どうもHaluです。
改訂版が3話まで完成しました。
ただ改訂版とは名ばかりで何もかもが違います。恐らくタイトルも大幅に変わると思います。完全な別物として楽しんで貰えると助かります。
とは言ってもまた書いてる途中で方向性を見失うわけにもいかないのでストーリーの区切りが出来るまでお待ちください。代わりに出来上がってる2話と3話を置いておきます。合計で8000文字くらいあるのでお気をつけください。
ではまた。
2話―――――
生前にプレイしていたゲームの世界に転生して早1週間。俺は授業に出らずにダンジョンに潜って素材集めに勤しんでいた。元々ギルバートが不真面目だったというのもあり強く言われることもない。それに勇者科には他の科目にはない特権がある。
未知のダンジョンを発見したり、踏破することで特別に単位が得られるというもの。ゲームでも再現可能だがこの遊び方をするとヒロインとは交流が出来なくなり、誰のルートにも入らないまま孤独なエンディングを迎えることになる。
だがそんなことは主人公様の話だ!ギルバートには関係ない!既に学校では浮いてる!ヒロイン達を幸せにするのは全部任せる!今の俺は生のアレックスをこの目で拝みたいだけ!
「……おっと、ここだ」
ルンルン気分でダンジョンの内部を進んでいると仰々しい扉の前にたどり着いた。この先に求めてる素材をくれるゴーレム君がいる。
「さてさて……頑張りますか」
両開きで重い扉に力を込めて押し開く。中は白を貴重とした近未来的で広々とした空間になっていた。扉の手前まではただの薄暗い洞窟のようなダンジョンだったのに、この最深部のみがこういう構造になっている。これがアレックスの素材を集めるためのダンジョンである証拠だ。
そのまま部屋の中に入ると扉は勝手に閉まり、それと同時に一番奥に佇んでいた3mくらいはある銀色の人型ゴーレム……というかロボットが起動し始めた。
剣を抜き、大きく深呼吸をする。ゲームとは違い俺自身が体を動かさなきゃいけない。正直それがこの世界を生きる上での最大の難関だったのだが、流石はギルバートといったところだろう。直感的にどう動けば良いのかが分かるし、それに応えるだけの運動能力が備わっている。
とはいえ緊張はする。一歩間違えれば死ぬんだ。何度も味わいたいスリルではない。アレックスを見るという目標が無ければこんな危険なことしてない。
「…………よし。頑張りますか!」
覚悟を決め、俺は夢のためにゴーレムへと挑むのだった。
更に2週間後………
「これで最後!!!」
「お疲れ様っスー!!!」
合計で3週間のダンジョン巡りを終え、ようやく最後の素材をリリーに納品した。なかなかに苦労した解放感から俺達は両腕を上げて喜び合った。この3週間でリリーとはそれなりに仲良くなった……気がする!多分!きっと!
「まさか1ヶ月もかからないとは予想外っス!ギル君に頼んで正解だったス!」
「いやー……それほどでも!」
前よりは片付いているリリーの研究室でこれまでの苦労を語り合った。この3週間リリーも色々と努力してくれていた。曰く商業科に話をつけて工房を借りたり資金提供を募ったのだとか。というかそもそも今は絶賛授業中なわけだが……最早俺達にはそんな事は些細な問題に過ぎなかった。
「後はウチの役目っスね!進捗的に後1週間ってとこっス!申し訳ないっスけど待ってて欲しいっス!」
「いえいえ!まさか1ヶ月で完成するなんて俺も思ってなかったですよ!」
「まぁ!ウチは天才なんで!!」
ゲームの世界ではないから実物の完成までどれくらい時間を要するかというのが気になってはいたのだが、これが単位を捨てた成果ということなのだろう。
というわけで更に1週間後……俺は学園から離れた所にある商業科の工房へとやってきた。体育館ほどの大きさで、外観はただの倉庫。しかし中にはこの世界では最新鋭の道具や機器が揃っており、中心にある円形の机でリリーと見知らぬ大人の男性が話をしていた。あの人が協力者ということだろうか。
「あ、ギル君!こっちっスー!」
「……本当にギルバートが協力者だとはな」
「どうも……」
ハイテンションなリリーとは違ってその男性は俺に訝しげな視線を向けていた。明らかに生徒ではないし……ということは教師?
「紹介するっス!商業科で鍛冶を専門として教えてるソル・グラトニス先生っス!」
「……ギルバート・ヴァーミリオンです。」
「知っているさ。今期の勇者科首席でありながら素行は最悪で最近は授業にすら出ていない問題児だとな」
「………すいません」
事実だけ並べなれると何も反論できない。俺が素直に頭を下げて謝ると先生は「……まぁだが」と話を続けた。
「新規のダンジョンの発見に今回の一件。お前にはこの学園は狭いということなのかもな。それに話に聞いていたよりは落ち着いている。何か企んでいるのではないかと怖いくらいだ」
「企んでなんてそんな……」
「先生!若気の至りってやつっスよ!触れたら可哀想っス!」
「……そういうものか」
ギルバートが荒れていたのを若気の至りと言われればそうなのだが、そう表されると何故だか少しむず痒くなってくる。中学時代の痛いオタクだった俺を思い出すからだろうか。
……いや、今は黒歴史はどうでもいい。リリーからここに呼ばれたということはそういうことだ。一刻も早く実物が見てみたい。
そんな興奮をなんとか抑えながら俺はリリーに呼ばれた理由を一応尋ねることにした。
「それで……つまり、そういうことですよね!」
あまりの喜びに言葉が上手く出てこない。しかしリリーは何を言いたいのかをすぐに察してくれて、「ふっふっふ」と笑いながら工房の奥に置いてあった黒い布が被せられた物体を指差した。
「そう。あそこにアレックスがあるっス!」
「っ!!きたぁぁ!!」
「ガキかお前ら……」
憧れのスーツを前にして子供にならずしていつなるというのか。どうやら大人には分からないらしい。童心を忘れない大人でありたいと強く願う。
「さぁ!お披露目と行くっスよー!」
「おー!」
テンションがぶっ壊れた子供2人は走って黒い布の前へと移動した。そしてリリーが勢い良く布を剥がすと、待ち望んでいたロマンと夢の塊が姿を現した。
「お、おぉ…………おぉ!!」
まずこれを一言で表現するならスマートだ。体の部分には刺々しい装飾は付いておらず、表面は滑らかで丸みを帯びている。胸部には「これがコアです!」と主張する円形の窪みがある。弱点を晒しているようなものだがこれがいい!顔の部分には鋭い目が2つあり、人間でいう耳の部分にはエルフの耳みたいな尖った装飾が付いている。ゲームでは全体的にもうちょっとゴツゴツしていた見た目だったが……気にすることではない!
「超カッコいい…………!」
「本当に最高っスよね……!ちなみに拘りポイントは分かるっスか!?」
「………耳みたいな尖ってる装飾!」
「正解っス!!これ付けるだけで全体のバランスが良くなるんすよ!ちなみに機能はないっス!見た目っス!」
「見た目が一番大事なんですから!カッコいいは正義です!!」
はしゃぎにはしゃぎまくる俺とリリー。確かにカッコいいが気になることがないとは言えない。それは色だ。ゲーム中は確か青色だったはずなのだが今は銀色だ。色付けはこれからなのだろうか。
「…………色が気になってるっスか?」
「っ!どうしてそれを!」
「分かるっスよ!天才っスから!」
茶番を繰り広げつつリリーは俺に胸の中心にある窪みに手をかざすように促した。あまりの綺麗さに手を近づけるのすら躊躇われたが「良いから良いから」とリリーに急かされて俺は右の掌をソーっとかざした。
「っ!!!?」
すると窪みの部分が発光し、それと同時に俺の掌から魔力をすいとり始めた。慌てる俺をリリーが「そのままっスよー」となだめ、そのまま10秒ほど待っているとスーツに変化が現れはじめた。
胸から全身へとまるで血が通っていくように、スーツが赤く染まっていく。間接などの下地の部分は銀色のままだが、胸部や腕、脚などの装甲がついている部分は真っ赤に染め上げられた。
あまりのカッコよさに俺が言葉を失い、涙すら流れそうになっていると改めてスーツの仕様を教えてくれた。
「実はっスね、スーツの色は手をかざした人物の魔力によって変わるんス!ギル君は火の適正があるっスから赤色になったんスね!」
適正というものについてざっくり説明すると、この世界には魔法適正というものがある。この世界の人々は生まれながらにして魔力回路というものを体内に保有しており、その回路を流れる魔力の質によって使える魔法というものが変わってくる。
適正の種類は火、土、水、風の4つで、ギルバートの家は代々は火の適正がある。補足だがゲームの主人公は全適正があるとかいうチート野郎だ。そんな主人公なら何色になるのだろうか。それだけは少し気になる。
「まぁ使用者によって色が変わるって機能はほぼ無意味なんスけどね」
「………え?どうしてですか?」
主人公なら好きなタイミングで色を変えられるのかなぁと妄想していると、リリーはそんな意味深な事を呟いた。俺がどういうことかと尋ねると、リリーの代わりにソル先生が教えてくれることになった。
「これはお前専用だからだ」
「………ありがとうございます」
「権利的な意味ではないぞ。機能的な意味でだ。そのスーツには本来搭載するべきだったパーツが無い。なんだか分かるか?」
「え………えっと……なんだろう…」
先生からの問いに一瞬集め忘れた素材があるのかと考えたがそれならリリーがここまではしゃがない。ということは完成した上で何かが足りていない。だがそんなことを言われても素人には何がなんだか……
「正解は動力源だ。こんなモノを動かすにはそれなりのエネルギーがいる。そのエネルギーを生み出すためにそれなりの動力源を付けなければならないのだが…必要最低限に抑えてある。おかげさまで軽量化に成功したんだ」
「軽量化と言っても動かなきゃ意味がないんじゃ……」
「そこでお前だギルバート。お前自身がこれの動力源の代わりになるんだ」
「え、俺が!?」
あまりの急展開にさっきから振り回されっぱなしだ。一体何を言ってるのかと混乱していると今度はリリーが得意気に語り出した。
「少し前にギル君の魔力量を測定したっスよね?」
「は、はい………」
そういえば1週間くらい前に魔力量を測るテストをさせられた気がする。結果は一般的な勇者科の生徒の5倍程はあったそうで改めてその規格外さに驚いた。
「その結果を踏まえてギル君の膨大な魔力を利用してアレックスを動かそうって話になったっス!」
「なるほど…………」
なんとなく理解出来てきた。つまりゲーム中でアレックスがゴツゴツしていた理由は動力源を積んでいたから。今のアレックスはそれらを積んでいないからスマートっていうことらしい。理屈は分かったけど意味は未だに分からない。リリーの好みがスマートな方が良いってだけなのか。それとも作業時間短縮のためか。
「まーだ気づかないんスかギル君!」
「え?」
何かしらの意図があるような気がして1人で勝手に考察していると、リリーが上を見ろと指差しで示しながら声をかけてきた。だが上に何かあるのかと思い見上げても何もない。そんな察しの悪い俺にリリーは溜め息をつくと、更なるロマンを告げてきた。
「空、飛びたくないんスか?」
3話―――――
「空、飛びたくないんスか?」
「飛びたいです!!!」
あまりに甘美な誘いに即答する。ゲームでは飛行能力なんてなかったはずだが、そんなことはどうでもいい。こんなスーツ着て空なんて飛んだ日には…………考えただけでなんかもう泣きそうだ!
「ギル君ならそういうと思ってたっス!説明は後!早速実験するっスよ!専用の服に着替えるっス!」
リリーに手渡されたのは黒ずくめのウェットスーツ。受け取った俺はすぐに適当な物陰まで行き、ソレに着替えた。リリー達の元に戻ってきた時にはアレックスは腕や足の部位ごとに解体されていた。自動で装着出来るのかと思っていたのだが、ソル先生曰く流石にそうはいかないらしい。
というわけでリリーとソル先生にガッチャガッチャとパーツを全身に取り付けられる。俺は両手両足を広げて立っているだけ。見た目はちょっとダサい。これはこれで風情があるがやっぱりいつかは自動装着を目指したい。改良の余地ありってやつだ。
「よし……さぁギル君。最後はこれを被るっスよ」
首もとまでの装着が終わり、仕上げとしてリリーからヘルメットを受け取った。髪を挟まないように気を付けつつ被り、リリーの指示通りに右耳のボタンを押す。すると多少のゆとりがあったヘルメットは頭にフィットするようになり、何かを被っているという違和感が無くなった。
そしてそれと同時に全身のスーツのゆとりも無くなっていく。流石に重さは感じるものの、指先までスムーズに動く。間接なども比較的自由に曲げられるし、まさしく思い描いていたスーツと言わざるを得ない。
「どうっスか?アレックスの感想は」
リリーから感想を問われる。その隣のソル先生も流石に興奮を隠せておらず汗を拭いながらソワソワしている。俺はそんな2人に対して表情で表せない分の感情までも込めて言葉にした。
「さいっっっ………こうです!!!!」
「くふっ……それは良かったっス」
「本当に子供だなお前は……」
「な、なんで笑うんですか2人とも!」
素直な感想を述べただけなのに2人から笑われてしまった。前世からの叶う見込みなんて絶対になかっただろう夢が叶ったんだ。これくらい喜んでもおかしくないだろう。
「ごめんっス!ほら外で試運転するっスよ!」
平謝りするリリーに連れられ、俺は工房の裏手に出た。校舎がある敷地からは遠いこともあり、人目も気にせずに練習が出来そうだ。
「それでは……そのスーツの機能について簡単に説明するっス。基本的には頑丈な鎧っていうイメージで大丈夫っス。並大抵の魔法や武器による攻撃は通らないっス。とはいえ満身はしないこと。衝撃も和らげられるっスけど万が一って事もあり得るっス」
「分かりました」
「よろしい。次に戦闘能力っスね。といっても魔法の威力が上昇するくらいっス。計算上は2倍ってところっスかね」
「なるほど……」
ここまではゲーム中の設定と大差ない。全体的なステータスの上昇に加え、使える魔法の威力が増大する。シンプルだがこれが強かったし、何よりカッコ良かった。
だがしかし!大事なのはここからだ!
「そして!飛行能力についてっス!右耳の真ん中辺りをタップしてもらって良いっスか?」
「真ん中辺り………ここですか?」
言われた通りに操作してみる。するとスーツの装甲を縁取るように紫色の光が広がっていき、なんだか体も軽くなったような気がする。
「これで飛行機能……というより低重力機能に切り替わったっス。きっかけはスーツに取り付けるはずだった動力源となる素材を詳しく解析してたら重力を操れるんじゃないかって思い付いたことっス。そこから飛行が可能なんじゃないかってなって……どうしてもこれを実装したかったから動力源をギル君にしたっス。それで、その機能だけなら高くジャンプ出来たりするだけなんスけど………掌を下に向けて、火魔法をこう…噴出する感じで使ってもらっても良いっスか?」
リリーが長々と色々と話してくれたが、要約するにたまたまってことらしい。
だがようやく最終的なゴールが見えてきた。俺はリリーの指示通りに両手を下に向け、様々なアニメや映画で見てきたのをイメージして掌から軽く火の魔法を放った。
「お、…おっ……おぉ!!」
魔法の威力が上昇しているからか思ってた以上の火力の火柱が両の掌から噴射。その勢いで体は工房よりも高い位置にまで浮かび上がった。火魔法の噴射を止めると体は少しずつ下がっていき、最終的には地面へと着地した。
「うんうん。どうやら机上の空論じゃなかったらしいっスね。いやぁ我ながら天才っスね!」
ドヤ顔でふんぞり返っているリリー。俺は興奮を抑えながらとある疑問をぶつけてみた。
「でも、なんで飛行機能をつけたんですか?」
「なんでって………野暮っスねーギル君!」
リリーはやれやれと首を横に振って「そんなの理由は1つしかないっス」と人差し指をたてて満面の笑みで答えてくれた。
「カッコいいから!これ以外に理由はいるっスか?」
「っ………ない!」
「そうこなくっちゃ!やっぱりギル君は最高のパートナーっス!」
アニメや映画の人物のようなスーツを着て、空を飛ぶ。そんなまさに夢のような体験が出来たのだから言うことあるわけがない。魔法万歳!勇者様万歳!
「おー良い感じっスよギル君!上手っス!」
「ありがとうございまーす!」
それから1時間後。スーツを着たまま飛行の訓練に勤しんでいた。噴射する力加減や姿勢制御などをなんとか体に叩き込んでいた。掌だけではなく足の裏からも火を出せるようになり、1時間みっちり練習したおかげでかなり上手になった。少し高めに飛んでみても良さそうだ。
次の練習の内容を考えながら地上に降り、少し休憩することにした。ヘルメットも外して水分補給をする。常に魔力を使っている都合上なかなか暑い。ここも改善ポイントだ。
「…造ったんスね。ウチらでアレックスを」
リリーがヘルメットを手に持ち、感慨深そうに眺めながらそう呟いた。このアレックスは俺の夢でもあったのはもちろんリリーの夢でもあったのだ。
………そうだ。良いことを思い付いた。
「リリー先輩。少し俺に付き合って貰えますか?」
「………良いっスよー。試したいことは試さないといけないっスからね」
俺はリリーからヘルメットを受け取り、再び装着した。魔力にもまだ余裕はありそう。流石は戦闘の天才ギルバートだ。
「では……どうぞ」
スーツを着た俺はリリーに背中を向けてしゃがんだ。そんな俺の行動の意味をすぐに悟ってくれたリリーは戸惑いを露にしていた。
「いやいやいや!流石に無茶っス!言いたくないんすけどウチは結構重いっスよ!?」
「飛んでた感じ多分大丈夫です。でもその代わり頑張ってしがみついててくださいよ?」
「…………わ、分かったス」
納得してくれたリリーは俺の背中に体重を預けてくれた。よほど落ちるのが怖いのか腕と脚で俺の体をガッチリホールドしていた。
「…………意外と冷たいんスね」
「あ、そうですか?いいなぁ……中はすっごい暑いんですよ」
「くふっ……そうっスか。要改善っスね」
そんな雑談を挟みつつ飛行モードに移行。体の軽さは………これなら大丈夫そうだ。
「うん……やっぱりいけそうです。先輩は全然重くなんてないです!むしろ軽いですよ!」
「そっ……スか」
もう少し盛り上がってくれるかと思ったがまさか余計なお世話だったのだろうか。でも今更断ったら本当は重かったみたいになるし……こうなったら心変わりを祈って飛ぶしかない!
「じゃあいきますよ………ホッ!」
「ほわっ!!?」
1人で飛ぶときよりもほんのちょっとだけ勢いをつけて宙に飛び上がる。その後も速度には充分気を付けながら上昇を続けていく。
「リリー先輩!大丈夫そうですか!」
「なんとか!」
確認を取り、そのまま更に高度を上げる。やがて広い学園全体が見渡せるくらいの位置にまで辿り着き、そこでホバリングをすることにした。
学園だけでなく、その外に広がる街や更にその外に広がる街道や海など、この高さからではないと見られない光景が広がっていた。その絶景で俺に本当に空を飛んでいるという実感が得られ、1人で勝手に感動していた。
「…………スゴすぎっス」
あまりの景色に俺が言葉を失っているとリリーは感嘆の声を漏らした。余計なお世話にならなくて本当に良かった。
「リリー先輩。本当にありがとうございました。先輩が居なかったら俺の長年の夢は叶いませんでした」
「それを言うならウチもっスよ。本当にありがとうギル君」
夢を叶えた上で推しの声で囁かれるなんて…これ以上ないご褒美だ。転生して良かった。アレックス造り頑張って本当に良かった!
「………ギル君がアレックスを着てて良かったっス」
「いえ!これもリリー先輩のおかげです!」
俺が色んな感動を堪能していると、リリーがボソッとそう呟いた。きっと飛べて良かったという事だろうと考え、リリーのおかげで飛べていると伝えると何故か今日一番の溜め息をつかれた。
「本当に……良かったっスー」
「……なんでちょっと不機嫌なんですか」
「さぁ?そんなことよりギル君………」
突然不機嫌になったリリーに俺が疑問を抱いていていると、リリーの両腕と両足がプルプルと震え始め、顔には大量の汗が滲み出していた。
「もう限界っス………………!」
「あっ……すいません!降ります!だから絶対に緩めないでください!」
「あーー落ちるっスーー……」
「ちょっ……頑張ってくださ…お願いですから揺らさないで!!」
限界だと言いながら空中でわざとらしく暴れるリリーと戯れつつ、本当に限界が訪れる前になんとか地上に降りられたのだった。
「楽しかったっスねー!」
「最後が一番疲れました………」
「何言ってるんスか!帰るまでがダンジョン攻略っスよ!勇者科の基本っス!」
アレックスの試運転を終え、俺達は工房の中へと戻っていた。ソル先生は既に工房内に居らず、俺達はふたりっきりでのんびりとしていた。
「それにしても……スゴい汗っスね」
「本当に暑いんですよ……俺の魔力のせいもあるんだろうけど……」
「ふーん…………」
今は既にアレックスを脱ぎ、ウエットスーツ姿で椅子に座っている。暑さに加えて長時間の運用だったこともあり汗だくだ。早くシャワーを浴びたい。そう思いながら手で自身を扇いでいるとリリーが顔を近づけてきた。
「くんくんっ……」
「!?ちょっ…嗅がないでください!絶対臭いですから!」
「む。それならタオルで拭いてあげるっス」
いきなり匂いを嗅ぎ始めたかと思えば今度はどこからともなくタオルを取り出して更に距離を詰めてきた。
「ほら上だけでも脱ぐっス。さっきのお礼に拭いてあげるっスー」
「いやいやいや!自分でやりますから!大丈夫です!」
「そう固いこと言わずにー。パートナーなんスからー」
推しにタオルで体を拭いて貰えるという幸福と、いくらお礼とはいえそんな事を推しにさせてはいけないという理性がせめぎ合う。
あと少しでリリーが俺の体に触れようとした瞬間、工房の入り口の方から女子の怒ったような声が聞こえてきた。
「随分と……楽しそうですねリリー先輩?」
「ゲッ……!!」
「…………なんで君がここに」
その声にリリーはとてもバツが悪そうな顔して、俺は聞き覚えがある声とビジュアルに驚きを隠せなかった。そんな俺の問いに女子生徒は怒り気味な口調で説明を始めた。
「ここにいる理由ですか。それは私が……いえ。正確には私のお父様がこの計画に出資したからに他なりません。そうですよね?」
「…………そうっス」
そういえば商業科に出資をしてもらったと言っていた。勝手にソル先生の事かと思っていたがどうやらそうではなかったようだ。
髪は茶髪のロング。歩き方はとても綺麗だが表情はすごく強ばっている。怒らせたら一番怖いヒロイン(俺調べ)は伊達じゃない。
彼女の名はユーリ・アズラン。大商人アズラン家の娘であり、主人公やギルバートと同期。そしてゲームに登場するヒロインのうちの1人でもある。
普段は温厚な彼女がここまで怒ってる理由はなんなのだろうか。