『魔道具は歌う』の閑話です。
第38話まで読むことをお薦めします。
Side:マニーマイン
「おい、揚げパン1個銅貨1枚だってよ」
バイオレッティがギルドのカウンターの上に置かれた札を読んでそう言った。
「銅貨1枚なら、露店のかなり不味い部類に入る」
クールエルがそう言った。
「でも、ひとり1個までとあるし、ギルド員限定だって。揚げパン1個頂戴」
スノットローズが揚げパンを買った。
味見させてから買うのが良いわよね。
「はむはむ、ふぐっ。ほへぇ」
味はどうなのよ。
放心している場合じゃないでしょ。
放心するほど不味いのか美味いのかはっきりしなさい。
「俺にも揚げパン1個」
サーカズムも行った。
サーカズムは一気に食って何も言わない。
どうなのよ。
我慢できないわ。
「私にも1個」
食べると油と香ばしさと砂糖の甘みが一体となって物凄く美味しい。
これが銅貨1枚だなんて、信じられない。
クールエルとバイオレッティも食べて無言だ。
バイオレッティが受付に詰め寄る。
「お替りをくれ。俺達はAランクなんだぞ」
「数が少ないのでお一人様1個までとなってます」
「そんなことは分かっている。高位ランクならしかるべき待遇があるだろう」
「では、シナグル様に直談判して下さい。パンを卸している女の子の保護者ですから、材料も用意してあげてるみたいですよ」
シナグルは変に器用貧乏だったりするから、美味しいパンぐらい作るわよね。
いや、人を騙して作らせているのかも。
子供が関係しているらしいから、きっとそうね。
「あの詐欺師のシナグルの野郎が作ったパンかよ。げろ不味だったぜ。くそっ、食って損した。そんなパンこうしてやる」
バイオレッティが籠のパンをひとつ手に取ると、踏みにじった。
「行こうぜ」
サーカズムが行こうとみんなを促した。
私達の前に冒険者達が立ち塞がった。
「スイータリアとテアのパンが不味って。聞き捨てならねぇな。それに踏みにじるとは許せない」
「詐欺師が関与しているパンだから不味いのよ」
私はそう言い放った。
「詐欺師って誰だ。そんな奴いたかな」
「こいつらきっと見えない敵と戦っているんだぜ」
「そういう奴いるよな」
「おい、俺達の頭がおかしいってのか」
語気を荒らげるバイオレッティ。
さすがに喧嘩は不味い。
それも銅貨1枚のパンのことで。
でも私も謝りたくない。
「パンは確かに美味しいけど、詐欺師の隠し味がするのよ。あなた達には分からないでしょうけど」
「ほう、俺は料理人冒険者を名乗っているが、そんな味はしないなぁ」
「そうだ」
「そうだ」
「謝れよ」
「踏みにじったパンを食え」
「やってられっか」
バイオレッティも喧嘩は不味いと、冒険者達を回避して、出入り口に向かった。
私達もそれに続く。
だが回り込まれた。
多勢に無勢。
私達は踏みにじったパンを口に入れられ咀嚼させられた。
泥が付いたパンはじゃりじゃりする。
バイオレッティの手が剣の柄にかかる。
駄目。
剣を抜いたら洒落にならない。
「おい、剣は抜かせないぜ」
見抜かれている。
バイオレッティの剣の柄は押さえられた。
くっ、シナグル。
覚えておきなさい。
「これに懲りたらこんなことはするな。それと悪口もな」
みんな黙っている。
私達は屈辱を胸にギルドを出た。
Side:とある冒険者
スイータリアとテアのパンを踏みにじった奴がいる。
俺達が許せないのは、パンが美味しいってだけじゃない。
たとえ不味いパンでも、食い物を粗末にする奴は許せない。
冒険者の大半は農家の出だ。
作物を大事にする。
食材を無駄にする奴は農家の敵だ。
あいつらだって農家の出だろう。
Aランクかなんか知らないが、図に乗っている。
生まれや育ちを忘れる奴は好きになれない。
あいつらはきっとひどい目に遭う。
そういう基本を忘れた奴はそうなる。
可哀想にな。
だが指摘するほどのお人好しになれない。
「知ってるか。あいつらが詐欺師だと言ったのはモールスだよ」
「何だって」
俺は驚いた。
「確かにモールスの強さは才能のない者からみれば詐欺だ。信じたくないんだろうな」
「いや、詐欺でSSSランクにはなれない。なったとしても詐欺で強制依頼を切り抜けられたら、そんなのSSSランクだろう」
「まあな」
「もう、あいつらの前にパンの籠は出すなよ」
俺は受付嬢に言った。
「もちろんです。もうあの人達には売りません」
可哀想にな。
受付嬢も敵に回ったな。
同情はするが助けてはやらない。
冒険者で死にそうな奴に手を差し伸べてたら、駆け出しはみんな助けないといけない。
そんなことは無理だ。
だが、揚げパンを美味そうに食う駆け出しは助けてやろう。
それがスイータリアとテアへのお礼だ。
銅貨1枚であのパンを売るってことは、駆け出しを応援したいんだろう。
その意気に応えなければ男じゃない。
まあ、危機に陥った失敗談を教えてやるだけだがな。
不義理には不義理で返すし、親切には親切で返す。
当たり前のことだ。