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★3 1人
小説のフォロワー
1人
「国立小学校への違和感と、モジャ公が教えてくれた未来」
いつの間にかこの作品になんと、フォロワーが。
本当にありがたい。ここで「ありがとう」とお礼を申し上げます。
さて、モジャ公、アニメ版、モモンジャ以前の小学校。
すごくいいよね。
法律違反、人に迷惑をかけない。
これが前提の上でのあの学校文化。
クラブ活動は、子供たちが企画して、学校に許可をもらっての運用。
まだ許可をもらう段階だけど、実質活動が行えるクラブ活動もある。
そして、クラブ活動をやらない子供はなんと、教室で携帯ゲーム機で遊んでいる子供もいる。
もちろんこれも、法律違反、人に迷惑をかけない。これが前提。
そして、ガキ大将が「ピテカン」だからこそ、教室でTVゲームができる。
もし、「ジャイアン」だったら、学校が認めていてもできない。
「ゲームよこせ」取り上げられて返ってこないからね。
今回、フォロワーの人、さらに、「国立小学校への違和感と、モジャ公が教えてくれた未来」
読んでくれた人。自分たちが通っていた、または今通っている学校。
どうなんだろう?
こんな自由な学校、もちろん「法律違反、人に迷惑をかけない」が前提の上での、
あのクラブ活動。あったんだろうか?
少なくとも、俺は経験したことがなかった。
そして、実在するなら通ってみたかったんだ。
本当に、空夫君たちがうらやましかったんだ。
さらに、田尻智氏、松田博幸さんを思わずモデルだと、
思わずにはいられなかったんだ。
もちろんモデルの事実はないけど。
「ヒロキの記憶 ― 孤独と自由の三部作」
どうして、田尻智氏だけでなく、松田博幸さんが、
モデルだと思ってしまったか。
ここを読んでもらえればわかる。
もう一度言っておく。
田尻智氏、松田博幸さん。
この二人が、空夫君のモデルの事実はない。
でもたとえ間違っていたとしてもそう思いたい。
そう思わせてくれる人たちなんだ。
モジャ公の小学校。
どうして、国立だと思ってしまったのか。
1994年の夏休みが近づいた頃。
7月の一週目ぐらいかな。
風邪をひいて、学校を休んだ。
その時に母親と車で病院に向かった。
その時に女の子二人組が道を歩いていた。
もちろん公立小学校は授業中。
その時母親が、私立の学校は終わるのが早いと言っていた。
これがきっかけで、調べていくうちに、国立小学校の存在に気が付いた。
まだ小学4年生の時だった。
それから一年後、1995年。
小学5年生の時に、あのモジャ公が放送された。
「12番目の雨の日」の記憶:ヒロキの物語で書いた通り、
この時の俺はどうなのか、わかるはずだ。
そう、不自由な生活をしていた。
つい最近になってあの国立小学校の惨状を知った。
当然記事の内容は著作権の関係があるのでここでは書けない。
とにかく、まるで「モモンジャ」みたいな子供たちが、
牛耳っていると知った。ショックだったんだ。
あと、ボーイスカウトの子供たちと、制度提案書。
DPLS / S-DPLS 提案書。
どうして、ボーイスカウト版も作ったか?
「家族旅行とポケモン金銀の思い出」
「家族旅行とポケモン金銀の思い出 ~25年後につながった、あの日の記憶~」
あの時の駅での交流できそうで、できなかったこと。
それだけだと思う?
実は、1991年、小学校1年生の時、
ボーイスカウトにいたんだ。
もちろん、夏休みの体験だったけどね。
それもきっかけのひとつなんだ。
そして最終的に、「DPLS / S-DPLS 提案書」が生まれるきっかけの一つになったんだ。
最後に、モジャ公、アニメ版、モモンジャ以前の小学校。
ありそうでないんだよね。すごく残念。
でも、それだけでは終わらせない。
だから、カクヨムに、「DPLS / S-DPLS 提案書」を投稿した。たくさんの人たちに見てもらいたい。
{「その先」を作る――DPLS / S-DPLS 提案書への想い}
これを読んでもらうと、「DPLS / S-DPLS 提案書」が理解できると思う。
以上です。