12月24日。
“クリスマス”という文化はこの世界にも存在していた。いや、正確にはクリスマスではなく”聖夜”と呼ぶらしい。
大昔、”賢者”を名乗る人物が広めたという歴史があるのだが、もしやシャレム……なわけないか。
当のシャレムは一日中暇ということで今朝、町中の雪かき隊長に任命した。
死ぬほど嫌がっていたのだが、来月のお小遣いを2倍に増やすという約束したら目の色を変えて出発していった。
単純な奴、といつもなら蔑んでいた所だが、理由はどうあれ”やる気”があるのは良いことだ。
いつもより分厚いコートとマフラーを巻いて、街に駆り出した俺は手始めに鍛冶屋へと赴く。
店の中に入ると、外の寒さなんて気にならないほどの熱気が店内にこもっていた。
奥の方から、店主のヤエが顔を出す。
いつもの薄い作業着をしており、額に汗を滲ませていた。
「おぉ、ロベリアの旦那じゃん。こんにちは〜」
「……ああ、頼んでおいた物を受け取りに来たんだが、終わったか?」
「そりゃ、バッチリだよ。渡された素材の加工には手間取っちゃったけど、私の腕にかかればどんな素材でも一級品に仕上げちゃうんだからっ」
自信満々に断言するヤエなのだが、理想郷一の鍛冶師の彼女が言うのなら間違いはないのだろう。
彼女の働きぶりには頭が上がらない、感謝の追加料金を多めに払って、依頼していたブツを受け取る。
「まいどー、また来てね旦那。他の店に浮気しちゃダメだからね〜?」
作業着のまま店の外まで見送ってくれるヤエ。
いや、寒くないのか? なんで平気そうな顔をしているの?
(いや、鉱山の方でも寒い時期にも関わらずトップスを脱いで作業をする人もいるし、この程度の寒さなら大丈夫なのかも……)
理想郷の図書館にて。
館内は暖房でも付いているのか温かい。
それが目的で図書館に訪れて寛いでいる高齢の方々や、勉強をしている学生が多い。
静かで落ち着くことができるスペースはこの施設の中だけだ、なので俺もよく利用している。
今日は館長のマナに用事があるので図書館の奥へと進む。
時々、分厚い本が頭上をフワフワと通り過ぎたりする。
この図書館で働いている司書は二人しかいない。
それじゃ手が足りないので、本を風魔術で飛ばして運んだり、埃をとったり、器用にホウキを操作して掃き掃除をしたり、まるでデ◯ズニー映画のような光景だ。
「えぇ、とこれは、ここに……あれはあそこに……ええと、なんだっけ……」
向かい側から山積みになった本をブックトラックで運んでいる妖精族フェイの姿があった。
忙しいところ申し訳ないのだが、急ぎの用なので彼女を呼び止める。
「フェイか、すまないがマナを呼んでもらえるか? 彼女には用が……」
「あわわ、ごめんなさぃぃぃ! 本日はマナ館長は不在なんです……ラケル様の転移魔術で妖精王国に帰ってしまって、しばらくの間は私が館長代理という感じになっているんですぅ」
マナが不在か、それは仕方がない。
ん、待てよ。彼女がいないということは気弱なフェイがたった一人で、ワンオペで働いているということなのか?
嘘だろ、ただでさえドジっ子で苦労人のフェイをたった一人にして、マナは妖精王国に里帰り。
魔術ではなく、わざわざブックトラックで本を運んでいるのも、魔術だけでは手が足りないからなのか。
「マナに頼んでいた本の写しを買いに来たのだが、居ないのなら出直すよ」
「えっと……あっ! そういえば! ええと……」
前から気になっていた本なのだが、借りようとすると既に貸し出されていることが多い競争率の高い本だ。
なのでいっそのこと中身を写した一冊を作ってもらい、購入しようという話だ。
この世界に著作権など存在しない。
フェイは腰のポーチから手帳を取り出して、パラパラとページをめくって、思い出したかのようにこちらを見上げた。
「そ、そうでした。予約していた、あの本ですね。ロベリア様が本日、ご来館することも館長からお聞きしています……なので忘れないように朝から肌身離さず……」
フェイは服の中から、一冊の本を取り出した。
顔をしかめながら受け取る。
まだ温かい……信長の草履を温めていた秀吉かよ。
こういうのは、あまりよろしくないと思うけど、渡せたことで浮かれているフェイを見て、とてもじゃないが指摘することができなかった。
「ああ、ありがとう……」
「それじゃ、お仕事ですので! では、また!」
フェイにお金を渡すと、彼女は弾かれたように何処かへと行ってしまった。
まぁ、マナが帰るまでの間は忙しいことに代わりないからな。
てか、人手が足りないなら求人を出すか、休館にすればいいのに。
弟子二人は学校で聖夜パーティ、ボロスはジークとクラウディアと待ち合わせ(飲みに行ってるだろう)、エリーシャは女性陣と市場へショッピングに行ってしまったので、夕方になるまでは一人である。
その間を読書で潰すのもいいが、せっかくの聖夜、年に一度しかない日。
それらしい事をしなければと思いつつ、そもそも前世ではクリスマスという文化にあまり触れたことがない。
海外では親戚と集まってパーティをしたりご飯を食べたり、プレゼント交換をしたりと楽しそうなのだが。何故か、日本では恋人と過ごす日というイメージで定着している。
非常に納得がいかない、非リアには辛い日だ。
フリーターの一人暮らしなので、一緒に過ごしてくれる家族が居なければ恋人もいない。
ゲームばかりしてたなぁ、同じクエストを何度も何度も周回していたものだ。
しかし今の俺には妻がいて、息子娘のような弟子がいて、居候二名がいる。
正直、前世よりも幸せな日々が続いている。
この幸せに至るまでの道のりが、血反吐を吐くほど険しかったけどね。
郷愁に耽りながら帰路についていると、広場の方がなにやら騒がしい。
催し物でも行われているのだろうか。
時間もあるし、少しの道草ぐらい何の問題もない。
人だかりに紛れて、皆が楽しげに見ている方向に視線を向ける。
どうやら大食い大会が行われているようだ、何故か。
某海賊漫画に出てきそうな山盛りの骨つき肉に挑戦しているのは三名———
「うぷっ……無料で食えるからって参加したけど吐きそう……じぬぅ」
心配になるほど腹が膨れて苦しそうになっている、口まわりが脂っこい賢者シャレム。
昨晩から仕込んでいる七面鳥があるのに、あの野郎。
「バリバリ、クチャクチャ、モグモグ、バクバク!!!」
一口がちっさ過ぎて、肉一本食い終えるまで一年かかりそうな妖精王アレン。
チマチマ食ってるのに擬音が煩すぎる。
「ワッハハハ! もっと持ってくるのじゃ! この程度の量では、余の腹を満たすなど100年経っても出来んぞ!」
掃除機のように肉を次々と吸い込んでいく魔王ユニ。
理想郷の備蓄まで食い尽くすつもりか、誰か止めてくれ。
勝敗がここまで明らかな大食い大会は、他に存在するだろうか。
これは、百パーセント魔王の勝ちだな。
(何で、魔王がいるこの状況を当たり前のように受け入れてるんだろう……俺)