異性の幼馴染がいる。
そう話す美桜の口調から、微細な変化を感じた。話しぶりこそ何でもないようだが、表情は気持ちの機微があると雄弁に語っていた。
何でも柚木家が出資している会社の経営者の子息で幼少から付き合いがあるとか。
「二つ上でね、お兄ちゃんって感じなの」
琥珀の瞳は柔らかな光を湛えている。
プラチナブロンドの髪を後ろに流し、石楠花色のワンピースに包んだ彼女が朗らかに、その幼馴染の思い出を語る。
それを笑顔で聞く俺の胸は微かに痛む。
まあ、そんなもんだろう。
後から来た俺に、用意された席は無いって事だ。
「あ。ごめんなさい、こうして二人で会ってるのに、違う男の人の話は気分良くないですよね」
誤魔化すようにコーヒーカップに口をつける仕草も、一枚の絵画のようだ。
柚木家の長女として生を受けた彼女は、世俗からはどこかズレている。厭世的に物事を考える身としては彼女の考えは甘く、焦れる。それでも彼女の魅力は陰を落とさない。
チクリと痛む心情に好意がないとは言わない。恐らくは八坂家の権力を持ってすれば、美桜の籠絡は望外ではないのだろう。
然りとて、なんのてらいなく、飾らない笑みを向ける花は散るだろう。
それは看過できない。許容できない。甘受もならない。
始まらない恋でいい。
形式だけの時間を享受しよう。
だから、俺は道化を演じる。彼女の話を聞き、笑い、大人の思惑に起因する時間を少しでも楽しめるように。
所詮、道化は道化だった。
舞台袖で見守るはずが選択肢もなく、否応無しに舞台だけが整えられる。
調号は長調から単調へと移行し、破滅へのプレリュードを奏でるのを、この時の俺達はまだ気づいていなかったんだ。
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書き上がりました。
タイトルは「道化は遁走曲を踊る」です。
本文の後書きにも触れましたが、試みのある構成になってます。大した事じゃなく結果も散々なものになりましたがorz
またもや1万文字をオーバーしたので、今から推敲、手直し作業に入り、問題なければ二、三日中にうpします。それでは、今暫くお待ち下さい。