オーバーロードもゴブスレも別起源だし、元祖系(盾の勇者など)は後発系と違って自前の必然の理由で結果がなろうで「も」良く見掛ける状況になっているだけだし、悪役令嬢?系はパクられ側のようだし。

少女漫画?系から異世界「貴族」を借りる自体は一つの表現手段だけど、借り物しか無いから主人公が盗用?シチュが不自然にならない、少女漫画?ならテンプレである万能ハイスペック少女(モブ格にはモブに見える謎エフェクトがパッシブ自動発動)に近付いていく、外見からリアクションに至るまで、でも元ネタ?の少女漫画の欠点「華族=裕福な旧家で貴族性ゼロな貴族」などはそのままだから劣化パクリとか。

そもそも『逆張りは負け犬の遠吠え』で、敗戦直後に量産されてたらしい?歴史上の有名人の立場で後出しジャンケンした上に何故か(日帝なのに!)独自技術や情報が高く評価され歪まず盗まれない、といった御都合主義を援用しても「戦記」は書けず結局B級グルメC調展開でグダってるだけ(『堕落論』の人が書いたアレみたいに)だったりと、じゃあ歴史要らないよね。

日本の衣食住と教育のうち、和服や和食は実質呉服だったり、また現代のコメの調理方法及び適合するコメの品種に醤油や味噌が合うのは特定中華文化だけで完成させて発展の末端である日本では固定されていたからだったりと、借りが大き過ぎて何をも文化文明発信源になれないから踏み倒すというのが異世界に逃げる動機である証拠に異世界の日本の魅力が其れ等だけとか。

リアルなヨーロッパや派生のファンタジー世界では、どの時点や地域でも不可能な、マヨネーズチートとやらでマウントを取る為だけに、劣化「中世欧州ファンタジー」としての異世界で、貴族の権威権力は十分行使するが宗教性内外の精神性も文化等の身に付けているべき要素や義務がパクリ元である少女漫画(というか女性向きヤングアダルトだがミドルティーンでもふつーに読んでるんで)と比べ劣化が酷いとか。

チャーチワード偽大佐のムー大陸文明こと白人の御主人の賞罰の対象の黄色い従順な奴隷と黒い反抗的な奴隷の組み合わせと、その日本人と言う高級奴隷の存在で欧州のカトリック教会(キリスト教右翼)により「実現された」搾取的「奴隷」制度という(史実の奴隷制度の中では)異端中の異端が当然の様に登場して従順な奴隷の視点で見れば一貫性のある=実際は其れ等が主犯(原因)である仕組みが、「救済」含めて全肯定とか、目の前の相手しか救ってない救えないのに前提状況が全世界になってて救済事後も放置か丸投げという、ムー大陸さながらの腐敗が正当化に不可欠とか。

バター業界に偏利寄生した日本人としての反省もない感じで欧州寄り舞台に日本人が手軽で安価で品質が良いのに料理に使っていなかったバター(むしろサワークリーム=マヨネーズの実質完全上位互換かな?)を料理に使って関心されるとかもうね。

寒心しちゃいますよ(お寒いギャグ)。

寄生虫大国スペルディアって日本だから、どっかの潔癖症文豪が脅えている不潔っていうのは同地方同時代の人が発見し世界で最悪の汚染地域だと証明し発表したからで同様の汚染で知られるアフリカでも比較にならない、汚染が中高年の一部から老人でやっとハッキリした症状になるアフリカに対して日本は子供が主要臓器までやられて倒れるレベルだったから、恐れて当然。

日本型(スペルディア「卑劣」型)だからというのはあっても、なろうだけの状況は特にない訳で、日本であれば、別の時代や別の地域でも、「卑劣」状況は起きる。

何故なら、感覚の機能、手持ちの混成での環境のモデル化の働き、において、本物の「未知の=外来の『教材=学習の対象』」に対しての「自己消去前提非評価自律体」(取捨選択の部分化としての学習における自己異化=部分的な終止と新生、の例外)は、高い初期評価と大きなアップキープのコストを持たされていて、マイナス価値になってからの「量的最適化調整」は、常にプラス価値だった時と逆に働くのが正常、だからで、(この作業仮説が正しい様なら本体を修正し、駄目そうなら本体そのままにして、)この『局所』モデルは破棄。

日本諸語の主語相当機能、文法骨格=諸の集合操作の大前提、内外境界や中核点等を欠いた集まりである数学用語の『集約』、日本型ことスペルディア型は、他の型から見れば「帰らずの国」(冥府かゴミ箱)に使うしかないが、中から視点で言うなら、汎用目的地、また濃度用法での無限同士の比較等の尺度(評価=学習に限らず)と、高コスト高機能の使い方に値する型だ。

日本人だからって使い熟せるとは限らず、多くは「卑劣」用法で初期設定して作った構成素材(精神心理世界、其の機能実現)でスタートする=「狭義の『魔』」だが、特殊な状況での型内相転移で、最高レベルのコストと機能を備えること、もある。

スタートは共通だから、どの卑劣型実現が「化ける」かは不明だが、一つ言えるのは「他の型にとっての正解は駄目」ってこと(需要で広がることはあるが、どうしてもニッチとしてしかスタートしてないので、周囲の邪魔になれば評価値は好転しない)つまり「見えてるレールは臨時が限界」、ということで、『堕落』は「既存の集団に無駄に競うより固定ファンの需要重視」と言ってるだけである(結果論は駄目とかは周辺的な「系」、ということになる)。

日本だからならともかく、なろうだからと言うのはない(パクリ元と同様だし)。

(基本十二色のうち「緑味の青」という)同じ特色の構成素子なら人類共通事情で、その配合比が高い日本とかなろう界とかに端的に(官能こと感覚器官機能、経験集約による、学習=自己異化の主体としての、主観性による主体性の起源としての)此の『集約』型が使われる時は何時もこれ。

物理法則さえ違おうと情報関連数学法則が違うわけじゃない、まして人類どうしならだいたい似たような状況や現象はある。

(哺乳類/ケモノ=毛物で無い場合だと、性別まわりを中心に実現は違うけれども、おおもとの数学的制約は変わらない)