@aiyuarr03ta様からレビューを頂きましたが、返信機能がないようなのでこちらから失礼致します。
>古語とか、良く判りませんが。
>架空歴史の物語としても、本当に野心的なアプローチです!
有り難うございます。初めてレビューの文を寄せて下さいましたこと、御礼申し上げます。
>が、「韓国語」とか「アイヌ語」とか、前置きのようですけど、
>古代~中世の朝鮮で『韓国』を名乗る国もあったようですし、
>アイヌも10世紀以降勢力は蝦夷にあったと思いますが、
>『韓国』は第2次世界大戦後の70数年前以降の国ですし、
>2~3世紀の古代の北九州のあちこちににアイヌ語の地名とか、
>あいまいな上古語など、あんまり物語に都合良い歴史「言語」を、
>道具として使い過ぎない方が良いのではないでしょうか…
説明不足で誤解を与えてしまったかもしれませんが、現代アイヌ語や現代韓国語を話す人が北九州にいたわけではなく、古代日本語が現代アイヌ語や現代韓国語に残存していると考えています。古語・遺習は辺境に残りやすい傾向がありますので。韓国語の場合は実際の人の移動が大きいのでアイヌ語と少し事情は異なりますが、お互いの古語がお互いの現代語に残っていることはあると思います。
>言語計量学など別のアプローチで、日本語と朝鮮語、沖縄語、
>アイヌ語との歴史的な分岐点などの予想は、かなり明らかに
>なっていたかと思います。
安本氏の提唱した計量言語学は私も参考にしており、その成果は私の考えと大きく矛盾しません。ただ、基礎語彙をベースとしていながらも複数ある言葉や発音の選択に恣意的な面があることや、DNAに比べて圧倒的に情報量が少ないことなどから、歴史的な分岐点の推定には不確定性が大きいと考えています。朝鮮半島の言語は馬韓・辰韓・弁韓で少しずつ違っており、辰韓の言葉は秦人に似たところがあると魏志東夷伝韓条に記されていますが、そう言ったことは計量言語学では今のところ明らかにできないと思われます。
>「魏」の国が、字が似てる?とかで「壱(古字)ihe音」と、
>「台(古字)tehi音」を、あえて使い分ける理由も意味も
>あいまいでしょうし、分かっていない、
魏の政庁を表す「臺」は本来魏志で用いられるはずがない文字であることは、邪馬壱国説を提唱した古田氏が指摘しているところです。漢代には定着していた邪馬臺の臺の字を、魏志のみ差し替える事は合理性があると思います。ただ、なぜ同じ音の異字ではなく、形の似た字で代用したのか、といった点はご指摘の通り議論の余地があります。
なお、日本の上古の発音ではなく、中国語音韻学でいうところの上古音ないし中古音で読む必要があります。下記サイトが便利です。
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/ccr/>そもそもの日本古語
>やら含め、地勢的に氷河期以降の北方から南洋までの
>日本列島の元となる広大な地域での、縄文時代から有った
>らしい範囲の石器やそれ以外のやり取り考えれば、
>名前なども逆にすんなり来ませんw
川=スンガイ@インドネシア語などは、縄文時代の文化交流の名残かもしれませんし、坂=ピラ(韓国、アイヌ、沖縄で共通し、黄泉比良坂など日本神話に痕跡がある)も相当古い言葉だと思います。そうした言語感覚を知って貰いたくて、分かる範囲でカタカナのルビを振っています。
>「ヤマト民族=騎馬民族」とか言った某・江上氏みたいな
>壮大な空想物語を目指すならば、現・近代の考古学や歴史学と
>ケンカするくらいの気合で、しっかりとした論理性に基づいて、
>壮大に物語っていただきたいと思います!
私は、倭人伝の躬臣國を(秦の流れを組む)京秦国と解し、福岡県行橋市あたりに居住したと推理しました。であれば、文字を書ける人間も居たはずと考えていたのですが、その後、同地で発掘されていた石片が紀元前の硯であると認定されました。このように、意図せず書いた私の物語が、実は考古資料と整合しているということが良くあります。
壮大な空想物語ではなく、地動説のような真実の普及に励みたいと思います。
なお、学術的な論証は量が多すぎてなかなか公表の機会がないのですが、部分的に学術雑誌で公表予定です。名前が売れないと、本も出して貰えないんですよね。