第206話の最後にも書きましたが、これはこの作品のサポーターとなってくださった人に還元するための『サポーター特典』のおためし版です。
この第1話はどんな感じかの指標にするために無料公開しますが、それ以降はサポーターの限定とさせていただきます。
なお、これらの特典話は不定期で無料公開することがあります。
詳しくは第206話の最後をご覧ください。
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学園に入学して1ヶ月と少し、季節は夏へと移り変わっていた。
だがこの世界にはセミがいないため、あのうるさい鳴き声が聞こえてくることはない。
今思えばあの声があってこそ日本の夏、と感じさせるような重要なものであった。
蝉の鳴き声はなくとも日本と同じく空気はジメジメとしていて暑い。
緯度は日本よりも低いので暑いことにも頷ける。
そんな暑い中、俺は海軍服を着て朝食のために食堂へと向かった。
「あー暑い……溶けてしまいそうだ」
俺は王城の中の廊下を歩きながら、あまりの暑さに文句を言った。
この国において最も豪華な王城ですら、もちろんクーラーなどはついていなかった。
窓からやってくる少しの涼しい風だけを頼りに俺は歩く。
「ルフレイ。どうしたのよ、そんなに死にそうな顔をして」
「グレース……なぜそんな暑そうな服を着ているのに平気でいられるんだ?」
「え? 別に暑いとは思わないけれど……」
現代日本人であった俺とは違い、グレースはこの暑さに慣れているので何とも思っていないようだ。
俺には全くと言っていいほど信じられないが。
俺と彼女はそのまま一緒に食堂へと向かった。
「おやグレース様にルフレイ様。今日はお早いのですね」
「えぇ。何だか目が覚めてしまってね」
「俺は暑すぎて……」
「ハハ。確かに最近は暑いですからね〜。少し待っていてください。すぐに朝食をお出しします」
そう言って料理長は厨房へと姿を消した。
俺が隙間から厨房の中を見ると、そこではすごい火の燃え盛るかまどの上で彼がフライパンを振るっていた。
そりゃああんな火の前にずっと立っていたら暑いだろう……
「お待たせしました。サラダでございます。先程まで流水で冷やしていたのでこの暑い夏にぴったりかと」
給仕係がまずはサラダを持ってきて俺たちの前においた。
その後彼は一礼して食堂を出ていき、また厨房の中へと姿を消した。
俺がサラダを食べようと手を合わせたとき、何やら赤いものが俺のサラダの器に入れられた。
「? グレース、これは……」
「あなたママト好きでしょう? 特別にあげるわよ」
「いや、別にそういう訳では無いが。どちらかと言うとグレースが嫌いなだけなんじゃないか?」
「そ、そんなことは……あるわね」
グレースはもはや開き直って自分のママト嫌いを認めた。
俺も嫌いなものを無理やり食べさせるような鬼畜人間ではないので何も言わずにママトを口に運び込んだ。
その後再び給仕係がやってきて、2品目を持ってきた。
「2品目のカーンの冷製スープです。こちらのスプーンでお召し上がりください」
給仕係は俺たちの前に冷製スープの入った皿を置き、そこにスプーンを添えた。
そして彼は空き皿になったサラダの皿を下げ、持って帰ろうとする。
その時に彼はママトがないことに気がついた。
「おやグレース様、本日はちゃんとママトをお召し上がりになられたのですね」
「そうよ。私だってやるときはやるんだから」
「まさかとは思いますが、ルフレイ様に食べてもらったということはないですよね?」
「そそそそんなことはないわよ。ねぇルフレイ?」
グレースは頷けという顔で俺の方を見てくる。
俺も彼女に乗ってあげることにし、首を縦に振った。
給仕係は「それならば結構です」と満足そうに笑って厨房へと戻った。
その後メインのサンドイッチと食後のフルーツを食べ、俺たちは食堂を後にした。
今日もいつも通り6時間授業があるので、その分の用意をしに部屋に戻った。
俺たちは制服へと着替え、送迎の馬車で学園へと向かった。
◇
「おはようございます陛下」
「おはよう。今日も綺麗よ」
登校するとまずグレースは学園中の女子生徒から挨拶を受ける。
彼女は丁寧に全員に返答を返し、そのまま教室へと向かうのが日課だ。
面倒くさくないかとこの前聞いたら、もちろん面倒くさいと返された。
「女王っているのも大変だねぇ」
「何を言っているの、あなたも皇帝じゃないの」
「でも俺の場合は部下の兵士がいるだけだし、気楽なものだよ」
そんな話をしながら廊下を歩いていると、どこからかの視線を感じた。
これはグレースに恋心をいだいている男子生徒による目線で、彼女いわく慣れたとのことだ。
昔はそのまま告白されることもあったそうだが、今は俺が横にいることもありアタックの回数は劇的に減ったそうだ。
「私も恋愛したいけれどねぇ……一国の王という立場もありなかなか難しいのよね」
グレースは女王とはいえど中身はもちろん乙女。
彼女も恋というものには憧れているようだ。
そのまま廊下を歩いていると、今度は急に2人の女子生徒が俺たちの前に立ちふさがった。
「あの! 聞きたいことがあるのですけれど!」
彼女たちは俺たちの前に来ると勢いよくそう聞いてきた。
何を聞きたいのか分からず、俺は困惑して右側の女子生徒を見る。
彼女と視線があうと、彼女は恥ずかしそうに目を逸らした。
「えぇ。答えられる範囲内なら構わないわよ」
グレースは何を聞かれるのか分からなかったが、とりあえず了承の旨は伝えた。
女子生徒たちは了承されたことを喜ぶが、なぜか切り出すまでに時間がかかった。
彼女たちは覚悟を決めると、口を揃えていった。
「「お二人はお付き合いされているんですか!!」」
その質問に俺とグレースは固まる。
まさかそんな質問が飛んでくるとは思ってもいなかったからだ。
いつの間にか野次馬、特に女子生徒が多くなっており、どの世界線でも女性というのは恋愛関係の話題が好きなんだなと感じた。
「いいえ、そんな事実はないわよ」
「え……違うんですか?」
「ええ。逆にどうしてそう思ったのかしら?」
「それはその……毎日一緒の馬車で学校に来て、毎日隣同士に座って、毎日一緒に学食を食べて、毎日一緒に帰って。男女がこれほどの時間をともにしているというのに何もないわけがないと考えまして。というかこの節は学校中で話題になっていますよ!」
そんなに簡単に国のトップ同士が付き合うわけにはいかないと思うがな。
だがそう思われていたのであれば、ここでその疑念を晴らしておけてよかったかもしれないな。
噂が独り歩きするほどどうしようもないことはない。
「それで、質問は以上かしら?」
「は、はい。ありがとうございました……」
女子生徒たちはペコっとお辞儀をすると、そそくさと逃げるように離れていった。
俺たちは再び教室へと歩みを進めていく……のだが。
先程にもまして何だか視線を感じるようになった。
「なぁグレース、何だかさっきよりも視線を感じる気がするのだが気のせいだと思う?」
「視線? あー、女子生徒があなたを獣のような目つきで見ているわ」
「え、な、何で?」
俺は前世でも誰かとお付き合いをした経験がないので、女子に見られるというのは不思議な気分だ。
だがなぜ俺なんて眺めているのだろうか?
思案にくれていると、グレースが答えを教えてくれた。
「あなたの顔立ちが整っていて、さらに身長も高いから……ということももちろんあるけれど、実際に理由はもっと汚い理由よ。あの眼差しの裏には汚い大人がいるわ」
「汚い大人?」
「そう。王族に娘をダシにして取り入ろうとする大人よ。あなたが皇帝であるということはまだバレていないけれども、私のそばで行動しているということはかなりに王族と親密な人物であるということになる。そんなあなたと付き合うことができれば自分たちも出世できるだろうと考えてなんとかあなたと付き合えるように……って考えていると思うわよ。私は今まで逆にそういう男の視線を受け続けてきたから分かるわ。それに今あなたが私と付き合っていないと分かった以上、一層狙われるようになるわよ」
なるほど、そういうことであったか。
恋愛のれの字もしたことがないからといってホイホイつられてはいけないな。
どんな誘惑も弾けるように努力しないと。
そんな話をしていると、俺たちは教室にたどり着いた。
扉を開けて中に入ると、まずは先程以上の挨拶合戦が始まる。
Sクラスには上流階級の人間が多いため、その一挙手一投足にも貴族の権力争いが混じっている。
俺はいつも通り全員と軽く挨拶を済ませ、自分の普段座る席についた。
普段は俺の隣にすぐにグレースが座ってくるのだが、今日は何故か男子生徒に囲まれていて前進できていない。
まさか先程の会話がもうここまで波及してきているのだろうか……
「ルフレイ様、おはようございます」
いつもはあまり話しかけられることなどないため、俺は少し挙動不審になりながら声をかけられた方を向いた。
するとそこには、さっきまで下にいたはずのクラスでグレースの次に権力の高い女子生徒である公爵のご令嬢が、そして他の女子生徒が全員いた。
なぜこんなに……いや、理由は明確だな。
「おはよう。今日はいい天気だね」
「えぇ。お空も一面青々としていて、とても気持ちのいいお天気ですこと」
そう言った公爵令嬢は、俺の隣の席に荷物をおいて座った。
他の女子生徒たちも俺の席の周りを続々と埋めだした。
一瞬にして俺は女子生徒に囲まれてしまった。
「えぇと皆さん……なにか御用で?」
俺は苦し紛れにそう聞いてみる。
実は何か本当は俺の想像しているようなこととは違う理由があるかもしれない。
例えば、虫が出たから潰してほしいとか……そういう事かもしれない、いや、そうであればどれほど助かるか。
「なにか御用でって……何が用なのかはもうご存知なのではなくて?」
そう言うと公爵令嬢は俺の顔を両手で抑え、そして俺の耳へと顔を近づけた。
こんな事をされたことは今までに一度もないので、思わずどきりとしてしまう。
そんな俺の心の揺れ動きを感知し、彼女は妖艶に囁いた。
「今夜私の屋敷へおいでなすってください。家族ともども歓迎いたしますわ」
彼女はそう言うと、自分の胸元から住所と簡単な地図を描いた紙を取り出して渡してきた。
あまりにも露骨な誘惑であるが、普段オリビアが横で寝ているせいでこれに関しては何も思わない。
効果がなかったことに彼女は驚きながらも、問題はないというように続けた。
「何でもしてあげますわよ。あなたの望むことでしたらなんでも……」
彼女はそう言うと俺の顔から手を離し、自分の椅子ににこやかな笑顔できちんと座り直した。
ようやく終わったか……と安堵していたら、まだまだ女子生徒がいることに気がついた。
彼女たちもまた飢えた獣のような目で俺を見つめてくる。
「ちょっとちょっと、そこまでよ。ルフレイから離れなさいな」
俺が人数に絶望していると、なんとか男子の包囲網を抜けたグレースが助け船を出してくれた。
俺はありがたくその船に乗せてもらうことにした。
グレースは俺の座っている座席のある段まであがってくると、横に座っている公爵令嬢に気がついた。
「ちょっとあなた、そこは私の席よ」
「このクラスは自由席です。私はどこにでも座る権威を有しています」
「ムムム……だけどルフレイが困っているでしょう? 殿方を困らせることは、公爵令嬢として恥ずかしいことじゃないのかしら?」
「それは……」
公爵令嬢は、最後の助けの綱として「俺は困っていないよね?」と同意を求めるような目線でこっちを見つめてきた。
だが残念ながら俺は彼女から視線を外した。
それに気がつくと、彼女は失敗したと思い席をたった。
「今はルフレイ様はお渡ししましょう。ですが私たち、諦めませんので」
彼女はそう言うと、元の自分の席へと戻った。
男子陣も自分の席へと戻り、授業の準備を始める。
しばらくゴソゴソしていると、教室の扉が開いてメリルが入ってきた。
「はーい、授業始めるわよー……と言いたいところだけれども、今日は授業はしません!」
教室に入ってきて一番のメリルの発言に全員が驚く。
では今日は何をするのかと各々が持論を語り始める。
教室がうるさくなってきたのでメリルは一旦全員を黙らせた。
「今日は折角の晴天、ということで本日は水泳大会にしたいと思います!」
「水泳大会!? やったー!」
「久しぶりに泳げるぞ!」
メリルが水泳大会をすると宣言すると、教室中が湧いた。
男子だけでなく女子も大喜びしており、それほど全員が水泳が好きなのかと驚かされた。
メリルからすぐに自宅に帰って水着を下に着てくるように指示が出され、全員が急いで教室を出ていった。
「ルフレイ、私たちも遅れないように急ぎましょう」
「あぁ、そうだな」
俺とグレースも彼らに続き、教室を出ようとする。
するとその時、俺はあることに気がついた。
そういえば水着なんて持ってなかった……
「ルフレイ、なにか問題でも?」
「大問題だ。そういえば俺は水着を持っていない」
「あ、確かに言われてみればそうね……あ、いいところに!」
グレースはそう言うと、近くを通りがかった軍務卿の孫のマティアス=ライヒハルトであった。
マティアスはグレースに歩み寄り、一礼する。
グレースもそれに軽く答え、すぐに本題を伝えた。
「あなた、水着の予備なんて持っていたりするかしら?」
「えぇ、持っていますが……」
「なら好都合ね。どれか1つルフレイに貸してあげてくれないかしら? ルフレイは水着を持っていないらしくて」
「そういうことでしたら構いませんよ。ですが今は渡せないですので後でになりますけれども良いですか?」
俺はマティアスのその言葉に頷き、なんとか水着を借りることに成功した。
その後俺たちは別れ、急いで戻ってきた馬車に乗って城へと戻った。
そしてグレースの準備が終わると、俺たちは再び学園へと戻った。
◇
学園に再集合した俺たちは、複数人乗れる学園の馬車に数組に分かれて便乗した。
俺は馬車が出る前にマティアスから水着を借り受け、あいている教室で着替えた。
その上から制服を着て急いで馬車へと戻る。
「早く急いで! 馬車がでちゃうわよ」
グレースが馬車の中から顔を出して手を降る。
彼女にはあらかじめ席取りをお願いしていたので、俺の分の席は確保されているはずだ。
急いで俺は馬車に乗り、グレースが確保しておいてくれた席に座った。
「ありがとう。助かったよ」
「構わないわ。さぁ御者さん、もう馬車を出しちゃって」
「分かりました。では出発しますね」
馬車が出発したことを確認し、俺は周りを見る。
すると周りは女子生徒だらけであった。
俺はグレースの方を見ると、彼女は舌をちろりと出して謝る。
「ごめんなさいね。いつもはもっと人がバラけるのだけれど……今日はね」
後ろの席からは、先程と同じく獣のような視線を向けられていた。
俺はなるべくそれらと目を合わせないようにそぉーっと視線を戻そうとする。
するとその時、馬車の後部にある小さな窓からなにかが見えた。
「あれは……ハンヴィー? なぜついてきている?」
後ろの窓からは、確かにハンヴィーがついてきているのが見えた。
今ハンヴィーは王城とフォアフェルシュタットに配備されているが、距離的に王城に配属されているものだろう。
あれの運転をできるのは櫂野大佐しかいないので、必然的にあれに乗っているのは櫂野大佐ということになる。
「まぁなんでもいいか。現地についてから聞いてみれば良い」
俺はこれ以上あのハンヴィーのことを考えることは止めにした。
ふと気を抜くと誰かと目が合いそうなので、俺は眠って時間をやり過ごすことにした。
◇
「ルフレイ、到着したわよ。起きなさい」
「う〜ん……もう着いたのか」
馬車の適度な揺れが心地よく、俺は熟睡していた。
グレースに起こされたことによってなんとか目を覚まし、後は俺とグレースしか残っていない馬車から降りる。
既に他の生徒達は上に着た制服を脱いで水着姿になっていた。
「残っているのは私たちだけよ。すぐに脱ぎましょう」
グレースはそう言い、馬車の影に隠れて制服のボタンに手をかけた。
ここで脱ぐのかと思いつつ、俺も彼女に倣って制服を脱ぎ始めた。
ただ脱ぐだけでいいので着替えはすぐに終わり、脱いだ制服を畳んで全員が待っている場所へと移動した。
「これで全員そろいましたね。私から言うことは唯一つ、絶対に命の危険があるようなことはしないこと。分かりましたか?」
「「「「分かりました」」」」
「では存分に遊んでいらっしゃい」
メリルの一言で、生徒たちは一斉に水面へと走り出した。
彼らは何度も来たことがあるので、ここでの遊び方には慣れているようだ。
だが俺は砂浜の砂を踏みしめ、慎重に水を一口舐めた。
「! 塩辛くない……ということはここは湖か」
「何を当たり前のことを言っているの? ここは我がルクスタント王国最大の湖兼最大の避暑地じゃない……ってルフレイ、あなたそういえばこの国出身じゃなかったわね。道理で知らないわけだわ」
確かにこの湖のことは何も知らなかった。
だが水辺での遊び方であれば日本で履修済みだ。
俺は膝ぐらいまで湖に浸かり、グレースの方を振り返る。
「どうした、入らないのか?」
「私一度溺れかけたことがあるのよね……だから水辺だけで十分かしら」
グレースはそう言って手で水際の水をパシャパシャと触る。
……そうだ、こういうときこそいたずらを仕掛けるべきではないだろうか。
俺はそぉーッとしゃがみ、手のひらに水をすくった。
パシャッ!
「あー! ルフレイあなた、やってくれたわね!」
「ハハハ! せっかく皆で湖に来たんだ。楽しまないとだろ! 悔しかったら捕まえてみろ!」
「キーッ! 待ちなさーい!」
俺は必死に追いかけてくるグレースから逃れるために走り出す。
彼女もまた負けじと追いかけてきた。
グレースの方を向きながら走っていると、俺は誰かにぶつかってしまった。
ポフッ♡
「おっとっと、ごめんなさい……ってなんだこの柔らかい感触?」
俺はたしかに人にあたったはずなのに、想像とは違う感触を受けて戸惑う。
何にあたったのかと思い、俺は前を向いた。
そこには教室で俺に話しかけてきていた公爵令嬢顔を真っ赤にして立っていた。
「あ、その、これは別に故意にやったわけでは……」
「ルフレイ様はそんなに胸がお好きですか//! ルフレイ様も殿方ですものね//。よろしゅうございます、私の自慢の胸、お貸しいたしましょう!」
「いや、別にそういうわけでは……」
俺が誤解を解こうとすると、横顔に冷たい水がかけられた。
何事かと思い俺がそちらを見ると、そこには公爵令嬢と同じく顔を真っ赤にしたグレースが立っていた。
だが彼女は公爵令嬢が恥ずかしさで顔が赤くなっているのとは違い、怒りで顔が赤くなっているようだ。
「ル〜フ〜レ〜イ〜! あなた何おっぱいにあたって喜んでいるのよ!」
「別に喜んでは……」
「おや? グレース様は私よりもお胸が少し小さいようで。ルフレイ様、触るのであれば私のほうがよろしいかと」
グレースと俺の会話に公爵令嬢も混ざってき、話は段々カオスな方向へと向いていく。
他の生徒達もこのレアな光景に興味津々のようだ。
一部の男子生徒はこの状況を羨ましがっているが、当事者の立場になってみるとこれはたまったものじゃない。
「何よその発言、私のおっぱいが小さいですって!? これでもCカップあります〜だ!」
「私はDでございますわよ?」
「な、なんですってぇ!? でも確かに言われてみればあなたのほうが大きいような……」
グレースは幾度も自分の胸と公爵令嬢の胸を見比べる。
彼女は自分の胸を腕でぎゅっと集めてもみたが、大きさが変わることはない。
その様子を見た公爵令嬢は、勝ち誇ったように言った。
「私のお胸のほうが大きい、つまりは殿方であるルフレイ様は私の胸に魅了されるのですよ!」
「ルフレイはそんなエロオヤジじゃない!」
「エロオヤジ言うな」
「お二人共、言い争いはおやめください」
俺が話を収拾できずに困っていた所、救世主が現れた。
誰かと思ってみてみると、それはかなり危なっかしい水着を着たオリビアであった。
そして彼女の胸にはメロンがついている。
「オリビア……あなた……一応聞くけどそれ何カップ?」
「これですか? Fですよ。おかげでよく肩を凝ります」
「「え、F……」」
グレースと公爵令嬢は、その圧倒的な戦力差の前に敗北を確信した。
彼女たちは自分たちの争っていたスケールがどれほど小さいものであったかを自覚した。
もはや言い争う気持ちも失せた彼女らは、とぼとぼと歩いていく。
「そんなことはどうでもいいのです。ルフレイ様、櫂野大佐様がお呼びになられております」
「それはいいんだけれどさ……なんで来ているの?」
「それは私がルフレイ様の専属メイドだからですよ」
そうだからとはいっても他の誰も連れてきていないがな。
いや、「連れてきていない」と言うよりかは「付いてきていない」か。
まぁ良い、取り敢えずはなぜ櫂野大佐が付いてきたのか気になっていたのだ。
「司令、お疲れ様です」
「櫂野大佐、ここには何のようで来たんだい?」
「はい。それすなわちこれを届けるためです」
櫂野大佐はそう言うと、ハンヴィーの後ろの荷物置き場を開けた。
するとそこには、箱いっぱいに詰められた瓶ラムネの姿があった。
それだけじゃない、どうやらアイスクリームも積んできているようだ。
「これを届けるためにわざわざここまで?」
「えぇ。司令が馬車で出発したところからついてきておりました。オリビアさんのお陰で溶けることもなくいい状態で残っていると思われます」
せっかく大量に持ってきてくれたのであれば全員に振る舞うしかないな。
俺は水遊びをしている全員を一旦ハンヴィーの近くに集めた。
やってきた彼らに俺はラムネの瓶を1本ずつ配っていく。
「なあ、これってどうやって開けるんだ?」
俺が配っていると、ラムネ瓶の開け方がわからないという質問が出てきた。
俺は手に持っていたラムネの瓶を使って彼らに蓋の開け方を教える。
教えたひとは各自で栓を開け、ラムネを飲みだした。
ゴクリ、ゴクリ、ぷはぁ!
「何だこの美味しい飲み物は! 初めて口にしたぞ!」
「本当だ! 爽やかで美味しい、まさに夏のような飲み物だな」
「それに瓶の形も不完全で、またその雰囲気が良い!」
どうやら彼らには物珍しいラムネが好評なようだ。
俺も久方ぶりにラムネの瓶に口をつけ、中にはいっているラムネを飲んだ。
何だか懐かしい、小学生の頃を思い出しそうな味がした。
次に櫂野大佐は持ってきたカップにアイスクリームを入れ、スプーンを付けた。
生徒たちは先程のラムネで衝撃を受けていたが、これでまた常識が覆されることになる。
彼らが一口アイスクリームを口に入れた時、明らかに表情が変わった。
「なぜこんなにも美味しい商品がこの世に存在するのだ!」
「素晴らしいとしか言いようがない。まさに私が生きてきて最も衝撃を受けた料理だよ」
アイスクリームを口に入れたまま彼らは堂々と発言をする。
結局いっぱい持ってきたアイスとラムネであったが、すぐに売り切れとなった。
ひと休憩した俺たちは、日が沈むまで様々な遊びを堪能した。