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『最凶の悪役』特別短編 ー血ー ※重要ネタバレ有り

 
———“ヘルファウスト”


 ———竜王の成り損ないが、貴様に死など生ぬるいものは与えぬ。この神が直々に、地獄の淵で永遠に苦しみもがく栄誉を与えよう!

 ———セ……リ……






 革命組織の計画を阻止した一週間後。
 魔王ユニの提案で、大規模な宴が理想郷で開催されることとなった。
 戦いで目覚めたばかりのロベリアは初めは乗り気にはなれずにいたのだが、国全体がお祭り状態になっていく様に流され、いつの間にか会場の準備を手伝っていた。

 千師団は魔王軍の兵士と模擬戦して互いの戦い方にアドバイスしたりと仲良くしていた。

 シャレムは会場のテーブルの上で横になって日向ぼっこ。
 手伝う気はゼロである。

 エリーシャは他の女性陣と厨房で宴の料理の準備を。
 アルスとジェシカは試合で対戦した魔官と交流。

 一週間前までの険悪な雰囲気は、そこにはなく平和である。
 宴開催が迫る夕暮れ時、街から少し離れた場所にあるかつて理想郷の一部だった廃墟で、竜王ボロスは慎み深い様子で佇んで、誰かを待っていた。
 酒豪なボロスが酒の席を二の次にして、他を優先させることは稀だ。
 それほど彼にとって重要なことなのだ。


「―――待たせてやったな、竜王」

 ボロスの前に現れたのは、魔王ユニだった。
 護衛も側近もなしに独りで来たのだ。
 ボロスは世界を混沌に陥らせる魔の君主がそびえ立っていても、一切の怯えを見せない様子だった。

「ええ、退屈してしまいましたよ、魔王」
「ふん、にしても余を前にしても臆さないのじゃな?」

 常人ならば卒倒している。
 竜族を根絶やしにした初代魔王の血を引く者ともなれば平然といられるはずがない。
 しかし、魔王ユニに怯えない理由《ワケ》がボロスにあった。

「”君”に怯える必要が私にはないですからね。身を潜めていたのは初代魔王シオン・マグレディンにです。君じゃない」

 魔族の最上位に君臨する魔王が世界の覇権を握ろうと人族に宣戦布告した戦争”第一次人魔大戦”が始まった500年程前。魔王軍の軍下に加わることを戦争に参加することも拒んだ竜族は、人族と同様に殲滅の対象となり、幼い頃のボロスを除く竜族が掃討された。

 同じように軍下に加わることを拒否した妖精族はお咎めなく赦されたというのに、なぜ自分たち竜族だけが皆殺しにされなくてはならなかったのか。
 無慈悲に殺されていく同胞を、燃え盛る故郷を幼い頃のボロスは憤りを覚えたが、抑えるしかなかった。
 かつて魔族で最も最強と畏れられた竜族の王が、父が羽虫のように魔王に殺されたのだ。
 数百年もの年月を復讐だけのために賭けたとしても、魔王に仇討ちなど自殺に等しい行為でしかない。

 だからボロスは、誰かが魔王を倒してくれるまで逃げるしかなかった。
 逃げて、逃げて、逃げて、そして———

「それで、何かの話がしたくて呼び出したのじゃろ? この余が直々に出向いてやったのじゃ、光栄に思えよな」
「高慢ですね。好きですよ、そういうの」
「余も余が好きじゃな」

 胸を張る魔王ユニを、ボロスは子供を見守るような優しい目を向ける。

「君が、ロベリア様を眷属にしようとする理由についてお聞きしたい点があったんです」
「ほん? ヤツを気に入ったからだけじゃぞ? 余の眷属にふさわしい、それだけじゃ」
「魔王軍三大元帥ラプラが接触したある脅威を危惧しているのではないですか?」
「……」

 喧しかった魔王ユニが黙り込む。
 周囲に、重々しい空気が走る。

「―――その脅威となる人物に、私も接触したことがあると言ったらどうしますか?」




 魔王ユニが拘束する魔術を放ち、ボロスがそれを弾くまで。
 何もかもが一瞬の出来事だった。
 双方が静止すると、遅れて発生した衝撃波によって地面から砂埃から舞い上がり、廃墟の一部が重力に抗いながら崩れ落ちた。

「三大元帥セフィロトの憶測通りというわけか。力に目覚めた竜王は十二強将に匹敵する……面白い」

 額から冷や汗を流し、必死に呼吸を整えようとするボロスを見つめる魔王ユニの口元が弧を描いていた。

「お主を拘束して洗いざらい吐き出させるのも一つの手じゃが、かえって傲慢の魔術師の怒りを買うやもしれん。聞かせてくれ、その者とはどのようにして接点を持った?」
「はぁ……はぁ……接点なんかありませんよ、勧誘を受けて断っただけです」

 服のホコリを払いながらボロスは話を続ける。

「君の欲しがるような情報は持っていませんし、君がその人物について三大元帥の一人と話していたのを偶然耳にしただけですよ」
「嘘をつけ、絶対に聞き耳を立てたじゃろ」

 ボロスがロベリアの配下になる、少し前。
 彼の前に、ある人物が現れたのだ。

「その者は”冠位”とやらを取り戻すため仲間を募っているようでして、私も一員に加われと誘われたのですが。ご丁寧にお断りしました」

 魔王ユニが三大元帥セフィロトと密かに『裏切り者の三大元帥ラプラ』の尋問で得た情報のやり取りをしていたところを耳にしたボロスは、確信を得たのだ。
 かつて自分を勧誘した人物と、今回の事件の首謀者が同一人物であると。

 そして魔王ユニが前々から、その人物を危険視していたことを知ったからこそ誰もいない廃墟に呼び出したのだ。

「……ラプラもそうじゃ、同じことを言っておったぞ。『そいつは神の冠位を取り戻すための戦いに協力してくれと頼まれた』とな。その者の名は―――」

「「”ザラキエル”」」

 魔王ユニとボロスの声が重なる。
 やはりボロス、ラプラが接触したのは同一人物だったらしい。

「数十年前からザラキエルの動向を探っていたのじゃが、その魔の手が魔王軍に及んでいたとは思ってもいなかった。竜王よ、お主は本当に、他になにか情報を持っておらんのか?」
「逆に私が聞きたいですよ。私達の住むこの世界の神といえば、神話本では全知全能。ザラキエルが神になることを望んでいるのなら、唯一の対抗手段が▢▢▢▢の▢▢▢しかないかもしれない」
「ああ、だから傲慢の魔術師を眷属にしようとしたのじゃ」
「ええ、では整理しましょうか」

 ロベリアの配下になる以前の竜王ボロスと、魔王軍三大元帥ラプラの前に”ザラキエル”が現れ『神の冠位を取り戻す戦いに協力してくれ』と勧誘を受ける。
 ボロスは断ったが、ラプラは了承してザラキエルの協力者になる。
 魔王ユニは数十年前からザラキエルの存在を観測していたが、ラプラの尋問でようやく名前と目的が明らかになる。
 そして、ザラキエルに対抗するため傲慢の魔術師ロベリア・クロウリーを眷属にしようとした。




「ザラキエルが何者なのか、何を成し得ようとしているのかは解らんが。ロクなことではないのは確かじゃな」
「ええ、ロベリア様たちにも相談したいのですが、理想郷にザラキエルの協力者がいないとは限らない。できるだけ私だけで探っていこうと思います」
「……ああ、そうじゃな」
「……」

 情報交換を終え、解散とはいかなかった。
 気まずそうに見つめ合って、お互い何を言おうとしていた。
 まだ、話したいことが二人だけにあるのだ。



「初代竜王、私の父上に似ましたねユニ。この世界に絶望した兄の子とはとても思えない、優しい魔王です」
「……ふん。余は余の考えをもっているだけじゃ、父上と祖父は関係ない。余のやり方で、この世界を覆す。誰も傷つけ合わない、面白可笑しく、愉しい世界にな。話しが終わったのなら行くぞ」

 そう言い、魔王ユニは背中を向けた。
 その背中を見届け、ボロスは小さく微笑んだ。

「まったく……生意気な姪っ子ですね」






「同じ血を引いた同胞とは思えん腑抜けヅラめ。認めん、奴が余の伯父なんぞ……」

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