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挟めなかった駄文です。

華は鬼


 学区内一の美少女、円谷華は窓から低い峰を眺めながら小さな溜息をついた。

 「はぁ…」

 バレンタイン以降、急速に艶っぽい表情を纏い出した彼女の横顔は、同性であっても虜にさせる怪しい耀きを放っていた。

 そんな彼女に、同室にいたビッチ達、キャットファイトを彩った彼女達はフリーズして眺めてしまっていた。

 そして誰かの生唾を飲む音で、時間が進みだした。


「華ちゃん…何かあったの?」

「ど、どしたの姫ちゃん」

「お、おやおや〜もしかしてもう倦怠期〜?」

「ま、まあ、幼馴染って微妙だしね〜日本の賃金みたいな平行線で盛り上がりがわからないよね。始まる前からクライマックス? みたいな」

「…円谷さんが溜息なんて珍しいですね」


 クソビッチ達は華から受験の講義を受けていた。それは薫から教わったままの超赤本だった。

 彼女達を別れさせたのは間違いなく華自身だが、それだけでは可哀想とばかりに勉強に誘っていた。

 そしていつものように越後屋から部室を借り受け、ビッチ達を監督していたが、今は採点の時間だったため、窓から外を眺めていたのだ。

 華は窓から離れて席に着くなり、こう溢した。


「はぁ…違うよ…もしかして、Sかもしれない、わたし」


 最後の科目も終え、答案用紙を見直している彼女達を置いて、つい抱いていた悩みを口にしていた。

「(何言ってるの…)」
「(知ってるよね?)」
「(そりゃM子はあんな殴ったりできないよ)」
「(違った! グレートアメリカだった!)」

「Sですか…ちなみにどのような時にそう感じるのですか?」


 その中の女生徒、友香は同好の士かもしれないと静かに質問した。


 それに対し、何かを思い出したのか、ますます艶っぽい表情になり語り出す円谷華。


「えー、んー、と、そうだなぁ。みんなはわたしよりずっと経験あるからなぁ…わたしこごときが烏滸がましいって言うか…あ、あの時にね、最初は本当にこう、ゆっくりとゆっくりと温めあってからね、こう、囁き合って、触れ合って、触れてない部分がないくらい擦り付け合ってね、それからね、徹底的に焦らして焦らして追い込んで追い込んで行くとね、声にね、仕草にね、甘さが出てきてね、それを聞いたらね、きゅんとなるのもあるけど一旦やめてね、ふふ。保冷剤で冷やしてね、また最初から始めてね、そのままそれを二時間くらいするとね、もう声がね、瞳がね、口元がね、トロトロで…ぐちゃぐちゃでね、きゅんきゅんきてね、でもまだまだ聞きたいからって、また始めてね、まだまだ続けたくなるって言うか…そのまま五日くらい続けたいって言うか…あはは…はぁ…まあ、こんなの普通だよね…Sなんて言わないか…」


 クソビッチ達は、全員思った。こいつやべぇと。早く何とかしないと、柏木がやべぇと。


「お、鬼だ! 華ちゃん鬼すぎる!」
「えっ?!」

「ドSだと思いますけど…」
「ええっ?!」


 美月と友香はそれぞれ感想を述べたが、後の三人はまだ絶句していた。

 
 そこに森田薫がやってきた。

 そして机に手をつき真剣な目をしながら、惚けている円谷華に言った。


「…姫、ちょっと放課後付き合って」
「……薫ちゃん…?」


 華は一点をぼうっと見つめながらニマニマしていたため、薫の接近に気づいていなかった。

 蕩けすぎだろ。

 そう思った薫は華を睨みながらも優しく言う。

「…加減を身につけないとさ…柏木くんが狂っちゃうよ」


 薫は我慢ならなかった。柏木至上主義の彼女にとって、円谷華はドMでなくてはならないのだ。それに事実、どの周回でも三好には逆らえなかった。そんな奴がSを語るとか一丁前に烏滸がましいんじゃないの。はっ。それに狂わすのは私。あなたじゃないの。

 そう思って言ったのだ。

 だが彼女には無駄だった。


「狂う………わたしに…?」

「違うっ…ことはないけどさ! 違うの! 実生活が不味いの! 柏木くん壊す気?!」

 薫も必死だった。

 嫉妬で頭がおかしくなりそうなのに、なんでこの子を諭さなきゃならないの。

 そんな気持ちで訴えた。

 だが彼女には無駄だった。


「……壊、す…?」

「ねぇ、ちょっと……こ、こいつ……! 嬉しそうな顔しないで聞け! こら!」

「あにゃ…」


 全然無駄だった。

 薫は華の頬をつねりながら言う。


「この色ボケ姫! 堕としてどうすんの! 志望校落ちるよ! 柏木くんが!」

「あにゃ…痛いよ〜薫ちゃん〜それは嫌だけど…」

「けどじゃない! お馬鹿!」


 薫の落ちるという言葉も何もかも届かなかった。

 その代わり、ビッチ達には届いていた。


「華ちゃん…あと三日しかないよ…鬼…」

「…柏木君落ち…堕ちるんじゃないかしら」

「私は記憶とか飛ぶと思うな…」

「…姫すご。耐える柏木っちすご」

「…そんなに良いんだ…」


 これが、ビッチ達の本心だった。


 そう、円谷華は蕩けていた。

 彼女はあのバレンタインデーの日から、じゅるりと味を占めていたのだった。


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