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新作3・4話

2と1/3章『酒神の宴一日目(とある半グレの場合)』

 歌舞伎町に位置するマンションの一室。
 木枯という男は苛立っていた。
 逆立てた灰色の髪、鋭い三白眼。端正さを打ち消すような、暴力性に満ちた凶相。ハイイロオオカミのような男だった。ガムを乱暴にくちゃくちゃと噛み、自らのクロコダイル柄のジャケットに、執拗に消臭スプレーを振りかける。

 彼の革靴の下で、坊主頭の男が血を流しながら呻く。肩を貫くように深々とドライバーが突き刺さっていた。

「くせえなーー。タバコくせえ。おまえ、くせえわ」
「ぐぅう、うう」
「くせえ奴は弱いよ。よえーー」

 木枯はつま先でドライバーを蹴った。男はあまりの苦痛に悲鳴をあげることすら出来ず、目を剥いて奥歯を強く噛みしめる。目の前で繰り広げられる惨劇に、手足を縛られた女がガクガクと震える。

「おまえ、ツイてないな。俺が面倒見てる店の女攫うなんて、本当にツイてねーー」

 木枯はそう言いながら、ガムを男に吐き捨てた。

「いつの間に、ここに」

 男は荒く息をしながら木枯に問う。木枯は奥歯まで見せるような、不気味な顔で笑った。

「わからないだろ。くせー奴にはわからねーよ。まぁでも、そうさな。出会うまで、俺は見えない」
「噂は……本当だったか」

 木枯。大手暴力団幹部の息子、と言われている。司法を恐れぬ強い暴力性により、近年の歌舞伎町から失われた「用心棒」という概念を復活させた男でもある。
 この木枯が持つ唯一無二の特徴。それは「見えない」というものだった。特徴的な外見をしているはずなのに、知り合いでもない限り、目の前にいても認識できない。そんな妙な特徴から、不意に現れる恐怖として怪異のように扱われていた。

 警察はもちろん監視カメラなどの映像からその存在を知っているし、詳細な人相も把握している。だが、現場の刑事が認識できないのだ。結果、木枯は逮捕されることのない真実無敵の人と化していた。

「オレの噂を聞いた上で、女攫ってんだもんなーー。おもしれえよ。で、答えろよ。何が目的だ?」

 木枯はさして期待していない表情で、男の腕を踏み折る。鈍い音が響いた。人体が破壊される生々しい音に、攫われた――木枯に助けられる側の女が、怯えの色を強くする。

「まぁ、答えにくかったら答えなくていいわ。そっちのが面白いしなーー」

 そう言いながら、木枯はもう片方の腕に足を乗せた。完全に、壊すことを楽しみ始めている。

「まて、待ってくれ! 話す、ダンジョンだ! ダンジョンのことなんだ!」
「ああん?」
「し、知ってるか、ダンジョンのこと」

 男は脂汗を流し、真っ赤な顔で言う。体中で炎症を起こし、発熱が始まっていた。

「最近噂になってんなーー。で、与太話がどうした」
「この女が、ダンジョンに入る鍵だ」
「ほう。ほうほうほうほう」

 木枯は天井に視線をやりながら、数秒間言葉を咀嚼する。

「なるほど? ふざけてんのかてめえ」

 硬いつま先が男の顔面にめり込んだ。鼻が変な方向に曲がる。男は鼻血を吹き出しながら、顔をくしゃくしゃにして涙を流した。

「ぼ、ぼんどうのはなじだ! ダンジョンにばいるにば、『資格』を持づ女がいる!」
「なら本当かーー。詳しく知りたくなってきたかもしれねえ」

 木枯は囚われていた女の拘束を解いてやると、散々痛めつけられた男を、軽々と肩に担いだ。自由になったはずの女は、腰を抜かして立ち上がれない。それを視界に入っていないかのように、木枯は振る舞う。

「じゃあ、事務所で詳しくお話しようかーー。楽しめたら優しくしてやるよ」
「こ、これ以上やるのか」
「くせえ。喋んな。あーー、くせえ」

 木枯はドアを蹴り開け、部屋から出る。時刻は正午。近くの牛丼屋から空腹をくすぐる匂いが流れてきた。木枯は自分と男に、片手で消臭スプレーを振りかける。

「あーやだやだ。匂いは気配だからなーー」
 木枯は苛立っていた。






2と2/3章『酒神の宴一日目(とあるホストの場合)』

 看板の光に照らされた夜の歌舞伎町を、三人組がのんびりと歩く。時刻は二五時を過ぎた頃。歌舞伎町の夜空は人工の強い光に照らされて、黒と白が混ざっているのに灰じゃない、不思議な色をしていた。

 三人組の真ん中を歩く小柄な男が上を見上げた。
 青空快晴は、青空を見たことがない。

「秋葉ちゃん、何食う?」

 快晴は小柄な体、真っ赤でふわふわとした髪型、かわいい系の顔立ちというルックスを、サンローランのタイトなファッションで武装したホストである。生意気そうな顔を傾け、隣を歩く大柄な男に話しかけた。

「なに食べるー?」
 隣を歩く地雷系ファッションの若い女の子が、それに便乗した。

「なんで僕が決めなきゃいけないんですか?」
 秋葉と呼ばれたのは、刈り上げた短い黒髪と、鍛え抜かれた長身を持つ精悍な男だった。真面目さと厳しさが同居した顔つきは、快晴のような浮ついた男とつるむには不似合いである。

「当たり前やろ。俺もみょんこもあんま食わへんし。秋葉ちゃんデカいからめっちゃ食うやろ」
「デカいから食べるは偏見だ。普段はゆっくり食べる時間がない。カップ麺ばっかりだ」
「何食ってんの」
「ペヤング超大盛り」
「アメリカから来たんか?」
「出身は神奈川だ」
「へー、みょんこと一緒!」

 快晴の腕にしがみつきながら、女の子がへらへらと笑った。無邪気な様子に、秋葉は困ったように眉を寄せる。

「誇れ、秋葉ちゃん。一緒やて。よかったな」
「よかったねー」
「お、おう……?」

 秋葉は不思議そうに首を傾げた。何が楽しいのか、みょんこと呼ばれた女の子はケラケラ笑い、厚底のスニーカーを振り回すように足を上げた。ぺかぺかの黒い合皮が、安っぽく光を反射する。

「この辺で食事ってどこ行けばいいんだ? こんな時間でもやってるのか」

 秋葉は無骨なカシオの腕時計を見た。時刻は日付をまたいだ一時を示している。

「せやなぁ。中華とラーメン、そば、定食、海鮮。あとは、そうめんやら雑炊にインドカレーってとこやな。居酒屋と焼き鳥もあるで」

 快晴は指折り数えるが、途中から全く数が合っていない。結局四本しか指を折らずに、満足げに頷いた。

「秋葉ちゃんの居心地悪ければ、ここから歌舞伎町を出てもかまへん」

 指さす先は区役所通り。靖国通りから、無数のタクシーがこの繁華街に出入りしていた。

「出るか」
「秋葉ちゃんの言うとおりってな」
「今日の主役だねー」

 秋葉は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
 区役所通りは、歌舞伎町という魔境と、靖国通りという表を繋ぐ道。だが真夜中になると、もっとも今の歌舞伎町らしい姿を見せつける。

 けたたましく音を奏でる、ホスト広告の電光掲示板。気怠そうに立ちながらも、通り過ぎる男性に向けて声を張るガールズバーやコンカフェの女の子。それと、一〇年間で急速に数を増した黒人キャッチだ。

「ヘイブラザー。楽しんでる?」

 三人の前に黒い拳が突き出された。警戒するように、秋葉が身を引く。

「ただのキャッチや。グータッチは無視してスルーでええ」
「いや、違法行為だろ。ただ声を出すのと違って、通行の妨害だ。迷惑防止条例に違反している」

 秋葉がジャケットの懐を漁る。その手を快晴が押さえ、小さく首を振った。

「手帳出してもどうにもならんで。こんだけ巡回やっとる街で、一向に減らないどころか増えてるんや。意味を考えや」

 二人のやり取りを見たキャッチが真っ白な歯を見せる。

「なにー。ポリスマン? どこのひと?」
「……杉並だ」
「スギナミ。ワタシの故郷より遠いよ」

 まだ若く、ボクサーのように引き締まったドレッドヘアの男は、何が面白いのかゲラゲラと笑った。

「どこやねん」
「新宿生まれ新宿育ちの純ジャパよー」
「うっそだぁ」

 みょんこが笑った。その袖を快晴が引っ張る。

「あかん、無敵のギャグや。ツッコんだ方が負けや。逃げるぞ秋葉ちゃん!」
「えぇ、いいのか?」
「色んな意味でギャグが強すぎるわ!」

 足早に離れる三人を、キャッチの男は生暖かい笑顔で見送った。
 靖国通りまで出てから、なんとなく三人は西武線の方に向かって歩みを進める。

「なぁなぁ、秋葉ちゃん」
 快晴が少しだけ背伸びをするように、上を向きながら秋葉に囁いた。
「なんだ?」
「さっきの黒人、痩せてたな」
「痩せてたというか、鍛えられた体だった」
「ありゃ金あるで」
「そうなのか?」

 秋葉は不思議そうに快晴を見た。

「そうや。貧乏人は炭水化物と油しか食えんからな。腹がぽっこりしよる。まだ若い――新参のはずなのに、金があるのは変やな。ああいうのは、歴が浅いほど絞られるはずや」
「なんの話ー?」

 みょんこが快晴の腕を引く。快晴はおどけた調子で笑った。

「どっかに一億円くらい落ちてへんかなって」
「欲しいねー。一億円拾ったら、快晴に九〇〇〇万円使ってあげる」
「全部使えや」
「こわ」

 急に低くなる声に、みょんこは口をへの字に曲げた。それから、不思議そうに鼻をひくひくさせる。カラオケ屋の店前、鏡のように磨かれた金属の柱を前に立ち止まった。

「なんか、変な匂いするかも」
「そう? わからん。どんなん?」
「うーん、なんかね。正露丸みたいな匂い!」
「よう知っとるなー」

 快晴は感心したように、みょんこの頭を撫でた。

2件のコメント

  • これは面白い
    キャラが生き生きしてる

    なめこさんの書く
    上品ではないギラギラとした危ない世界
    そこに存在してるキャラ達の生き様
    やっぱ好きだわ
  • 読んでくださり、ありがとうございます!!

    やっぱ自分の路線はこっちかもしれないです……!
    ちょっと汚い感じというか、スレた感じの方向性といいますか。

    あと1話だけ公開しましたm(__)m
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