※全体解禁しました
走る、走る、疾走る。
「はっ、はっ、はぁ!」
しゃがむ。
背後から迫っていた影が掠める。
最新の建築技術で作られたはずの壁に爪痕。
《《三本の宇宙構造物が繰り出した傷跡が刻まれた》》。
「”ドク”! ドク! 聞こえてる?!」
『聞こえて__る!』
走る、走る、耳に当てた通信機から聞こえる声に叫び返す。
「なんなのあのカード!?」
『わからん! 私も知らないカードだ!』
「それってレガシーってこと!?」
『不明だ。しかし複数あ__ ̄ザザ』
「ドク? ドク!」
『_ ̄ザともザ――彼の_もザザザ――』
通信機からの雑音、そして音が途切れた。
なにかあった!?
そう考えた瞬間、後ろから気配。
「ッ」
踏み出していた爪先に集中した力を溜めて、高く跳ぶ。
跳躍。
グルンと回る。
先生(マスター)のように無駄なく、丹田から力を込めて廻る。
夜空、星、月、そして膨らんだ闘麗装(ドレス)の裾、自分の爪先。
「ふぅ!」
着地。成功!
息を吐きながら振り返る。
「……しつこいっ!」
振り返った先にあったのは立ち並ぶビル群。
夜間消灯の敷かれたものと未だに明るく輝く光の塔、巨大な壁に覆われた町並み。
もう見慣れた世界の夜景。
けれど、そこに見慣れないものがいた。
「ケケケ、逃げ回るだけか?」
美しく輝く満月を汚すように佇むのは、姿勢の悪いジャンパー男。
夜更けなのにも関わらず被るオレンジ色のバイザー、合わせたつもりらしいオレンジと黒のメッシュのジャンパー。
日に焼けていないなまっちょろい肌、ダボついたダメージジーンズに銀色のベルト、そして黒いマスクを鼻下にまでずらした意味のない付け方。
「ファイトをよぉ」
本来は高いだろう背丈が、猫背のせいで低く見える姿勢で。
「ファイトをしようぜぇ! お前らの大好きなさぁ、ファイトを!」
「うるっさい!」
鳥みたいに甲高い声を上げる|帽子男《バカ》に叫びながら――機導剣を振り抜いた。
金属音。
迫っていた刃を叩き落とした。
「ファイトしたいなら、出してもいないクリーチャーで不意打ちしてくるな!」
マナーが本当になっていない!
「なんでおゥれぇに気持ちよくワンキルさせねえかなぁ?!! オレのたたーん!!」
バカが叫びながら左手を振る。
真っ黒で、ゴテゴテの趣味の悪いバトルボード。
なんでか虹色に光ってる。
「ドドロー! 色彩をセットしぃ、2コスで”スタロ”を召喚!」
ギラつき光るボードに叩きつけられて、現れたカードを見て、息を呑む。
感じる威圧感となによりも|性能《スタッツ》は。
「2コストで、3/1?!」
「さらにここからぁ記録カウンターを2つセット! +1/+1修正が2つ重なる!」
上昇する。
そのステータスは……
「5/3!?」
「こいつは速攻・貫通を持つ! さらに通常魔法<スパイダーリフト>で、もう一枚の”スタロ”も場に戻すぜ! こいつはコストが2以下なら蘇生する!」
引きずり出されるのはもう一枚の異形。
金属であり、真っ黒に流星のような文様を描かれた――翼を持つ機械。
「場に出る効果でこいつも強化! バトル! 今度こそ死ねよ! 5・5の2つだ!」
「機装防鎧(アームズアーマー)! 機装右腕(アームズライト)!」
手をかざす。
纏う鎧にコスト――|精命力《オド》を流し込む。
「起動(ウェイクアップ)!」
励起。
実体化させた|武装《カード》を維持しながら、息とともに|言葉《コマンド》を吐いた。
「<機装防鎧(アームズアーマー)・獣甲ネメーア>でどちらもブロック! さらにブロックに<機装右腕(アームズライト)・つらぬきの丸剣(スティング)>を加える! 丸剣は【機先】がある!」
「馬鹿が! 1/1の骨董雑魚モンがスタロに効くか!」
「足りないなら増やせばいい――墓地起動!」
左手で指を鳴らす。
「墓地の魔石<ザ・スタンディング>を除外! これは瞬間発動で、クリーチャー1体のパワーを+2する! 右腕を強化、3/1に!」
迫る異形に踏み込んで、機導剣(スティング)を振り抜く。
「星描く翼(スター・ロード)を1体撃破!」
機先にて切り捨てる!
「くそが! もう一体は生き残る! 5点ダメ、全部ネメーアに!」
「装甲(タフネス)3で軽減し、2点受ける!」
衝撃。
纏っていた獣甲が紙くずのように千切れ飛ぶが、歯を食いしばって色彩を回す。
「コスト2支払ってネメーアを【再生】! さらに……ダメージチェック! 色彩、呪言<戦の呼び声>発動! 次のターン、僕の【機装】が1増加する!」
残りライフはわずかだが、まだ生きてる。
まだだ。また戦える!
「ゴミが……! 生き残りやがって……!」
ガンガンガンと苛つくように地団駄を踏む帽子男。
「さっさと死ねよ! なんで死なねえ!! あ゛あ゛!!?」
「死ぬためにファイトするやつなんているもんか……!」
「”いつもみてえに”さっさとデカパイ晒して負けろや!!」
「はぁ?」
なにいってんだこいつ?
あまりのならず者、いやこちらでは変質者? いやならず者でいいやな仕草に、怒るより先に引いた。
「いきなり襲いかかってきて、なんなんだよお前たちは!!」
「うっせ、うっせ、うっせえ! もういいわ」
こちらの問いを無視して、帽子男が趣味の悪いボードを掲げた。
「遊び(ゲーム)は終わりだ。ガチで殺す」
「素直にやられるとでも?」
「ほざくな時代遅れ、型遅れの雑魚デッキが!! メインフェイズ、ツゥー!」
来る。
機動剣を構えて、少しでも息を整えるために吸って。
気づいた。
聞いたこともない音が響いてきた。
「あ゛?」
「なんだ?」
なにかおかしい。
どこから……上?
「なっ!?」
上空を見上げる。
そこにあったはずの満月は、血のように赤く染まっていた。
「月が!?」
ビシビシとなにかが割れる音。
「ちっ、時間切れか」
「なにがお」
帽子男の声に目を向けようとして、それは出来なかった。
眼の前の光景が、歪んでいた。
いや何もかもがぐにょぐにょに歪んで――
「き」
声が出せない。
何も聞こえなくて。
最後に思ったのは。
――会いに行こうと考えていた人のことだった。
◆
走る、走る、走って駆けつけた影があった。
「くそ、どこだ!?」
スピードを殺すようにアスファルトの地面を靴底で滑らせる。
纏った羽織りの裾を翻しながら旋回。
風のように舞いながら、周囲を見渡して、腰だめに鯉口を切った――刀を構えていた。
「どこだ?」
それは少女だった。
文明の明かりに照らされた小麦色の髪、それを結い上げた髪型に、凛々しい目つきを周囲に散らしている。
普段ならば整った顔つきで見惚れるほどの美貌だが、その表情は焦りに歪んでいた。
「はぁ……はぁ、はぁ」
羽織りに覆われた肢体は、普段ならば分かりにくいメリハリの取れた体を汗で吸い付けて、荒い呼吸と共に震えていた。
その少女の側へと遅れて、もう1人人影が追いついた。
「セイラちゃん、はやすぎぃ、はぁ、はぁ」
「お前が遅過ぎる、シャトア」
「はぁ、普通だとおもうなぁ~~!」
赤みのかかった金髪を汗ごと掻き上げて、無数のバレッタで止めた髪を揺らす少女。
シャトアと呼ばれた眼鏡を付けた少女は上を見上げてから、息を整えながら周りを見る。
「いません、ねぇ?」
「何もわからないか?」
「はぁ……何か、スピリットの残滓は感じるんですが」
絵の具で汚れた白衣のポケットを漁り、取り出したのは手のひらサイズの機械端末。
そのライトを付けて眼鏡の少女は掲げた。
「これが一番やばいですね」
ライトに照らされた壁は深い傷跡が刻まれていた。
「人間業じゃないですよ、これ」
カシャカシャと音を立てる端末。
「……さっきまでの連中だと思うか?」
「でしょうね。私たちが襲われたのはあくまでもクリーチャーだけ、でも彼女は」
「わかってる。あの騎士道馬鹿め、1人だけ無茶をしおって……己たちをなんだと思っている」
歯を食いしばる。
羽織りの少女は息を吐きながら再度周りを見渡し……何の音も気配もしないそれに、頭を振った。
「これだけの騒ぎだ。すぐに”テンプル”がくる」
「噂をすればぁーなんか聞こえてくるー」
遠くから聞こえるのはサイレン。
やがてこちらにもくるだろう音に、息を吐きながら……未だに納めるきっかけを掴めない刀を握りしめて、羽織りの少女は呟いた。
「あの馬鹿め、どこに行ったんだ」
「プレア」
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打ち鳴らせ、戦いのゴングを!
打ち震えろ、戦の呼び声に!
これは生き残るための戦いなり!
――戦の呼び声