぜ“神の結界”のなかで魔法が使える!!」
「異常だ……! おいアシド! 一旦引け──」
神の頭らしき神の言葉に、アシドと呼ばれた緑の神が答える。仰向けになった私が両手を突き出すと、そこに見たことのない魔力が凝縮されていく。
それはまるで、大気が、地面が、そして散った仲間が力を貸してくれたかのようにさまざまな光と膨大な魔力を孕み、この空間を軋ませる。
「はっ、俺様が悪魔の魔法如きに怯むだと!? あんたでもそんな侮辱は許さねぇ!! 発動する前に消してやる!!」
アシドは、リズを殺した腐食の光線を溜める。
その数は……100。
「クハハッ! 恐怖しろ!! 死ねっ、“カース──」
「アシド!!」
今の今まで、余裕の表情一つで悪魔の村を壊滅させた神の頭が、焦ってアシドの名前を呼ぶ。
が。
それは、致命的なまでに遅すぎた。
「お前だけは……ユルサナイ……!!」
凝縮されていた魔力が、いつの間にか広がって、全ての光線を飲み込んだ。
「──!?」
「“オリジン……マター”!!」
閃光が爆ぜる。
この世の全ての色が混ざったように収縮され……解き放たれたのは“無色”。
“無色という色”が、光線もろともアシドを飲み込んだ。
カッッッッ!!!!
「ぐ……アアアアアっ!」
暫し光が空間を包み込み……
晴れた先には、身体中がボロボロと崩れ落ちてゆくアシドの姿があった。
神たちが息を呑む。
「馬鹿なッッ!? 神の魔殺陣が破られただと!?」
神たちは、手っ取り早く制圧するために、魔法が得意な悪魔族に対して魔法を封じる結界を敷いていたのだ。
だが、魔力が流れたことからして、明らかにノアは魔法を使った。
「……。」
ノアは歯を食いしばって点を見上げる。
自分達の力に絶対感を持っていた神たちは、初めて味わうことになる“痛み”を想像し、恐怖で動き出せずにいた。
ただ、たった一人を除いては。
「……っ」
「落ち着け。神ともあろう我々が何を動揺している。」
統一神と呼ばれた神達のリーダーは、全ての者の認識外の速度でノアの頭を吹き飛ばしていた。
「何の小細工か知らんが……そう易々と打てるものではないことは火を見るよりも明らかだ……違うか?」
統一神はゆっくりと辺りを見回す。
「す、すげぇ……」
「同じ神なのに見えなかった……」
いくら悪魔といえど、頭部無くしては生きることなど到底不可能だ。
「今回は無様な、神の恥晒しが見つかったな……。早く帰って、処分しよう」
統一神はそういうと、ノアの上半身とアシドの残骸を持って空へ向かう。
「ぅ……ぁ……」
一向に治る気配のないアシドの傷は、どう見ても傷の範疇ではない。だが、しぶとくもアシドは生きているようだった。
「恥が……お前のせいで決着をつけねばいけなくなった。折角の逸材だったのに……」
統一神は暗黒の空間に、まるでゴミを捨てるかのようにアシドを投げて閉じる。
「まぁいい。最低限、“コアとなる”心臓部は採取できた。……あと少しだ。」
統一神はそう呟くと、神達を集め“準備”に取り掛かるのだった。
「精々足掻いて見せろ、人間種」
地球に突如神達が現れたのは、それから間もない頃だった。