どうせ黒畜にはラブコメなんて無理だろ?
そんな声に反逆の狼煙を。
壊彼の続きを書けよという声には全力で耳を塞ぎたい。
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『チョコパフェ』
退屈な授業の終わりを告げる最後の鐘が鳴る。
私がノートと教科書を鞄に直し、立ち上がった時には四十名のクラスメイトは数人しか残っていなかった。
未だに帰る様子もなく話し続けている男子グループの笑い声を背中で聞きながら、教室を後にした。
いつも、一緒に帰るミッチはデートがあるからと先に帰った。
今日はそんな日だし、仕方ないね。
案外、教室に残ってた男子達は期待してたのかもしれないな。
そう思うと何だか笑えてくる。
駅までの道すがら、私の名前を呼ぶ声が背中に掛かる。
「あれー、どした?」
と、首を傾げる私にカネザキは、走って来たのだろう、息を切らしていた。
「いや、教室を一人で帰るとこ見たからさ。いつも谷山と一緒なのに珍しいと思ってさ」
谷山というのはミッチの事だ。そんな事を言う為にわざわざ追いかけて来たのだろうか。いかにもカネザキらしい。
「ミッチは今日、彼氏とデートなんだって」
「ああー、例の年上の彼氏かぁ。確か大学生なんだっけか? よくやるよなぁ」
何が、よくやるんだろう?
敢えて突っ込まずに笑顔で返しておく。
少しだけ胸が痛んだ。
「てっきりさ、お前ら喧嘩でもしたのかと思って、話だけでも聞いてやろうと走ったのに無駄な労力使っちまったよ」
と、カネザキは大袈裟な素振りで嘆いてみせた。カネザキは世話焼きなヤツとして知られている。時としてお節介すぎる面もあるが、憎めないヤツなんだ。
駅までの道すがら、カネザキはよく喋り、よく笑った。
だから私も同じようにしたんだ。
沈黙は怖い。消したはずの想いが、新たな痛みを連れてくるかもしれないから。
私はこの世話焼きで、お節介なカネザキの事が好きだった。過去形なのは理由がある。それも至極、単純な理由だ。
カネザキはミッチが好きなのだ。直接、聞いた訳ではないけど、第六感ってヤツだけではなく、そう思うのにも理由がある。
先月ぐらいからカネザキとミッチの二人が仲良く話す姿を教室で度々、見かけるようになった。
何を話しているのかは知らないけれど、二人は楽しそうに笑っていた。
そこに私が近づくと、すっと空気が変わるんだ。
何でもない風に装ってはいるが、明らかに様子がおかしい。そんな事が何度かあってから、私は二人が一緒の時は遠巻きに見てるだけにした。
ミッチに聞いても、はぐらかすだけで何も教えてくれない。
大学生の彼とは上手くいってないことは聞いて知っていた。二人がくっつくのは時間の問題だなと思った。
ミッチは親友だ。友情の為なら、この恋心は封印してやろう。
カネザキのバーカ、と心の中で悪態をつくことで手向けの花としよう。
でも、ミッチは彼との危機的状況を乗り越えてバレンタインというイベントを共に過ごす。カネザキとしても気が気じゃないはずだ。だから、こうして探りを入れに来たんだろう。
「お前、この後何か用事ある? 無かったら、茶でもしていかねえ?」
は? カネザキの誘いが余りにも意外だったので、自分でも可笑しいぐらい変な声が出る。
心臓がうるさいぐらいに鳴っている。
静まれ。この誘いはカネザキのスパイ活動なんだ。他意なんてないんだ。
駅から数メートル離れた場所に喫茶店はあった。店内はそう広くはないが、落ち着いた感じの雰囲気。
「いい店だね」私がそう言うと、カネザキが得意気な顔をする。
「静かで雰囲気いいだろ? ここは俺のとっておきなんだ。駅前にスタバはあるけど、うるさくて余り好きじゃない」
いつも、誰かに囲まれているカネザキがそんな風に言うなんて意外だった。案外、学校で見せてる顔は本当のカネザキじゃないのかもしれないな。
程なくしてコーヒーが運ばれてきて、何となく私達は黙った。
コーヒーは中々の味だった。この味を知るとスタバのコーヒーは飲めないと思わせるには充分な説得力は持ち合わせていた。
カネザキの方を見ると子供がやるみたく、ふーふーと湯気がたつカップに息をかけていた。それが可笑しくて爆笑する。
「何だよ、笑うなよ。俺、猫舌なんだよ」
そう言いながら、カネザキも笑った。
それが呼び水となり、さっきまでの沈黙が嘘のように話が弾んだ。こうやって話すと何て共通点の多い事。好きな音楽、好きな本。私とカネザキの趣味趣向はよく似ていた。
カネザキがようやくコーヒーをちゃんと飲み始めたのは、それから三十分ぐらい経ってからだ。すっかり冷めてしまったであろうコーヒーを美味しそうにカネザキは飲み干した。
「なあ、コレ食ってみねえ?」
■
テーブルに置かれた物を見て、二人で含み笑いをする。
テーブルにはチョコと、生クリーム、バナナ、ミカン、リンゴで織り成す造形美、チョコバナナパフェが鎮座しているのだ。これを笑わずして何とするのか。
「カネザキが甘い物好きとは知らなかったなー」揶揄するように私が言うと「作り上げた俺のキャラが壊れていく」と、おどけるようにカネザキは笑った。
寧ろ、高ポイントだよ。
私は胸の内で呟く。
でも、ミッチなら罵倒するんだろうな。
甘い物が好きな男はマザコンだって定説を唱えるぐらいだし。考えてみれば、カネザキはミッチが好きなタイプからは大きく外れてるんだよな。
日本人と外人ぐらいの差はあるんじゃないだろうか。そんな事を考えている内に、カネザキのパフェは半分ほどになってた。
「ペース、早いね」呆れたように言うと「普通だろ? お前が遅すぎるんだって」カネザキはひと時も手を休めずに食べ続けた。見てるこっちが爽快になるぐらいの食いっぷりだった。
「あー美味かった」
「ほんとに好きなんだね。コーヒーは飲むのに時間かかったくせに」
まあな。カネザキがしれっと答える。
「ところで、知ってるとは思うけど今日ってバレンタインなんだよね」
食べながら私は「そうだね」と、首肯する。
「だから、これは俺からお前にってことで」
へ?
二の句が告げずに居る私にカネザキは言う。
「バレンタインなんか唾棄すべきイベントだと思うけど、自分の気持ちを伝えるキッカケになるって意味では俺は認めてるんだ。なんとなく女子が男子にって形にはなってるけど、公式ルールなんかないしな。そう言う訳で、このパフェは俺からお前にってことで」
「このパフェが?」
「そう。このパフェが」
「カネザキから私に?」
「色々と頑張ったんだぜ。谷山からお前の好きなものを聞いたりさ。おかげでニルバーナの曲も歌えるようにもなっちまった」
カネザキがそう言って笑うのを聞きながら、私はお節介焼きがもう一人居る事を思いだした。
ミッチ。
ここには居ない親友の名前を胸の内で呼ぶ。
参ったなぁ。
全部、私の勘違いだったってことか。
ミッチは今頃、ニヤニヤしてるんだろうなあ。明日、学校で何を言われるかは容易に想像がつく。ほんと、参ったなぁ。
でも、顔は全然参ってない。
了