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魔法陣を描く絵描き人 第8話 幼馴染と再会する青年

「マリウスもこっちに来い」

 その言葉に、ピクリとレシーナの肩が揺れる。
 普通なら気づかない変化だろうが、画家としての目を持つ俺ならば気づくことが出来る変化だ。

「兄上」
「良いじゃないか、マリウス。レシーナさんは信頼出来る人だ」

 信頼とか全てを疑ってかかってるお前に言われたくないわ。
 俺がそう突っ込むことが出来ないでいるのは、レシーナが何気なくきょとんと事態についていけていないふりをしつつも、こちらの会話を聞き逃さないようにと耳を済ましているのがわかるからだ。

「レシーナさん、こちらが先程言った我が領地の頼れる戦力になる者です。ほらマリウス、お前も自分から挨拶しなさい」

 ここまで押されれば、俺も偽名を名乗っていたのを改めてハインルリッツ家の人間として動くしか無い。
 仕方が無いので、俺はフードを脱ぎつつさり気なく認識阻害の魔法陣をフードを溜める首の後ろあたりで発動する。

「先ほどぶりです、レシーナさん。マルス・ハリルソンというのは偽名でして、本名はマリウス・ハインルリッツと言います」
「マリウス……あ、はい。レシーナ・ウルフェンベルクと申します。以後よろしくおねがいします」


 さて、認識阻害のおかげでレシーナは俺の顔を見てかつての田舎村の元気な少年マリウスの姿を思い出すことは無いと思うが、どうだろうか。
 そんな事を考えていると、ステファンが何やら更に余計な事を言い始めた。

「レシーナ、という名前といえば、このマリウスはうちに養子として入ってきたのですが、確かマリウスが子供の頃の村で──」
「兄上」

 余計な事を言い始めたステファンを、俺は語気を強めて制止する。
 子供の頃の村で、なんだ。
 その続きは何を言おうとしていたんだ一体。

 だが少なくとも、レシーナの前でしていい話ではない。
 生憎と、俺も過去の思い出とは向き合わずに逃げ続けてここまで辿り着いた人間だ。
 レシーナとマリウスとして相対する覚悟は出来ていない。

 そもそも俺の過去は、俺が天職として【画家】を持つエセ魔法師ということを他の貴族に隠すために秘匿しておくんじゃなかったのか。

「マリウス。少し静かにしておいてくれ」

 だが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ステファンは俺に黙るように命令をすると、改めてレシーナに対して話し始めた。

「マリウスが子供の頃に、同じ村に住んでいた幼馴染の名前がレシーナというらしいんですよ。どうもその子は魔法使い系統の天職を持っていたのでどこかの貴族に引き取られていったらしいのですが、学院の方でそのような方をご存知無いですか?」

 ご存知も何もそいつが本人だ。
 そこまで考えたところで違和感に気づく。

 俺の義理の兄が、この何事にも情報収集と準を怠らないこの仕事人間の兄が、将来の有望な魔法使いについて知らない、なんてことが有り得るのか?
 そもそも、俺が自虐的に話した過去の思い出話を覚えているような兄が、その対象を探していない、ましてや目の前にいるのに気づかない、なんてことが有り得るのだろうか。

 名前が一致している状況で、あえて他にいないかと聞くような、遠回りな真似をするのは何故だ?

 そう考えると、この無駄な茶番劇のような会話にもステファンにとっては何か意味があるものなのかもしれない。
 そう考えて、俺はステファンとレシーナの会話に耳を澄ます。
 
 一方兄と相対するレシーナは、表情を強張らせつつもなんとか兄の話に食らいつこうとしているように見える。
 
「私以外にレシーナはいないと思います」
「おや、そうですか。それは困りましたね……」

 何が困りましただ。
 何も困っていない、というかお前もろ気づいてるだろ。
 自分の目の前にいるのがその相手だと。

 そして俺も気付いた。
 ステファンがこの茶番を続けているのは、レシーナから言い出すのを待っているからだ。
 自分からレシーナの過去を暴くような形にしたくないのだ、こいつは。
 
 人は、何かを暴かれればその相手に対して警戒心を抱く。
 だからこの茶番で、レシーナが自分から言い出すような土壌を作ろうとしている。
 あの効率重視の兄が、だ。
 
 つまり、この兄上はどんな理由かはしらないが、俺とレシーナをどうしても再会させたいらしい。
 そしてその上で、余計な損を自分がするつもりも無いらしい。

 何が目的なのかは未だに読めないが……おそらくレシーナはそれに翻弄されながらも、自分の過去について明らかにするだろう。
 そしてそのとき俺は、どうするべきだ?
 
「その……マリウスさんの出身の村は、どこですか?」

 しばらくしてレシーナから放たれたその問いに、俺はなんと答えるべきだろうか。

 最初に離れていったのは彼女だ。
 得た天職が全く系統が違ったり、彼女だけが貴族に注目された、という理由はあるものの、最初に離れていったのは彼女だ。
 
 だが心の距離を先に置いたのは、俺だ。
 【天職:魔法師】を与えられたレシーナが妬ましかった。
 羨ましかった。
 そしてレシーナを傷つけてでも天職を奪ってしまいたいと。
 そう一度でも思ってしまった自分が嫌だった。

 だから俺は、打ちひしがれている間にレシーナによってかけられた声の全てを、無視した。
 先に彼女から離れたのは俺だ。
 その俺が、彼女が大きな地位を得るのに成功したからと、今更どの面を下げてあなたの幼馴染だったマリウスですなどと名乗り出ることが出来る。

 しかしこれも、結局は兄ステファンが書いた筋書きの1つでしか無いのだろう。
 言えと促すその視線を受けて、喉を鳴らした俺はゆっくりと口を開いた。

「アハルト村出身のマリウスです」
「私も、アハルト村の……マリウス?」
「久しぶりだな、レシーナ」

 できる限り軽く、これまでの断絶を感じさせないようにレシーナに声をかける。
 顔が引きつってはいないだろうか。

「マリウス……本当にマリウスなの? あの【画家】になってめちゃくちゃ凹んでたマリウス?」
「めちゃくちゃグサグサ来ること言うな……まあでも、そのマリウスであってるよ」

 俺の言葉に、信じられないと言いたげにレシーナが席を立って近づいてくる。
 その間、ステファンはじっと静かにこちらを観察するような瞳で見つめていた。

「久しぶり、だね。マリウス。グスタフさんは元気にしてるかな」
「おう、まだピンピンしてるぞあの爺さん」
「そっか、良かった……」
 
 そう言うレシーナの瞳から、涙がこぼれる。
 そしてなんとそのまま泣き出してしまった。

「ごめん、ごめんね、置いていって。私にもっと出来ることがあったはずなのに……ずっと、後悔してた……」
「の、割には最初気づかなかったな」
「だって、そんな女の子みたいに髪伸ばしてるマリウスなんて、想像できなかったし、顔も全然違うし……」
「まあ、天職のせいで体つきとか貧弱そのものだからなあ」
 
 そう答える俺も、レシーナに引っ張られたわけではないが目頭が熱くなってきた。
 これまでの、レシーナや当時の思い出に対するどうしようもない感情が出てきてしまって抑えることが出来ない。
 涙を流しながらも、俺とレシーナは久しぶりの言葉を交わすのだった。


 ******


 やがて泣き止んだ俺達は、2人して恥ずかしそうにステファンの前に座っていた。
 というのも、俺は本来はステファンの後ろに控えているべきなのだが、レシーナが俺にそばにいて欲しいと言ったのだ。
 それを聞いたステファンも許可を出し、俺とレシーナは並んで座ることになった。

 その後いくつかのやり取りを経て、ドラゴン退治には明日魔法学院の正門前から馬車で出発することなどを取り決めた後に、レシーナは帰っていった。
 まだ話したいことはあったが、今はステファンの目もあるし、明日以降も会うことが出来る。
 そう判断したのだろう。
 
「それで、兄上が俺とレシーナを引き合わせた理由は?」
「……出来の悪い弟の苦しみを1つ取り除いてやろうと思っただけだ」
「で、本音は?」

 俺がそう再度尋ねると、心外だと言わんばかりにステファンが眉を寄せてこちらを見る。

「本音に決まっているだろう」
「あー、ごめん。そうじゃない、本音じゃなくて、ハインルリッツ家の利益としては、何かあったんじゃないの? ってことが聞きたかった。考えても全然わからなくてな」

 俺のその言葉に、今度はステファンは、この冷徹な兄らしい悪役然とした笑みを浮かべて答えた。

「それはまだ秘密だ。お前たちが帰って来る頃には、教えられるぐらいにはなっているだろう。わかったら出ていって出立の準備をしろ。お前1人の旅と違って馬車でも数日かかる旅だぞ」
「わかった……。ありがとう、兄上」

 俺の礼の言葉に、兄上はフンと鼻を鳴らす。
 だがそれが照れ隠しの動作だということを俺は知っているので、むしろちょっとくすぐったい気分になった。

 結局、ステファンの意図はわからないまま。
 そしてそれよりも俺には考えるべきことがある。
 
 それは明日以降、レシーナとどう向かい合っていけば良いのか、という最大の難題だ。
 結局その晩夜遅くまで眠れずに考えていた俺は、翌日に馬車の時間に遅刻しそうになるのだった。

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