自分を最も蔑ろにしているのは、自分なのだ。
分かっている。
それでも自分を犠牲にしてでも、誰かに自分を捧げなくては、この世界に居てはいけないと思っていた。
そうしなくては存在価値が無いと思っていた。
そして蔑ろにされた自分への屈辱と悔しさから、ならばお前などに俺の魂を渡してたまるものか、と突然怒り拒絶する。
慈愛と拒絶の乱高下。
この世界で、たったひとりだけ見つかった同じ人種。
尾崎豊。
尾崎も周りの人達に、無理難題を押し付けて愛を試した。
そして、やはり俺なんか誰からも愛を貰えないんだと、屈辱の絶望に苦しみ続けた。
同じ人種のシンパシー。
この慈愛と拒絶の乱高下が、三島由紀夫の教えのひとつ、自分という地盤の緩さを自覚する事なのだと思う。
容易に当たり前に、自己と他者の境界線を引ける人達とは違う人種。
その上で、どうやって相互理解を図り、持続可能な関係性を築けるのか。
そこに生きる課題があるのだろう。
https://youtu.be/RKPjKzY4U5w?si=rEKMs2Stsaz5vBde